次なるパンデミックを回避せよ: 環境破壊と新興感染症 (岩波科学ライブラリー 301)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (142ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000297011

作品紹介・あらすじ

森林破壊、温暖化、野生動物食、ペット取引、食糧開発…。人間が引き起こしてきたさまざまな環境問題が、新型コロナをはじめ、近年加速している動物由来感染症のパンデミックの背景にある。その関連性を、著者自身のルポや最新の研究報告、識者の発言を交えて解き明かし、過去の教訓を踏まえて正しい未来を作り直す術を提言する。

感想・レビュー・書評

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  • ■土地の改変
    「自然が破壊される時、命にかかわる病気が広がる」―世界が新型コロナウイルスのパンデミックにおののいていた二〇二〇年八月、英国の著名な科学誌「ネイチャー」にロンドン大学やオックスフォード大学の研究グループが発表した論文がメディアの強い関心を集め、英国の新聞ガーディアンは、その内容をこんな見出しで伝えた。
     研究グループは世界各国の生物多様性に関するデータベースのデータを使い、世界約六八○○カ所の生態系の変化に関するデータと感染症の宿主となる可能性がある三七六種の動物の個体数や分布などを調べた。原生林などの自然が残っている場所、人間の手が加わった生態系がある場所、農地など人間が手を加えた土地、都市部の四つに、人為的な環境改変の度合いを分類し、動物の種類数や個体数などとの関連を調べた。
     その結果、森林が破壊され農地や都市に転用された地域では、生息する動物の種類数に動物由来感染症の宿主となりうる生物種が占める比率が、手つかずの自然が残る地域に比べて最大七二%も高くなっていることが分かった。また、人間にも感染する感染症の宿主動物の個体数も、自然が残る地域に比べて最大二・五倍近く多かった。数が増える動物種は、ネズミなどの齧歯類スズメなどの小型の鳥で目立った。人間の手が加わって破壊が進んだ場所では大型の捕食動物などがいなくなって、生態系が単純化し、寿命が短く、多くの子どもを産む齧歯類や移動性が高く環境変化に適応しやすい小型の動物が増えるためだと考えられる。個体数が増え、人口密度が高まると宿主動物の中で病原体に感染している動物の比率が高まり、ここに多くの人間が入り込めば病原体が人間に感染するようになる可能性も高まる。研究グループは「動物由来感染症に感染する可能性が高いのは自然が豊かな場所ではなく、人間活動によって自然が破壊された場所だ」と指摘する。
     これらの研究成果は、動物由来感染症に対して強靱な社会を築くためには、自然破壊に歯止めを掛け、生物多様性が豊かな社会をつくることの大切さを教えてくれている。


    ■変わる動物の分布
     ジョージタウン大学などの研究グループは二〇二〇年一月、地球温暖化の進行が動物の分布を変え、ウイルスが野生動物から人間に移行する機会を大幅に増やすことを示すコンピューターシミュレーションの結果を発表し、新たな動物由来感染症発生の危険性を警告した。
     研究グループによると、人間に感染する可能性があるウイルスは最大六〇万種ともいわれ、その多くが野生動物を宿主としている。三八七〇種の哺乳類について、今後の温暖化の進行によってその分布がどう変化し、人間が暮らす場所とどう重なるかなどを、コンピューターを使って予測したところ、温暖化が進むと、標高の高い地域や高緯度地域に多くの哺乳類の分布が広がり、接触の機会も増えてウイルスが人間を含めた他の動物種に感染する可能性が大幅に高まるとの結果が出た。
     新たな動物由来感染症の原因となりやすいのは、ネズミなどの齧歯類、コウモリ、人間を捕食することがある大型哺乳類だったが、中でも移動能力が高いコウモリのリスクが大きいことも分かった。
     今後、ウイルス感染の可能性が高まると見られる地域は、アフリカ東部、インド、中国部、フィリピンなどの人口が多い国々で、これらの地域で監視態勢を強めることが重要だいうのが研究の結論の一つだ。


    ■ウイルスの役割
     時には短時間のうちに多くの人の命を奪うウイルスというものもこうして生物多様性という文脈の中に置くと、その姿は違ったものに見えてくる。ウイルスは、われわれホモ・サビエンスが地球上に誕生する遥か以前、少なくとも三〇億年以上前から地球上に存在していたという。そして地球の長い歴史の中で、ウイルスは種類を増やし、数を増やしてきた。海の中には海藻などに寄生するウイルスが非常に多く、海のウイルスに含まれる炭素の量は二億トンにもなるとの試算もある。ウイルスは地球上の炭素や窒素循環にも大きな役割を果たしており、地球温暖化などの環境問題を考える上でも重要だというのが最近の理解だ。そして、ウイルスは五箇氏が指摘するように、増え過ぎた生物の数を調節する役割を果たすし、人間の遺伝子の中には、もともとウイルスが持っていたものが取り込まれたと考えられるものもある。遺伝子治療に使われるウイルスのように、遺伝子の運び屋としてウイルスが機能することで、自然に起こる遺伝子の変異では説明できないような大きな進化が起こることもあるとの説もある。自己増殖能力がないウイルスは、自然界での宿主を皆殺しにしてしまっては、自らも存続できないので、多くの場合、毒性を弱め、自然宿主と共存している。コウモリが持っていたと考えられる新型コロナのパンデミックを引き起こしたウイルスも同様だ。
     とすれば、近年、エマージングウイルスと呼ばれる人間に感染するウイルスが次々と出現し、時には重大なパンデミックを引き起こす例が増えているのは、人間の行動、人間社会の側に原因がある、つまり長い地球の歴史の中で、作り上げられてきた生物種とそのネットワークである生物多様性を人間が大きくかく乱したことにあると考えるのが妥当だろう。
     ウイルスにとって好適な餌場を人間と家畜が作り上げてきた、と指摘する第5章で紹介した霊長類学者のラッセル・ミッターマイヤー博士の見解も、パンデミックを防ぐために、生物多様性の保全の重要性を指摘する点で、五箇氏と同様だ。
     われわれは今、何をするべきか。「新型コロナウイルスのまん延は、われわれへの警鐘である。マスクの配布や手洗いの徹底、検査の拡大といった当面の対策だけでなく、コロナ後の世界を展望する上で、病原体が将来、さらにたやすく宿主となるものを見つけることがないように、根本原因をなくす対策が求められる」と指摘するミッターマイヤー博士は「第一に、地球上の豊かな生物多様性を守る必要がある。家畜と人間が大部分を占め、単純化した生態系の中では、病原体は標的を見つけやすくなる。多様性に富む生態系が、われわれの健康を守ってくれるのだ」と言う。
    「第二に、自然破壊を防ぎ、陸上の野生生物を生息地から捕獲して食べ物や薬、ペットなとして利用する行為をやめることだ。発展途上国を中心とする野生生物の消費が、病原体に人間が直接接触する機会を増やし、本来なら自然の中に閉じ込められ、人間にはリスクとならなかったような病原体が人間に感染するようになる。新型コロナウイルスもこうして拡大したと考えられている。中国はウイルスのまん延を機に、陸上野生生物の取引を禁止、ベトナムも同調する姿勢だが、アフリカ諸国も同様の取り組みが必要だ。第三に、大量の肉の消費を減らし、植物ベースの食品への転換を図ることも求められる」。これが博士の提言だ。

  • 新型コロナウイルスを含めた動物由来感染症のパンデミックの根本原因は、人間による環境破壊にあるという。自然を守ることがパンデミックのリスク回避につながる理由、そして人間と自然の関係を見直すことの必要性を、読者に教えてくれる一冊となっている。

  • 【琉球大学附属図書館OPACリンク】
    https://opac.lib.u-ryukyu.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC05923986

  • 2021年9月期展示本です。
    最新の所在はOPACを確認してください。

    TEA-OPACへのリンクはこちら↓
    https://opac.tenri-u.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=BB00594104

  • 請求記号 493.8/I 18

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著者プロフィール

井田徹治:共同通信社科学部編集委員。本社科学部記者、ワシントン支局特派員などを経て、2010年より現職。環境と開発、エネルギー問題をライフワークに、途上国の環境破壊の現場や、多くの国際会議も取材。著書に『生物多様性とはなにか』(2010年)など。

「2021年 『BIOCITY ビオシティ 88号 ガイアの危機と生命圏(BIO)デザイン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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