記憶はウソをつく (祥伝社新書)

  • 祥伝社 (2009年9月28日発売)
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本棚登録 : 277
感想 : 29
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会社で同僚と話をしていた際に、過去に私が担当して構築していたシステムにも関わらず、私に対して構築時の苦労話を自分事で話している人がいた。何かおかしいなと思い、それっていつごろ誰と作ったのか意地悪な質問をしてみると、上手くは答えられないのに、やはり自分で作ったという。私は当時のメンバーも時期もプロジェクトの最終報告も全て自分の名前で残っているし記憶も間違いないから、その人の言う事は聞き流してしまうのだが、修正してあげないと少し可哀想に思う事もある。他にも自分の部下が数ヶ月前にメールしてきた内容と真逆のことを言い始めて、大量のメールから部下のメールを探し出し訂正したりするのだが、話している部下の言っていることは(間違えているうえに全く関わっていない同僚を話に登場させてきたりと)やたらと具体的で精密な構成になっていたりする。何故その様な記憶になっているのか、丸っ切り嘘をついてるようにも何らか言い訳している様にも思えず、仕事が忙しすぎて混乱しているのかもしれないと、大体は優しく訂正して終わる。
古い友人と会った時も、私は鮮明に覚えている記憶、例えば誰から誰へギターを売ったとか多数の人が出てきた時には、私の記憶にもだいぶ間違いがあると気づかされる事も多い。一緒に狭いお座敷で鰻を食べたと思っていたら、実は豚カツだったり。
10年以上前の昔のことだから仕方ないと諦められるが、つい数ヶ月前の出来事が、似た様な他の出来事の記憶と混同したり、自分の記憶力に自信を無くす事も屡々ある。
本書はそうした人の記憶が時と共に徐々に別の記憶にすり替わっていく事例を多数挙げ、記憶の曖昧さと、その危険性について述べていく。親しい友人同士なら問題に至る事は少ないが、ビジネスなら評価に関わってくるし、刑事事件や裁判沙汰では記憶違いは時に大きな不幸を招く。過去に沢山の冤罪事件がこうした記憶違いにより発生してしまった。刑事の執拗な質問や、吹き込まれた情報が容疑者に全く存在しない犯行事実を吐かせてしまうなど、人生を狂わせる可能性もあるのだ。
本書では様々な記憶に関する世界中の実験例にも触れており、大勢の人々の目の前で起きた事件(演技)の犯人の特徴すら翌日には大半の人が覚えていない。武器に目が入ってしまい犯人の特徴は意外と記憶していないものだということが分かる。こうなると刑事事件の目撃情報を人に頼るのは危険極まりない。
とにかく人の記憶などは、時間が経つほど薄れてくるものであるし、その欠けた部分を自分の都合通りの記憶で穴埋めし、周囲から入ってくる情報が更にそれを別の料理へと変えるスパイスの様に効いてくる。それが言葉として外に出る事で更に固い記憶として確立していくし、一度ねじ曲がった記憶が元の正確なものに戻るには、最初に私が思った様に、誤りを指摘して外部から強い力で戻す以外に無いのかもしれない。
ただ其れを正そうとする私の記憶すら、砂時計が落ちる様に日常的に正確性という名のガラスの器から零れ落ちていくのだから、中々その場で他人の誤りを訂正する勇気も生まれないのである。本書を読むと記憶の食い違いがあった際に、どの様に振る舞うべきか悩ましくなる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年10月8日
読了日 : 2023年10月8日
本棚登録日 : 2023年5月7日

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