人間的な、あまりに人間的な (まんがで読破)

著者 :
  • イースト・プレス (2010年8月30日発売)
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感想 : 22
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最後のニーチェと主人公のやり取りは解釈が難しいが非常に考えさせられる。



周りから期待させる事に反して勝手に行動する事【悪】がそれに、振り回させる人間がいる。それが嫌でエゴを抑える人はたくさんいる。要は周りの期待に添える事が【善】という事なのである。
主人公は牧師として期待させられた母親が死んで、やりたい事がやり通せる自分に喚起する。ニーチェはその気持ちが大切だという。
そう、【善悪の定義】こそが人間をとことこん堕落させるという。
俺もそう思う。イベント業ができるようになって楽しい。会社で副業が禁止されている壁を乗り越えてやっとできるようになった。
本当にやりたい事で成功している力を持つべき者と、持たない者。持たないものは持つべき成功者に服従して生活を保証してもらう。一見公平に見えるが、持たざる者は自分である事を拒否してしまったのだ。


妻の脚本を書く事が好きな趣味は自由な気持ちと好きなことを気ままに楽しむ優雅さがある。


イベントを仕事にしてしまった俺は自由な部分が減り、お客様が楽しんでもらうのが一番となってしまった。仕事にしても自由な遊びの部分を残して楽しむ事ができればいいものになるだろう。



神を創造するのは人間は絶対的なものを作りたいから。神は人間の不完全性を恐れてできた創造である。
だが、複数の宗教が対立する宗教戦争がありうまくいかない。


宗教というある確立されたものがあると人は安心して、考えるのをやめてしまう。
人によっては学問でこの世の真理を追求する者、物欲に費やす者、美や芸術に魂の開放と喜びを見出す者がいる。
しかし、学問をつきつめるほど思考の自由を失い、研究者は探求への好奇心の誘惑に負け原理を変質させる。
富めるものは尽きぬ欲望に疲れていき、やがて美は自身の解放ではなく他者の欲求にしはいされていく。
だがそれは人間が編み出した、都合の良い解釈に他ならない。


そう、この世の檻に我々は閉じ込められて生きている。人間の人間的なしがらみの根源、偽りな平穏はホントは望んでいない。


自由な意志、自由な精神は何にも捕らわれないもの。その道を突き進むのは大変だがその先にホントの目指すものがある。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2015年5月30日
読了日 : 2015年5月30日
本棚登録日 : 2015年5月30日

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