わがままで、楽しいことが大好きで、世間知らず。そんな、ちょっと頭の悪いスカーレットが、人生の荒波の中で、大人の女性に成長していく物語。
それが、私の中での『風と共に去りぬ』の印象だ。
そして、この本は、スカーレットの一人称によって語られていく。
一人称なので読みやすく、スカーレットは物語の始まりにおいて16歳なので、同世代の人たちには共感(あるいは反感)が得られるだろう。ただ、その分、子供向けの文章、という印象がぬぐえない。同じ物語ならば、元の『風と共に去りぬ』を読んだ方が良いのではないだろうか。
スカーレット目線なので、どこまで奴隷制度などの時代背景に迫れるかは疑問が残るところではあるし。いや、この『私はスカーレット』の主題は「恋愛」にあるのだから、そこはあまり触れるつもりがないのか。

2019年10月6日

読書状況 読み終わった [2019年10月6日]
カテゴリ 日本文学
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美しい文章を書く人だった。ゆっくり、味わって読みたい類の文章だった。ただ、最終章にだけ誤植が目立つのが気になったけれど。
彼は私とは違う世界を見て生きて来たのだな、と思う。私の、知らない世界。こんな世界があったのだ、と気付かされ、楽しく読んだ。そして、この知らなかった世界に触れてみたい、と思った。思わされるエッセイだった。
世界は、こんなにも広い。

2019年2月11日

読書状況 読み終わった [2019年2月10日]
カテゴリ 随筆・評論
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子供向けの軽くて読みやすい作品。でも、ラノベのような薄っぺらい軽さではなく、しっかりとした文章で安心して読める。
一癖も二癖もある双子と、なんだかんだ言いながらも双子の面倒を見る主人公。双子の本当の両親が帰って来た時の話が読みたい。そして、父さんとお父さんを呼び分ける理由の話も。
何が面白かったと言って、話が脱線しているように見えて、すべてが繋がっているところだ。伏線もしっかりと回収されている。その無駄の無さに力量を感じる。

2017年9月10日

読書状況 読み終わった [2017年9月7日]
カテゴリ 日本文学
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「大特集 作家と仕事場、そしてこだわり道具」ということで期待して読み始めたけれど、思ったよりも内容が少なかった。
「皆川博子の辺境図書館」、近藤史恵の「行き先の見えない旅」、「せめて昼メシ」が面白かった。
「せめて昼メシ」はどれも美味しそうで、私もティラミスを作りたくなった。

2016年1月31日

読書状況 読み終わった [2016年1月25日]
カテゴリ 雑誌
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キャンディ袋や、テーブルの角に引っ掛ける小物入れ、私も作ってみたいなと思った。生地の端切れなら、引き出しの中にたくさんある。
読んでいるとお裁縫がしたくなる本。

2015年11月8日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2015年10月24日]
カテゴリ 随筆・評論
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どんどん残りのページ数は少なくなっていくのに、一向に面白くなっていかない展開にやきもきした。そして、たいした山場もなく終了。
訳者のあとがきに、作者は詩人なので詩的で美しい文章だ、というようなことが書いてあったが、そうであるならば、きっと訳した時点で、その詩的な美しさは失われてしまったのだろう。
帰還者は悪魔だと言っていたルシールは、息子のジェイコブが帰還してきた途端に、これは奇跡だと言って喜ぶ。その身勝手さに辟易する。けれども、それが人間というものなのかな、とも思う。
自分の大切な人が帰還して、ただ嬉しいというだけでは、大切な人を失ったのに失ったままの人にとって、それは憎悪の対象になる。この物語の中で描かれた人々に決定的に欠けているもの、それは他人の立場に立って考えるという思考回路だ。誰もが、他人の気持ちに思いを馳せようとしない。その最たる者が、主人公であるルシールだ。理解しようとしないから、何も解決していかず、堂々巡りを続けるばかりだ。
そして、そういう姿勢は「帰還」という現象にも及んでいる。ただ問題を先送りするばかりで、少しも解決に向かわない。この物語には、なぜそんな現象が発生するようになったのかに対する考察が一切出て来ない。最後は、なぜかまた帰還者が消え始める、という状況で終わる。なぜか始まり、なぜか終わる、ご都合主義の物語に、何も解決しようとしない人々。人は必ず死ぬという事実に抗いたいのかもしれないけれど、なんとか寿命を延ばそうと躍起になるのが人間なのかもしれないけれど、人間とはなんと醜く愚かなのだろうと思わせる作品だった。

2015年10月23日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2015年10月17日]
カテゴリ 海外文学
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子供向けの物語。主人公が失業中で、という辺りは子供向けっぽくないけれども。
物語としては、可もなく不可もなく、というところか。福禄寿と寿老人は同一視されていたんだ、とか、七福神の中でも入れ替わりがあったんだ、とかの豆知識はためになった。最後の「BH3YWY」は、結局、黒暗天か、と脱力。他の七福神メンバーからの応援メッセージだったら良かったのに。
それにしても、誤字脱字が非常に多い。バウンドプルーフ版とは言え、言葉に対する作者の意識の低さを感じてしまう。

2015年9月6日

読書状況 読み終わった [2015年9月6日]
カテゴリ 日本文学
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なぜ伝えるのか、という問題。
世の中には様々なニュースが溢れている。交通事故、殺人事件、紛争…。それらを私たちは、日々まさに「消費」している。直接被害を受けないような場所にいて、他人の不幸のあらましを知り、知りたい欲求を満たす。一つのニュースに飽きたら、それにはもう見向きもせずに、次のニュースを消費する。本を読むように、サーカスを見るように。
しかしニュースは現実であり、そこにはまさに不幸を享受して、嘆き悲しむ人がいる。恨み、憎しみで心を満たす人がいる。
ただ消費されるためだけに、それらは報道されるのか? 誰かの知りたい欲求を満たすために、犠牲は払われなければいけないのか? 報道は自粛されるべきなのか?
物事の本質は、一つの視点からだけでは見えてこない。複数の視点からの考察。そのためにこそ、「知る」ことが求められ、「伝える」ことが意味を持つ。確かにニュースは消費されるし、報道が新たな不幸を生むこともある。それでも、何も知らずに自分の小さな世界の中だけで生きていくよりも、多くのものを見て知って、たった一つの物事にもたくさんの見方があるのだということに気付くことは無意味ではないはずだ。その上で、これはサーカスではない、ということもまた意識していなければならない。
報道によって、また知ることによって、世の中が良くなるかどうかなど分からない。往々にして悪くなる場合さえあるのだ。それでも人間は足掻くのだろう。自分の選んだ道が最善だと信じて。

2015年8月30日

読書状況 読み終わった [2015年8月29日]
カテゴリ 日本文学
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巻頭の、菊地信義のインタビューは興味深かった。それから「文庫マークの謎」は、家の本棚で新潮文庫の葡萄柄を探してしまった。あとは、「超高速!参勤交代」の小説版が面白くないことが分かったり、上橋菜穂子の作品を読んでみたいなと思ったり。新刊文庫総目録では、講談社以外の文庫も網羅されていたのが意外だった。

2015年7月18日

読書状況 読み終わった [2015年7月16日]
カテゴリ 雑誌
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女の人って気持ち悪いな、と思った。
自分がどう思うかよりも、他人からどう見られているかのみで自分の価値を判断して、幸せであるか幸せでないかを決める。プライドを手放しては生きていけない人たち。できるだけ世間的なステータスの高い男と結婚して、子供を産んで、それが幸せなのだ、という幻想にしがみついて生きている人たち。本当の幸せ、本当に自分の望むものは、そこから外れたところにあるかもしれないのに、女としてのプライドが邪魔をして、見渡せられない。
女であるということは、なんて醜くて、なんて愚かなのだろう。

2015年7月11日

読書状況 読み終わった [2015年7月10日]
カテゴリ 日本文学
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『ダンサーズ・イン・ザ・ダーク』シャーレイン・ハリス

陳腐、の一言に尽きる。だから何?という感じ。中身の無い小説。(いや、実際には、中身の無い小説なんて無いけれども)でも、たいていの恋愛小説はどれもこれも似たり寄ったりの内容なのだし、恋愛小説が好きな人には面白いのかもしれない。でも、そもそも、なぜライラとショーンが惹かれ合うことになったのかがよく分からない。身近にいる異性に惹かれる、というありきたりの設定だったのだろうか。


『漆黒の君主』ナリーニ・シン

『ダンサーズ・イン・ザ・ダーク』よりは、まだ読める。でも、話が進むにつれて、どんどん描写が雑になっていく。多分、あまり筆力の無い人なのだろうな、と思う。筆力が無いのでファンタジーのみの小説では読ませられるものが書けないし、でもファンタジーが書きたいので、そこに官能小説を混ぜてみた、というところだろうか。その結果、ちぐはぐな印象になっている。官能なら官能、ファンタジーならファンタジーの方が良かったかもしれない。いや、筆力が無い時点で何を書いても駄目だったか。
最初の方は、官能部分さえなければそれなりに面白いファンタジーではないのか、とさえ思った。しかし、結局最後の方でグダグダになって、ファンタジーとしても最低な出来になってしまっている。特に、あんなに強い強いと強調されていた血の魔術師がものすごくあっさりやられる場面は興醒めだった。前半であんなにリリアナとマイカの関係を丁寧に描いていたのと反比例して、血の魔術師に辿り着くまでの冒険(?)も、びっくりするくらいサクサク進む。そして、最後のリリアナの展開(死んだけど生き返って、美しい容姿になる)はご都合主義すぎるのではないだろうか。世の女性たちはこんな話が好きなのか。理解に苦しむ。

2015年3月7日

ネタバレ
読書状況 読み終わった [2015年3月6日]
カテゴリ 海外文学
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bound proof 未校正版にて。

「書くこと」とは何か。そのことに対する逡巡。これはとても素敵な、そしてとても大切な作品だと思った。
書きたいけれど書いたことがない人は論外として、小説を書き始めたならば、避けては通れない問題がある。なぜ書くのか。いかにして書くのか。小説世界は作者が創るものだとしても、作者の思惑通りにすべてが進むわけではない。作者が創ったはずの登場人物たちにはそれぞれに感情があり、それぞれの為すべきことを為す。だから作者は、書き手であり、同時に第一の読み手でもあるのだ。本間は書き始め、モイパラシアの死によって書くことの孕む問題に突き当たり、そして怖くなって物語を葬る。しかし既にモイパラシアもアルタッドも、そしてアロポポルも存在を始めており、物語を葬ったところで、その事実は覆せない。それは強迫観念であり、また同時に希望でもあると思う。それは、本間が再び書き始めるための、希望だ。
モラトリアム、と言ってしまうことは簡単だ。しかし人間には、人間らしく生きるために思索の時間が必要なのだと思う。ただ思索をするためだけの時間が。その思索の時間を経るからこそ、次に進むことが出来る。それで再び書き始めることが出来ないならば、それまでのことだ。
書くことの歓喜と恍惚。書くことによって汚される物語世界。言葉とは、何か。書かなければならない人間は不幸だ、と誰かが言っていたけれど、これは書きたいとか書きたくないとかの問題ではない。「書かなければならない」のだ。書かずに済ますことは出来ない。書かないことは死を意味する。だから、書く。歓喜と恍惚を与えてくれるような言葉。本間と亜希が点描によってアルタッドの生きた証を描き出したように、書くことで何か大切なものを掬い取れるかもしれないから、そんな奇跡のような一瞬を求めて、書くのだ。
この作品の中で一つ気になったのが、「さて」と「ところで」の使い方だ。この二つの接続詞によって、所々文章が分断されている感じがする。この接続詞だけが宙に浮いているような。これはわざとそうしているのだろうか。
しかしこの作品は間違いなく、美しい小説だった。

2014年11月7日

読書状況 読み終わった [2014年11月5日]
カテゴリ 日本文学
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bound proof 未校正版にて。

初美の本棚の場面までは、読むのが苦痛になるくらい退屈だった。そこからは引き込まれて面白く読んでいたけれど、形岡のメール辺りから失速して、失速したまま終わった。
世界は悪意に満ちている。結局は、そういうスタンスの初美を私は面白く読んでいただけなのだと思う。少なくともこの作品を読む限りでは、私はこの作者の文章に才能を少しも感じない。
顔が良いだけでアホすぎる徳山は、同情を通り越して蔑みの感情さえ湧く。でも、そんな徳山だからこそ、初美の影響を受けて、初美の知識や考えを自分のもののように勘違いし、深みにはまっていったのだろう。その「自分」の無さは、清々しいほどに初美とは対照的だ。
そして、最後の数行は蛇足だったと思う。最後のセリフに私は作者のかすかな希望を見たけれども、本当に希望を書きたいのだったら、これではかすかすぎて伝えきれていないし、絶望で終わらせたいのならば、こんな余計なことは書くべきではない。
それから、伏線が回収されていないのも気になる。そもそも、伏線のつもりがなかったのだろうか。思わせぶりなことだけ書いておいて、そんなことがあるだろうか。

世界は悪意に満ちている。それは物事を一つの方向からだけ見た、狭い考察だろうと思う。しかしそれは、確かに真実の一側面を喝破してもいるのだ。善意だけを信じていれば裏切られるし、悪意だけを見ていればすぐ近くにある善意に気付けない。それでも。
世界は悪意に満ちている。そう思いたい時もある。そう思わずにはいられない時もある。たとえその先に死が待っていようとも。一体、誰に初美の選択を責められるだろうか。
人間の残虐性は、歴史がはっきりと教えてくれる。人間はまさに醜い生き物だ。私たちは自分が人間であるから、その善良な部分を強調しようとするけれど、それを差し引いても、やはり人間はその存在そのものが悪なのだと思う。

2014年11月7日

読書状況 読み終わった [2014年11月2日]
カテゴリ 日本文学
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拙い文章だな、と思った。この人は描写(人物描写も情景描写も)が出来ないのだろう。だから真実味が無い。
では、ストーリーはどうかと言うと、推敲をしていないのか(そんなことはないだろうけれど)、想像力が足りないのか、読んでいて突っ込みたくなるところが多々あった。
お決まりで、ご都合主義で、この本の美点が一つも見出せない。世間一般の本好きな人々の中に、本当にこの本を良いと思う人がいるのだろうか。でも、大賞取ったんですよね…。なんとレベルの低い…。

2012年8月10日

読書状況 読み終わった [2012年8月9日]
カテゴリ 日本文学
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