三国志といえば誰もが孔明の知性に、関羽や張飛の勇猛さ、劉備の人徳に憧れを抱き心躍らせながら読み耽った中国四大奇書の一つである(正確には羅貫中の「三国志演義」が対象)。私は横山光輝の漫画「三国志」よりも先に、吉川英治の小説「三国志」を読んでいるから、頭の中に想像していた曹操や周瑜の姿を画像として見た時に、時にイメージ通りであったり、想像とは違う姿をしていたりと2度楽しめた。また当時パソコンがまだ家庭にそれ程進出していない時期に、シャープ製のパソコンで光栄の名作ゲーム「三国志」も毎晩友人と徹夜で楽しんだ。そこに現れる戦場や城の風景、広大な中国の平原に想いを馳せたものだ。まさに青春はいつも三国志の風景と一緒にあったかもしれない。社会に出て生活に余裕が出来ると毎年海外を訪れて、東南アジアやヨーロッパ、北米などを旅したが、中国を訪れた記憶はやはり格別な想いがあった。いよいよ三国志の世界をこの目で見れるのかという思いで訪問した中国は、兎に角どこへ出かけても人だらけ、観光で行くような街はどこも高層ビルと煌びやかなネオンに包まれていた。とても想像していた古き良き古都のようなイメージではなく、多少がっかりしたのを覚えている(当たり前ではあるが)。ただ人の熱気や喧騒は三国時代当時の洛陽や長安にはあったかもしれない。蘇州で見た川の流れは同じだったかもしれないと、密かに遠い目で眺めていた。
本書はそんな三国志に登場する様々な場所を何年にも渡って撮り続けたカメラマンの記録だ。紙面の半分ほどを写真が占めているが、その前後にある文章を読んだ上で眺める写真の風景はまさに想像通りの世界と言ってよい(初版が1995年だから尚更古い時代の面影が残っていると思われる)。
三国志以外にも項羽と劉邦の世界も登場し、中国史や中国の戦記好きなら誰もが楽しめる内容となっている。加えて風景に溶け込む人々の姿から、今なお人々の心に深く染み込んだ三国志への愛も感じられる。
本書後半では、史実と言われる陳寿が著したものから、羅漢中により纏められた演義、そして様々な場所と時代に演じられてきた劇など、派生系の生まれた経緯を解説する。中国史は勝者の歴史と言われ、天下人が過去の歴史を抹消する傾向がある。その点、陳寿の記した三国志は魏呉蜀それぞれの歴史をかなり平等に魏史、呉史、蜀史として記したからそれ程いずれかへの肩入れも多くなく記述されたと言われる。とは言え蜀と魏の後の晋に仕えた事からある程度は偏見があっても、やむを得ないと思われる。
例えば現代の映画や小説においても、時代が抱える問題点や政治的な観点、社会に対する批判など、どれも世相を反映する。三国志から派生していく流れも、時の支配者の影響や社会に暮らす人々の求めに応じて姿形を少しずつ変化させることがあると感じる。悪役として表現された曹操が、乱世の奸雄から知勇兼備な英雄に生まれ変わっていくのも時代の求めによるものかもしれない。本書は諸葛亮孔明の南征にも触れ、そこに登場する南蛮の勇である孟獲の七度捕まり七度解放されるシーン(七縦七擒)も出てくる。これもまた逸話として残り、真実とは異なり話だと思うが、今でも彼の地に耕作技術や農具(青銅器製)、体を清潔に保つ入水の文化を持ち込んだ孔明を讃える祭りなどが執り行われている。
この様に中国人の心と社会に深く染み込んだ三国志の世界を多くの写真と共に巡る本書。読み終えた瞬間に青春時代のワクワクした自分を思い出すと共に、筆者と一緒になって旅をした雰囲気に浸ることができる。
- 感想投稿日 : 2023年7月9日
- 読了日 : 2023年7月9日
- 本棚登録日 : 2023年7月9日
みんなの感想をみる