文庫版 狂骨の夢 (講談社文庫)

3.58
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本棚登録 : 6799
レビュー : 563
著者 :
ゆうすいさん 京極夏彦   読み終わった 

まさか京極堂シリーズに☆5つ以外の評価を付ける日が来るとは!
なんというか、本作品はこれまで以上に緻密な事件で、決して物足りないとかそういうんじゃないんだけど、個人的にイマイチ乗り切れなかったのだ。

理由はいくつか思い当たる。
前作『魍魎の匣』では関連してそうな複数の事件がある部分でリンクしつつも別個の事件だったのが、今回は逆に全く無関係そうな複数の事件が実は一連のものだった、という趣向で、本作品でも京極堂の憑き物落としの儀式でその繋がりが明らかになるのだが、そのポイントとなる事項がかなり細かくて、「そうだったのか!」ってより「そうだったっけ?」という心境になってしまったのが、一番の要因である。
要は、私が細かな伏線を覚えていられなかったんだな。
結構良い環境で集中して読んだのだけど。

じゃあなんで覚えていられなかったのかといえば、事件が主要人物に全く絡んでいなかったから、各エピソードに没入しきれなかったんだな。
最初の『姑獲鳥の夏』から僅か半年足らずでそうそう何度も彼らの周辺で事件が起こったらそりゃ堪らないんだけどね。
だから(なのか)今回事件に絡んだのは、いさま屋なのだった。
しかし、私にとって伊佐間は、名前だけが出てくる京極堂サークルの知人だったので(『魍魎の匣』の最後にちょっと本人登場したけど)、まさか主要人物に昇格するなんて、かなり意外だったのだ。
実は『魍魎の匣』の木場修ですでに同じような感覚を持ったんだけど、伊佐間はそれ以上だった。
それに、木場修の時はあからさまに色恋沙汰だったけど、伊佐間は(絶対朱美に惚れてるけど)枯れてる(笑)からそういう気持ちを表に出さないので、なんか盛り上がりに欠けたのかな(下世話!)。
まぁ、伊佐間のキャラは良かったけど。

あと、それぞれの事件に同じようなモチーフが出てきて(髑髏とか神主とか)、頭の中で整理しきれなかったのも一因である。どのエピソードがどの事件のものだったか、途中で混乱してしまった。

そんで、みんな大好き中禅寺は途中留守にしてるし、私が大好き榎木津はそんなに幻視しなかったし、レギュラーにもっと活躍してほしかったんだな。
(いや二人とも充分活躍してるけど。榎木津は持ち前の天真爛漫さでまた人を救って素敵だったし)
(京極堂が「そうだね」と言ってくれる時はなんか承認されたみたいで嬉しくなるなぁ。私に言ってるんじゃなくても)
関口に至っては、今回は語り手としての役割さえも奪われてしまって、ホント存在感が薄かった。
朱美のモノローグのみ一人称扱いにした作者の配慮だろうけど。

事件そのものは、昭和27年という設定の時代性が活かされてて、史実なんかも踏まえられていて、とても奥行きがあった。ただ、真言立川流のことは全く知らなかったし、キリスト教にも日本神話にも疎いせいもあって、真相が刺さって来なかったんだよね。
あぁ…「そうだったのか!」を味わいたかったなぁ。伊佐間が会った朱美と降旗が話した朱美が別人ぽいこととか、宇多川朱美が失顔症ぽいことまでは何となく気づいたんだけどなぁ…。


あと本編と直接関係ないけど、中禅寺、関口、榎木津の年齢が分からなくなってしまって、すごくモヤモヤした。
『姑獲鳥の夏』で関口が奥さんを「自分より2歳下だから28、29歳のはず」とか言ってたから、私の中では中禅寺と関口は31歳、1学年上の榎木津は32歳設定だった。木場修は35だけど、榎木津と木場修は幼なじみであって同級とは書いてないから、矛盾はないかと。
でも今回降旗が木場と同級の35で、幼少時の回想での木場と榎木津は3歳も差があるようには思えず、なんだかよく分からなくなった。
関口が胡乱なのか、私が胡乱なのか。何か見落としたかなぁ。


胡乱と言えば、本作品でも関口はあらゆる友人から胡乱胡乱となじられてるけど、その胡乱な関口でさえ、宇多川から一度聞いただけの話を正確に再話するの、驚愕でしかない。
ていうか、みんなの再話力、半端ない。子どもだった白丘が立ち聞きした神官達の会話を、神社の固有名詞に至るまで正確に覚えてるの、天才かよ。そしてそれを一度聞いただけの降旗もきっちり覚えてるってどういうことよ。
私が京極堂の座敷に居合わせて、再話しなくちゃならない立場になったら、全くお役に立たないだろう…


なんか自分がお馬鹿なことを露呈しただけになったけど。
再読すればもう少しいろいろ入ってくるかもしれない。
とりあえず一度目の読了の感想としては、上記の通りです。

レビュー投稿日
2019年6月21日
読了日
2019年6月16日
本棚登録日
2019年6月16日
3
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再読情報 [1回]

  • 2019年7月3日

    再読。
    事件の構造は初読より理解が深まった。
    その上で、評価は変わらず。
    モヤモヤした箇所もより鮮明になった。

    多分、本作品は伊佐間の物語だ。
    でも、あんまりそういう感じがしなかった。
    『魍魎の匣』は見事に木場修の物語になっていただけに、物足りなさを感じてしまった。
    何故か。伊佐間のキャラが中庸だからだろう。
    ああ、伊佐間の瓢箪鯰っぷりのキャラ設定自体は、あれで良い。
    ただ、主役を張るにはちょっと影が薄いというか。
    今回(も)三人称だったので。
    一人称だったらまた違ったかも。でも一人称は朱美(宇多川のほう)のモノローグに使ってしまったから、使えないのは分かる。
    それと、主役張るには物理的に登場回数が足りなかったかも。だから伊佐間目線の三人称が充分じゃなかった、かな。

    もうひとつは、中禅寺の憑き物落としの順序が、一部納得いかなかったんだな。
    確かに民江の反魂としてはあの順でないといけなかったかもしれないけど、朱美(佐田のほう)が連れて来られたら白丘と降旗は即座に自分達の遭遇した朱美と別人であることに反応すべきだし(たとえうちひしがれていたとしても)、朱美(宇多川のほう)の登場に鴨田は狼狽えて欲しかったし…。他にもそういう気になるところが何箇所かあった。

    伊佐間が中禅寺を「中禅寺君」と呼ぶのは、いいね。
    仲間内で彼をそう呼ぶのは、伊佐間だけかも。
    伊佐間から見たら、中禅寺は兵役時代の上官である榎木津の知り合い、という位置だから、ちょっと距離感あるのかな?

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