選挙の経済学

  • 日経BP
3.26
  • (1)
  • (16)
  • (11)
  • (5)
  • (2)
本棚登録 : 143
感想 : 17
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (474ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784822246099

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 難しい。集計の奇跡は面白い観点。100m走のタイムの平均と、テストの平均点の属性の違い。

  • 読みにくい本だった。
    正直、理解も半分のまま読み飛ばしてしまった。

    AMAZON書評を丁寧に読み込んで、頭を整理してから読んだ方がいいかも。

  • 2520円購入2011-06-27

  • 原題:The myth of the rational voter
    著者:Bryan Douglas Caplan
    監訳:長峯純一、奥井克美 



    【目次】
    まえがき [001-004]

    序章■民主主義のパラドックス 005

    第一章■集計の奇跡を超えて 013
    集計の奇跡 
    系統だった誤差は現実的か 
    現代的な研究と知的な伝統
    信念に対する選好
    合理的な非合理性
    政治的合理性の実態
    まとめ

    第二章■系統的なバイアスを含んだ経済学に関する思い込み 049
    心理学と世論調査にみるバイアスの証拠
    再び経済学の土俵に乗せよう
    反市場バイアス
    反外国バイアス
    雇用創出バイアス
    悲観的バイアス
    まとめ

    第三章■米国民と経済学者の意識調査(SAEE) 103
    SAEEの分析:一般人と経済学者と「啓発された一般人」
    SAEEの検討(その一)
    SAEEの検討(その二)
    SAEEの検討(その三)
    SAEEの検討(その四)
    三つの疑問
    系統だった誤差の再検討
    まとめ
    「啓発された一般人」に関する技術面での補足

    第四章■古典的公共選択と合理的無知の欠陥 175
    合理的無知:証拠と疑わしい結論
    非合理性への抵抗
    合理的無知の何がいけないのか(その一)
    合理的無知の何がいけないのか(その二)
    ウィットマンのフォーク
    「極端な投票者の愚かさ」の再検討
    まとめ

    第五章■合理的な非合理性 213
    信念に対する選好
    間違いに伴う物質的費用
    合理的な非合理性
    心理的な妥当性
    合理的な非合理性と政治
    合理的な非合理性と実験による証拠
    合理的な非合理性と表現的投票
    まとめ

    第六章■非合理性から政策へ 269
    思考実験(その一):同質な投票者の非合理性
    思考実験(その二):異質な信念が存在する場合の非合理性
    利己的投票者仮説に関する補足
    思考実験(その三):非利己的投票者の非合理性
    論点が複数ある場合の民主主義と世論の次元
    もう一つの補足:何が「経済リテラシー」を決めるのか
    選択的参加
    思考実験(その四):混合政策と結果への選好
    経済学を超えたバイアス:毒物学に関する系統的に偏った信念
    まとめ
    統計処理に関する補足:何が「経済リテラシー」を決めるのか

    第七章■非合理性と供給サイドから見た政治 313
    政治家の合理性
    信頼の政治経済学
    非合理性と権限委譲
    非合理性と宣伝活動
    まとめ

    第八章■市場原理主義vs.デモクラシー原理主義 347
    市場原理主義に対する非難
    デモクラシー原理主義
    現実の原理主義はその問題に答えられるだろうか:政策分析市場のケース
    民主主義と独裁制に替わるものとしての私的選択
    投票者の非合理性と市場と民主主義
    デモクラシーは是正できるか
    経済学は何の役に立つのか
    まとめ

    終章■愚かさ研究の勤め 391
    進路の変更

    各章の注 [401-431]
    参考文献 [432-461]
    訳者あとがき(二〇〇九年六月 長峯純一、奥井克美) [462-472]

  • 私にとっては難しかった(*_*)
    序文の民主主義のパラドックスは面白かった。

    独裁国家は危険だけれど、無知な人々が投票したところで、良い政治はできない。
    しかも、実際の人々は無知よりたちが悪い、非合理的な考え(正しくないのに、それが社会にとって良い事だと思い込んでいる)を基準に投票する。


    良い政治にするには、政治家を批判する前に、私たちが頭良くならないといけない。真実を知りたいと思っていない事についても知っていかなければならない。

  • 以下、本の要約です。
    ーーー
    政治やデモクラシーの失敗は、人々が自分たちの状態を悪くするような非合理的な選択を行うことによって起こる。

    その非合理選択は
    ・反市場(競争はよくない)、
    ・反外国(外国のものや外国人は良くない)、
    ・雇用創出(経済成長や技術革新は我々から仕事を奪う)、
    ・悲観的(世の中は常に悪くなっている)、
    の各バイアスによって起こる。

    従来の公共選択論がデモクラシーの失敗を(自分の1票が投票結果を変える確率がゼロに近いため政策や政治に関する情報を集めることをしない)「合理的無知」によるものと見做すのに対して、著者はデモクラシーの失敗がデモクラシーが人々の意見を反映しすぎるために起こると見る。

    このように著者は民主主義の失敗がなぜ起こるかを従来の公共選択論とは異なった視点で見ており、研究者はもっと人々の合理性や愚かさについて認識しないといけないと述べている。それを是正するための政策提言については、従来の公共選択論者と同様、公的領域の縮小と市場・私的領域と拡大を主張する。

  • 政治ではなくて経済学のお話なので、選挙を経済学から細かく分析してみようということ。で、本書のポイントは、サブタイトルの「投票者はなぜ愚策を選ぶのか」。なんで我々は自分たちの投票で政治家を選ぶ権利を持っているのに、おかしな結果を招く投票をしてしまうのか。

    普通、人間が社会の中で行動する際には自分自身に利益が出るように行動します。しかし、それが選挙となると、自分自身の利益に繋がるような政策に投票しても、それが直接結果に結びつく可能性はとても低くなります。自分に与えられた権利は何十万分の一票なので、結果に直接反映されるわけではない。なので投票に対してそれほど慎重になる必要がなくなる。場合によっては非合理的な選択すらしてしまう。

    こういった非合理的なバイアスのもとで行動できてしまうため、選挙においては自分のことなんか考えない有権者たちによっておかしな結果が出ることがある。
    愚民たちはランダムに投票するわけではなく、バイアスのかかった奇妙な偏りを持って投票するため、有識者たちの結果が直接反省されることなく自分自身にも他人にも利益にならないような愚策を持った候補者や政党が当選することになるわけです。

    選挙がどんな結果に落ち着こうと、それは我々有権者たちがそれそれ投票し「民意」が反映された結果です。自分は愚民にはならない、きっちり政策を吟味してから投票しよう!と思うのは誰だってできますが、それも結局は何十万分の一という事実に変わりはない。どちらに転ぼうが言えることはたった一つ。「我々は愚民だ!」なのかな、なんて思い知らされる1冊でした。

  •  正直言ってまだまだ模索中の考え方で、とても一般向けの本にするようなテーマではないと個人的には思うのだが、新しい経済学の形を考える上では参考になるかもしれない。要は、選挙という形式が正しい政治判断をするためのツールとして機能しているかを、経済学的な見地から考えようというお話だ。
     ただ、日本語がすごく読みづらいので、よほど興味がないと読むのはつらいかもしれない。

     経済学は、極論すると、あっちとこっちのどっちが得かを比較判断する学問だと思う。この、得かどうかの正しい判断が、合理的選択と呼ばれるわけだ。経済学によると、経済活動を行う上で、人は合理的選択を行う。一方、同じ人が、選挙になると、経済学的視点から見て非合理的に思える判断を下してしまう。例えば、比較優位の理論によると市場開放した方がお互いに利潤を最大化できるのに、バイアメリカン条項の様に保護貿易を主張する政治家が当選してしまうことがその例だ。
     この様な非合理性を説明するのに、古典的公共選択理論では、有権者が合理的無知であることを仮定していたらしい。つまり、自分がどの様な投票行動を取ったとしても、それが全体の結果に影響を及ぼす期待値は限りなくゼロに近いので、適当に投票してしまうということらしい。すると、多くの合理的無知な有権者はランダムに投票するので、集計の奇跡により、ごく少数の情報を多く持った有権者の行動により全体の結果が決まることになる。

     しかし著者は、この様な集計の奇跡は起こらないと主張する。では、何故、非合理な選挙結果がもたらされるかというと、有権者は合理的非合理性を持つためらしい。例えば、排気ガスを規制する為に自家用車の使用を制限する、ということが選挙の争点になったとしよう。有権者は排気ガスが健康や環境に悪影響を及ぼすということを熟知している。そして仮に、今のまま自家用車を使用すると、1兆円の経済損失を招くという予測がなされているとする。
     合理的に判断するならば、自家用車を制限するのが正しい判断になるはずだ。しかし実際は、制限しないと主張する政治家が当選するだろう。これは、一票がもたらす経済損失の期待値が極めて小さいためだ。一票が全体の結果に影響を与えるのは、その他の票が完全に半々に分かれている場合に限られる。しかし、そのような状況が発生する確率はほとんどゼロに近い。よって、有権者一人が規制に反対することによる費用はほとんどゼロなので、自分の利便性を考慮して規制に反対することになる。

     ここまで読むと、(訳者あとがきにもある通り、)合理的無知だろうが合理的非合理性だろうが、もたらされる選挙結果に変わりがないことが分かる。では何故この様な議論を著者は展開したのだろうか。後半の章を読む限り、著者は、民主主義の無謬性を信仰する者達が経済学者を軽く見るのが気に食わなかったのではなかろうか。そして信者達に、民主主義は無謬でも何でもなく、有権者は誤った行動を取るものであり、その特性は彼らの嫌いな経済学で説明できることを示したかったのではなかろうか。
     本書で示される結果は、ボクらが普段の選挙で直観的に感じている非合理性を説明しているに過ぎない。そして、どうすればその非合理性を回避できるか、提案がなされているわけでもない。だが、有権者は合理的に判断して誤りを犯してしまうという事実を自覚していれば、私的利益ではなく社会的利益をもたらす政策は何なのかという検討を行う上での戒めにはなるかも知れない。

     最後に、訳者あとがきにもありますけれど、かなり日本語が読みづらいです。

  •  あー、もう経済学はホントに面白くないわ~。。バイアスの議論は最近どんどんこの本のような一般向け書籍にも随分出るようになったけれども、な~んか納得いかない。バイアス自身の議論を否定したいわけではないのだけれども、経済学の理想状態がしっくりこない。だから読んでいても面白くない。。可測なのかな、経済ってそんなに簡単に。

  • 未読.最近興味のある内容.おもしろそうなんだけども.

全17件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

ジョージ・メイソン大学経済学部教授。プリンストン大学で博士号を取得後、ジョージ・メイソン大学助教、准教授を経て現職。専門は公共経済学、公共選択論など。経済学ブログサイト「EconLog」執筆者の一人。著書『選挙の経済学――投票者はなぜ愚策を選ぶのか』(日経BP社、2009)、Selfish Reasons to Have More Kids: Why Being a Great Parent ls Less Work and More Fun than You Think (Basic Books, 2011), 『大学なんか行っても意味はない?――教育反対の経済学』(みすず書房、2019)。

「2019年 『大学なんか行っても意味はない?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ブライアン・カプランの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×