日本のいちばん長い日 決定版 (文春文庫)

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著者 :
yujiohtaさん 歴史小説   読み終わった 

本書は昭和天皇や閣僚達が御前会議において降伏を決定した昭和20年8月14日正午から、玉音放送により日本国民に終戦が告げられた8月15日正午までの24時間のうちに起きた、国体護持の為にポツダム宣言による無条件降伏に反対し、本土決戦を訴えた陸軍青年将校によるクーデターの計画と実行を、埋もれていた資料を基に、綿密な取材と証言により再現した終戦秘話である。戦局が圧倒的不利に陥った日本に無条件降伏を求める米英中のポツダム宣言が下されたのが7月27日。政府は和平の仲介依頼という対ソ工作を放置した即時受諾は賢明ではないとの判断から静観を決定。ところが、7月28日、鈴木貫太郎首相が記者団への回答に用いた「黙殺」という表現が、海外の新聞では「reject」(拒絶)と報ぜられる。これが原爆投下やソ連の対日参戦を正当化する為の口実に使われ、日本の敗北は決定的となる。第1回御前会議において昭和天皇が戦争終結を望まれ8月10日、政府はポツダム宣言の受諾を決定。降伏反対派の陸軍青年将校はクーデター計画を企てたが、阿南惟幾陸相は御聖断が下った上は、それに従うべきであると悟した。降伏反対論者の主張はこうである。国土を占領され、武装を解除され、戦犯が次々に処罰される状態では、国体の護りようがないので、最後の一人まで戦う事により、敵に大打撃を与え、少しでもよい条件で休戦すべきである。終戦処理のために14日午後1時、閣議が開かれ、昭和天皇の終戦詔書を宮内省で録音し8月15日正午、全国にラジオ放送する事が決定された。午後11時50分、昭和天皇の録音は宮内省の御政務室で行われた。同じ頃、クーデター計画を進めている畑中健二少佐は近衛師団長森赳中将を説得していた。一方、厚木302航空隊の司令・小園安名海軍大佐は徹底抗戦を部下に命令し、また東京警備軍横浜警備隊長・佐々木武雄大尉も一個大隊を動かして首相や重臣を襲って降伏を阻止しようと計画していた。降伏に反対するグループは、バラバラに動いていた。その頃、畑中健二少佐は蹶起に反対した森赳師団長を射殺、玉音放送を中止すべく、その録音盤を奪おうと捜査を開始し、宮城の占領と東京放送の占拠を企てた。しかし、東部軍司令官・田中静壹大将はこのクーデターの鎮圧にあたり、畑中健二少佐の意図を挫いた。
本書の本論は8月14日正午から、8月15日正午までを一時間に区切った章立てとなっており、時系列を追った再現ノンフィクションとして実によく纏められている。しかし、それ以外の情報が皆無である。終戦を描くのであれば、戦争をせざるを得なかった経緯について、少なくとも幕末から最低限は説明する必要があるだろう。欧米の帝国主義、白人優位主義の脅威から日本は特に19世紀以降、晒されてきた。クーデターの首謀者にも関わらず、罪を問われず戦後を生き延びた稲葉正夫中佐、井田正孝中佐、竹下正彦中佐ら、また彼等に対する処罰を曖昧にした軍に対しては、本書だけを読めば違和感や嫌悪感さえ覚えざるを得ないのではないだろうか。しかし、歴史の大局に立てば彼らの国を護らんとする至誠の愛国心や昭和天皇への忠誠心も理解できなくはないはずである。著者は東京裁判史観に立って歴史小説を著している事が指摘される。東京裁判史観を世に問うとは即ち、日本人に押しつけた戦勝国の歴史解釈に従う「敗者の戦後」を歩み続けよと唱えるに等しい行為である。日米開戦時、日本を挑発したのは参戦の口実を求めていた米国である。時の米国大統領であるフランクリン・ローズヴェルトは「他国からの攻撃を受けた場合を除いて、米国民を戦場に送る事は絶対にしない」という公約を掲げて大統領に当選したからである。米国が日本の宣戦布告文書を受け取ったのは、真珠湾攻撃の約一時間後である。この為、米国はこの攻撃を「布告なき奇襲」「卑怯な騙し討ち」として国民に喧伝し、米国民の反日感情を煽った。宣戦布告前の攻撃は重大な国際法違反だが、日本政府は攻撃前に布告文書を手渡す手筈を整えていた。布告が遅れたのは、政府から電信された通告文のタイピングに日本大使館職員が手間取った為で、これに関しては外務省の最大の汚点だろう。しかし、実際には日本政府や日本軍の動きは、暗号解読によってすべて米国側に筒抜けになっていた。屑鉄などの軍需品を目一杯送った上で石油を止めて戦争を誘引し、真珠湾には旧式の戦艦しかなかったのだから、罪刑法定主義という近代法の原則を無視し、事後法で一方的に敗者を裁いた東京裁判を正義と認める事は「正義とは力でしかなく、法や道徳とは無関係である」と認める事になる。
「多くの将兵が何の為に戦い、そして死んでいったのであろうか。生き残る人々がこの問いに正しく答える時にのみ、日本は救われるであろう」
以上は阿南惟幾陸相が遺書を記した際に語ったとされる言葉である。

レビュー投稿日
2017年4月26日
読了日
2017年4月26日
本棚登録日
2017年4月26日
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