この国の空 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2015年4月30日発売)
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本棚登録 : 151
感想 : 19
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太平洋戦争末期の東京・杉並に暮らす19歳の里子の日常が、淡々と粛々と綴られる。すっかり最近(……というのは少なくとも平成)の作品かと思っていたんだけど、読むのも終盤になってから1983年に発表された作品だったことを知った。それがわかると何となく、小説らしい小説だなと思いながら読んでいたのの裏づけがとれたような気がする。
「小説らしい小説」とは、三人称で書かれていること、情景や心情の描写が多く占めること、「 」(会話)が延々と続くことがないことといったところだろうか。悪く言い換えれば古くさい小説ということになってしまうだろうけど、きちんと練られたストーリーと書きぶりに、淡々・粛々としていながらあきたり退屈することなく、むしろすうっと物語の世界に誘われる。
常々思っていることだが、戦時中でも笑顔はあったし愛も恋も憎しみも羨みもあったはず。とかく最近は、戦時下の人々が時局や軍部の言うがままにされるばかりの清廉で善良な被害者のように描かれがちな気がするけど、そんなこともなかったはず。
と思っていながらも、この小説に出てくる主だった人たちの、ある意味でのみにくさ、ずるさは印象的だった。里子の伯母はもちろんのこと母親も互いにいがみ合うようなみにくさを見せるし、面倒を里子に押し付けているかのような言動がある。里子がひかれる隣家の市毛にしたって、ずいぶん勝手な人物だ。里子だって悶々としたあげく自ら市毛に挑んでいくような大胆さをもつ人物で、市毛にトマトを食べさせるくだりや伝えられた日に帰宅しない市毛を追って彼の職場に電話をかけるところとか恐ろしい。
でも、みにくさと前述したけれど、いってみればたくましさでもある。そんなたくましさをちょこちょこ用いながら戦時下の不自由な毎日を渡っているともいえるんじゃないだろうか。そして物語は1945年8月10日を過ぎたところで終わるけど、まもなく控えている戦後のほうがより過酷な時代のはずで、そこを生き抜くときにもまた、このみにくさ、たくましさが役立つのだろう。
そしてけっして、みんなみにくさとずるさばかりの人々ではない。正直で誠実で善良でお人好しなときもある。そういう両面が描かれることで、人物の厚みが感じられフィクションである小説としての現実感が担保される。上質な小説を読んだ読後感が得られる。
作中で描かれる戦時下の不自由な生活。いろんな物事が制限されたり、お上でもない市井の人の間で自粛を強要するようなことがあったりする感じが、昨今のコロナ下と似ている感じ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年1月23日
読了日 : 2022年1月21日
本棚登録日 : 2022年1月21日

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