天皇の影法師 (中公文庫 い 108-4)

著者 :
  • 中央公論新社 (2012年4月21日発売)
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本棚登録 : 199
感想 : 14
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先日に今上陛下の「生前退位」にかかわるお言葉があったが、そもそも天皇とは何かを考えるうえで豊饒な知見を与えてくれる一冊。ある断片的なエピソードから始まり、それを綿密に追うことで闇に隠れた歴史を明らかにしていく、その見事な筆致はさすが猪瀬直樹。

本書は大きく4章に分かれる。
大正天皇の崩御から新元号「光文」誤報の顛末を描く「天皇崩御の朝に」。
八瀬童子と呼ばれる歴代天皇の棺を担ぐ村民を追った「棺をかつぐ」。
森鴎外は最晩年になぜ『帝諡考』『元号考』という歴史を書かねばならなかったのかを問う「元号に賭ける」。
敗戦ののちに松江で起きた擾乱とその顛末から見える戦後「恩赦のいたずら」。

どれも興味深い話だが、とりわけ「元号に賭ける」は、40ページほどの掌編だが、先に述べた天皇を考える上での重要になると思う。猪瀬は「生前退位」に関しては、「懐疑的」というアンビバレントな態度を示しているが(右のリンク先の動画10分過ぎを参照 https://youtu.be/k3IFr5p0GVc )、本書を読めばその意味がわかるだろう。印象的なテキストを引用する。

"「まさかお父う様だつて、草昧の世に一国民の造つた神話を、その儘歴史だと信じてはゐられまいが、うかと神話が歴史でないと云ふことを言明しては、人生の重大な物の一角が崩れ始めて、船底の穴から水野這入るやうに物質的思想が這入つて来て、船を沈没させずには置かないと思つてゐられるのではあるまいか」
提出されているのは、神話と歴史、信仰と認識を峻別した上で、なおかつそれらを統合する倫理基準を築くことは可能か、という問いである。"(pp.205-206)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史
感想投稿日 : 2016年8月19日
読了日 : 2016年8月19日
本棚登録日 : 2016年7月27日

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