前編に続き、編集部への独占インタビューを通じてブルーバックスの魅力に迫ります!
編集長・篠木和久さんからブルーバックスの半世紀にわたる歴史をブルーバックス歴史スゴロクを眺めながら振り返り、今回は、ブルーバックスの編集方針、さらに篠木さんの忘れられない作品をご紹介します。
ブルーバックスの人気タイトルを様々にプレゼントする企画も実施いたしますので、最後までお見逃しなく!
取材・文・撮影/ブクログ通信 編集部 持田泰 猿橋由佳
理系のための「ライフハック」本の登場
90年代後半になると、別の方向性も始まっていて、藤沢晃治先生の『「分かりやすい表現」の技術』(1999年)もよく読まれました。さらに2000年代入って累計部数2位の『「分かりやすい説明」の技術』(2002年)も含めて、「分かりやすさとはなにか?」を解説した人気シリーズになります。科学の解説本ではありませんが、理系の人も研究を追究するだけでなく、学会や研究室内でプレゼンテーション能力を求められるようになったのだと思います。同様の切り口のものがこのあたりから増えてきています。東大サバイバル英語実行委員会の『理系のためのサバイバル英語入門―勝ち抜くための科学英語上達法』原田豊太郎先生の『理系のための英語「キー構文」46―英語論文執筆の近道』もその種類ですかね。
―ある種の理系のための「ライフハック」的なものですね。
そうなりますね。こういう路線もありなんだと認識してから、理系学生や研究者のキャリアパスの指南本のような「理系ための」シリーズが様々に出てきていて、慶応医学部の坪田一男先生の『理系のための研究生活ガイド―テーマの選び方から留学の手続きまで』などもあります。科学の解説だけでなく理系読者の「タメになる」ようなものもちゃんとカバーしたいと考えたんですね。
21世紀のブルーバックスの一大看板「検定外教科書」シリーズ
―2000年代は『超ひも理論とはなにか』など定番の科学ものもある一方、確かにそういう傾向が出てきていますね。その他、「検定外教科書シリーズ」も目立ちます。
いわゆる「リメディアル」つまり「学び直し」という、大人がもう一度高校の物理や歴史、数学などを学び直そうというブームがあって、その流れに乗ってよく読まれたシリーズです。2006年に『新しい高校生物の教科書』(栃内新/左巻健男編著)、『新しい高校化学の教科書』(左巻健男編著)、『新しい高校物理の教科書』(山本明利/左巻健男編著)、『新しい高校地学の教科書』(杵島正洋/松本直記/左巻健男編著)の4冊を刊行しました。
―今でも「大人の学び直し」ブームは続いていますよね。
そうですね。いずれも通常のブルーバックスの倍近い分厚さで(笑)、多くの現役教師を執筆者に起用しましたので、編集作業はとても大変でしたが、項目に絞って「なるほど!」と思わず膝を打つようにこだわった本づくりが功を奏して、科学教養書として現在も版を重ねています。「検定外教科書」シリーズはブルーバックスの一大看板ですね。
科学の本は話題だからといってすぐに出せるわけではない
―社会や読者ニーズに合わせて変化していったとおっしゃっていましたが、創刊時から「明確に変わった」という感じはありますか?
ここでガラッと変わったということはないですね。とは言っても、たとえば物理学なら素粒子や宇宙論の話など、昔と今で様変わりしてますし、生命科学でもDNAや遺伝子の研究は日進月歩です。脳科学も90年代から進歩したので、その方向の本もたくさん出ています。そもそも「科学」自体が常に更新されていくものですから、その新しい科学への「好奇心」の軸がブレることはありません。
―ブルーバックスは「○○をしてはいけない」といったタイトルでセンセーショーナルなテーマは取り上げるようなことをしませんよね。
そこは、そうですね。
―それでもこれまでに物議を醸してしまったというものはありますか?
物議を醸したというものではありませんが、その問題提起が社会的にも注目されたのが、福岡伸一先生の『プリオン説はほんとうか?』になります。BSE(狂牛病)の元凶と言われているプリオン説に対して、説明できない不可解な実験データも多いと異議申し立てをした内容です。その説はいまだ仮説にもかかわらず、狂牛病=プリオンが原因だと断言するかのような報道が目立ち、研究の現場ではいまだ調査中であり、もしかしたら説自体が覆るかもしれないと丁寧に整理したものになります。
―ブルーバックスでiPS細胞の本(『iPS細胞とはなにか―万能細胞研究の現在』)は、山中伸弥先生のノーベル受賞前にいち早くは刊行されていますが、STAP細胞の本を出す予定もあったりしたのでしょうか?
STAP細胞はマスメディアで話題になった時に、僕たちもいずれは取り上げるのだろうなとは思っていたんです。ただ、僕らが本を作るにしても、話題になってすぐに出せるわけではなくて、それが数年かけて検証され、科学論文になって広く研究者の間で認められてから、初めて誰かに解説してもらおうということになるので、気にはなっていましたが、出すとしても数年先だろうなと思っていました。半年も経たない内にあのような形になってしまいましたが。
―新しいものだからとすぐに飛びついたりせず、科学的に明確になってきてからきっちり出すという方針なんですね。
僕らが考えるのは、これで一冊の分量になるのかなということなんです。STAP細胞の場合、小保方さんの研究者としてのキャラクターや周辺の情報は大量にマスメディアで流れていましたが、分子生物学の科学的な話はほとんどなかったので、報道で大きく扱われているわりには、一冊にするだけの情報を集めようがなかったんです。であればちゃんとした科学的なものが出てきてから考えようということになりました。
篠木編集長の「忘れられないタイトル」
―歴史を振り返って、編集長として忘れられないタイトルはありますか?
個人的に忘れられないタイトルはたくさんありますが(笑)、やはり累計部数7位の都筑卓司先生の『マックスウェルの悪魔』(1970 新装版2002)は5、60代の方を取材したり、著者や研究者にお話しをお伺いすると必ず話題に出るタイトルです。いわゆる「マックスウェルの悪魔」という思考実験と「エントロピー」に関して、噛み砕いてかつ面白く解説していただいてます。
都筑先生はシリーズ歴代1位の著書数を誇る20世紀のブルーバックスを代表する先生ですが、こちらは今でもシリーズを代表する作品だろうと思います。
あと2008年にノーベル物理学賞受賞された南部陽一郎先生の『クオーク』(1980 第2版1998)ですかね。南部先生自身が物質の究極的構造と基本法則を探る素粒子物理学の学説を紐解きながら、トップ・クォークの発見を踏まえて現在どこまでたどり着いたかを解説していただいてます。こういう本がシリーズの根っこを支えてくれています。
―最近の本だといかがでしょうか?
最近もいろいろ面白い本があるんですが、先の福岡先生の『プリオン説はほんとうか?』ですね。その後プリオン説が否定されたわけではありませんが、この複雑な問題をわかりやすく明快に整理してみせたということでブルーバックスらしい非常によい本だったなと。それが認められて第22回講談社科学出版賞を受賞しています。その後、福岡先生は講談社現代新書『生物と無生物のあいだ』(2007年)を出され、70万部を超えるベストセラーにもなってます。
―やはり「科学」をわかりやすく伝えるという趣旨に則ったものですね。
最近ではそれこそ科学者のエッセイ本などは単行本も出てますが、1963年の創刊当時はそもそも一般の人が読める科学の本、いわゆるポピュラーサイエンスというジャンルがありませんでした。ブルーバックスはそのジャンルを立ち上げてきましたので、「科学知識とはあまり縁のない一般の方にやさしく解説する」という部分は今後もブレないようにしたいですね。
ブルーバックス4000番への向けての展望
―最後に今後ブルーバックスとしてどういう本を読者に届けていきたいですか?
変わったテーマでの本づくりにももちろん挑戦していきますが、先ほども申しました通り、今までのオーソドックスな「科学」という主軸は変わらずやっていこうと思っています。2000冊もやっていると、どうしてもテーマはかぶるものなのですが、たとえば素粒子物理のこの分野のこの最先端のここだけを解説する、というのではなくて、ここから見ていくと素粒子物理学の全体像がわかるというようなものを目指して本づくりをしていきたいと思っています。テーマが同じでも著者が変わり、切り口が変われば、説明のされ方も全体像の見え方もまったく変わってきますので、そういうものは何冊あってもいいだろうと。科学知識とはあまり縁のない一般の方に「科学ってこんなに面白かったんだ!」と発見してもらえる機会が増えてもられるならばありがたいです。
―ぜひ4000番目指して、頑張ってください!ブクログも末永く応援してまいります!本日は貴重なお話しありがとうございました。
篠木編集長の視点から振り返ったブルーバックスの歴史はいかがだったでしょうか。ブルーバックス編集部ブクログ独占インタビューはまだ続きます!次回はブルーバックス編集部員のみなさんからブルーバックスの裏話・選書のコツなどなどを公開します!来週配信予定です。乞うご期待!
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