三つのエコロジー (平凡社ライブラリー)

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レビュー : 4
制作 : F´elix Guattari  杉村 昌昭 
zerobaseさん 批評・思想・哲学   読み終わった 

シンプルな主張。環境・社会的諸関係・精神(人間的主観性)、三つのエコロジーの作用領域。三つのアーキテクチャ。エコゾフィー。主観性の生産。マスメディアによる抑圧的支配からポストメディア社会へ。実在の領土。試行錯誤(ワーク・イン・プログレス)。

この惑星における生き方の問題。社会的労働の究極目標の設定が利潤経済と権力関係によって一面的に制御されている。人間活動の価値化の支配的様式(世界市場=富のゲーム、覇権=威のゲーム)に対する問い直し。多極的戦略。特異性の要求。

一見異質の諸問題をつらぬく、ある同一の倫理ー政治的領域。新しい歴史的文脈のなかにおける人間存在の生産はいかにあるべきか。社会的エコゾフィーは、夫婦や恋人のあちだ、家族のなか、あるいは都市生活や労働の場などにおける人間の存在の仕方を変革したり再創造したりする、特別の実践を発展させるところに成り立つ。人間の主観性の本質にかかわる実在的変化。

精神分析家の介入の貧困化。患者の特異的他者性を理解しえない型通りの診断。転移の中立性の背後に身を隠す態度は倫理的に支持できない。実践家の責任とアンガージュマンが必要。実践は美的領域にかかわる。

主観性の個人化は、言表作用の集団的な動的編成。



『分子革命』
越境性 ノマディズム
特異性
エコゾフィー
精神分析(とくにラカン派)の資本主義社会の安全弁的機能
フロイトの「無意識」概念を批判しつつ、その代わりに編み出された「リゾーム」というキーコンセプトと横断性

主観性、主体性 subjectivité
主観性の生産:三つの様態が交錯する複合的過程
- 権力の様態
- 知の様態
- 自己創出の様態

ドゥルーズとの共同作業は前人称(前個人)的で、超人称(超個人)的な主観性の機能をめぐる問題提起

横断性は集団の無意識的主体の存在する場所であり、その主体をつくりだす客観的諸法則を超えた彼岸にあり、集団の欲望の支柱にほかならない。

フェリックス・ガタリ、公文俊平、青木昌彦の共通点。

ノマドとロックンロール。

ノマド女性に必要なのは「保育」でも「ワークライフバランス」でもなく「乳母」じゃないかな。

レビュー投稿日
2012年7月11日
読了日
2012年7月11日
本棚登録日
2012年4月19日
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