晩年の父 (岩波文庫 緑 98-1)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003109816

作品紹介・あらすじ

仰ぎみる文豪でもなければ、軍服に身を固めた軍医総監でもない鴎外。ここには、母や妻、子どもたちの中心となり、周囲に濃やかな愛情をそそいだ家庭人の風貌が、少女の繊細な目を通して生き生きと描き出されている。著者は鴎外の次女。父の死直前のほぼ1年の思い出を綴る「晩年の父」ほか、「思出」「母から聞いた話」などを収める。

感想・レビュー・書評

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  • つくづく森鴎外はスーパーマンだと思う。

    陸軍軍医として陸軍軍医総監という頂点に登る傍ら、文学者として翻訳、創作、評論、歴史研究などでも文豪と称えられ、家庭人としては特に晩年は幼い杏奴と類の父親として「パッパ」と呼ばれ、最高の偽りない情愛を示し、また示された。夫婦仲も良かった。家庭人の資質はそもそも比べようがないが、何れも日本トップの位置にいたスーパーマンだった。

    そんなことがあるのか?あるのである。陸軍総監は実際に見聞きしていないから一般的評価でしか無いが、文学は少なくとも幾つかの作品を読んで個人的に確信している。そして今回、実の娘の杏奴(あんぬ)から、幾つも幾つもその証拠を見せられた。話は聞いていたけど、こんなにも細やかに子どもを可愛がっていたのか!個人的に確信した。

    今年は鴎外没後100年。
    加藤周一は晩年最後の仕事として「鴎外・茂吉・杢太郎」の評論を「完成」させたかったが叶わなかった。その想いを確かめたくて、今年は鴎外を読もうとしていたのだけど、遂に叶わなかった。高い峰だと思えば思うほど、手をつけられなくなる。これは脳の作用なのだと最近学んだばかりだ。近いうちにブレイクスルーしたい。

    幾つか覚書
    ・小石川の植物園、目黒の植物園、上野の博物館、動物園など、よく連れて行かれた。小石川の植物園では父はいつも四阿(あずまや)に腰掛けて本を読んでいる。私たちは夢のような美しい芝生を思うさま駆け回って遊ぶのであった。少し遅れて母が重箱にお握りや煮しめを入れて、麦湯を入れた瓶などを持って来てくれた。(58p)
    ←博物館は鴎外の仕事場だった。子育てを全然妻任せにしていない。土筆とりなどをさせて遊ばせている。上野広小路の煎餅やで子供の顔より大きい瓦煎餅を買ってあげたり、家に帰る途中いつもクリームパンやジャムパンを四つか五つ包んで持ってきてくれたそうだ。

    ・「亡父が、独逸留学生時代の恋人を、生涯、どうしても忘れ去ることの出来ないほど、深く、愛していた」(195p)
    というのが杏奴の見立てである。
    「死期の迫った一日、父が、母に命じて、独逸時代の恋人の写真や、手紙類を持ってこさせ、眼前で焼却させたと、母が語ってくれた」(同)
    というのが、その根拠。所謂「舞姫」の彼女のことである。娘の考察はかなりロマンチックな想像に傾いている気はする。朝日まかて「類」を読む限り、杏奴はかなり賢い女性なのだが、大好きな父親に対して少女っぽい想像を晩年まで抱える面もあるようだ。私は鴎外の舞姫判断は、そんな単純なものではないと思っている。

    ・父は何時も自分と同じ気持ちになっていてくれたような気がする。
     私が犬を可愛がれば一緒になって可愛がってくれる。
     蚕を飼う事に夢中になれば、父も一大事のようにして蚕のことに一生懸命になってくれる。どんなに詰まらないお伽噺を長々と話して聞かせても、心から喜んで微笑みを浮かべながらそれを聞いてくれる。
     これは父が子供を愛するあまり、子供と同じ気持ちになると言うばかりではなかったらしい。父は母に向かって、
    「お前はもっと子供の話を一生懸命に聞いてやらなくてはいけない。大きくなるほど子供は親に何でも話せるようにしておかないと、思い掛けない間違がおこるものだ」
    と言っていたそうだ。(129p)
    ←珍しい鴎外の教育論であるが、論じることと実践できることは同じではない。特にこんな文章を読むと、鴎外にいつそんな時間があったのだろう、と私は不思議に思う。

    • おびのりさん
      Kumaさん、こんにちは。
      先週、東京千駄木にある鴎外記念館に行ってきたばかりです。「直筆資料が伝える心の軌跡」没後100年、開館10年のコ...
      Kumaさん、こんにちは。
      先週、東京千駄木にある鴎外記念館に行ってきたばかりです。「直筆資料が伝える心の軌跡」没後100年、開館10年のコレクション展です。
      記念館は鴎外宅の跡地に建てられいるので、写真に残る庭石等は保存されています。
      直筆は、もちろん、講義ノートのちょっとしたイラストが(包帯の巻き方でしたが)上手くて。
      私よりよほどお詳しいので詳細は避けますが、
      地元に愛されていました。
      2022/11/15
    • kuma0504さん
      おびのりさん、こんばんは。
      30年ほど前、谷根千に凝っていて、そのミニコミ誌に入っている地図を見ながらかなり周辺を歩きました。まだ資料館がで...
      おびのりさん、こんばんは。
      30年ほど前、谷根千に凝っていて、そのミニコミ誌に入っている地図を見ながらかなり周辺を歩きました。まだ資料館ができていなくて、確か地元の図書館みたいになっていて中には入らなかったような‥‥。昨年朝日さんの「類」を読んで、入れば良かった、庭を見たかった。ホントにそこから海が見えるのか、確かめたかったと思いました。今度近くを歩いた時は、必ず入ります!
      2022/11/15
  •  鷗外の子供たちは皆鷗外の思い出を書いているが、やはり女の子の方が敬愛の情を直接的に出しているように思われる。

     著者が14のときが父鷗外との別れ。家庭での鷗外が本当に子ども思いであったことは、子どもや周囲の人々の追想からも窺われるが、14という年は本当に父の愛情を素直に受け止めることの出来るときだったのだろうなあと、著者の文章を読んで実感した。
     パッパとアンヌコの気持ちのやり取りが美しい。

     「母から聞いた話」では、娘から見た両親の関係が描かれる。あまりに母思いであった鷗外であったため、お金の管理もできないなど同居の姑との関係に悩んだシゲ。母が幸せであった時期は短かったと娘は言うが、どうだったのだろう。こればかりは他人からは窺い知れない。

     いくら小さい頃に死別し理想化される面はあるにせよ、こんなに愛情を持って思い出される鷗外はやっぱりスゴい。

  • 森鴎外と言えば、
    キラキラネームの名付け親の元祖?フフフ

    そして森鴎外の晩年、と言えば、
    何か受賞を待って軍服のまま寝ていたとか、
    私のもとに届くのは
    割と揶揄されているというか、
    意地悪目線の情報が多かった。

    森茉莉のエッセイを読んでも、
    どんなに素敵なお父さんか書いてあっても、
    今度はあの茉莉さんは、お父さん(パッパ!)が
    大好きだから…、ねぇ…、となりがち、
    という印象を受けていましたが。
    (そこが面白いんですがね)

    茉莉さんの妹、杏奴さんのエッセイを
    ずっと持っていたんだけど、
    この度いよいよ読んでみた。

    とにかく、優しい、優しい、優しいお父さん、だったのね。

    子供のことが大好きで、
    子供が夢中なことは自分も夢中になってくれる、
    (あるいはそんなそぶりをしてくれる)というところに
    感激してしまった。

    比べるのもへんだけど、
    文章から受ける感じは
    たとえばパッパは誤解されている、というところでも
    お茉莉は一触即発って感じだけど、アンヌコは冷静だ。
    そして杏奴さんは誤解が解けるとビックリマーク連発で
    喜んでいて可愛い。

    ただひたすら、優しかったお父さんと
    大好きなお母さんの思い出話。

    学校まで送ってくれたり、
    公園へ連れて行ってくれたり、
    子供がかわいがる犬を、
    かわいがってくれるところ。

    ところどころ、私の大好きな茉莉さんが
    クールに、お茶目に登場し面白かった。

    可愛がられすぎて森鴎外から愛された人は関係者は皆
    人一倍デリケェト(←っぽくしてみました)になっている。

    そこに不束者というか、考えなしの人、
    あるいは積極的に意地悪な人が突如現れて
    涙が止まらないほどダメージを受ける、んだけど。

    こういうシーンで私はふと、
    こういう不束者、意地悪人間に思える人も
    精一杯、自分が良いと思うことを、
    している、と思っている、らしい、と気付いた、気がする。

    私は、この世の全員に好かれる、誰のことも傷つけないは
    もう、絶対無理、

    だから、大好きな人をとってもとっても大事にしよ、
    と思った。

  • 娘の視点から見た晩年の鷗外。
    森茉莉の書いた鷗外は何処か神格化されているが、小堀杏奴の書いた鷗外は優しいお父さんといった印象だった。
    歳が離れていること、茉莉は鷗外の死の際に外国にいたことが関係しているのだろうか。

  • 厳しい陸軍軍医総監でもなく文豪でもなく、どの家庭にもいる子供に甘い父親そのもの。
    日露戦争時、奥様を思い書いた詩を読むとこの人小説家より絶対詩人の方が適性だよ という感じるくらいど素人の私が読んでも素晴らしい詩。
    人の容貌は冗談でも揶揄っていけないという教育方針は素晴らしい

  • 死期が近いことを知っている父親と、何も知らないながらもその予感におびえる娘。残された日々の生活や家族を愛おしむ鷗外と、最愛の父を手放すまいとする娘の姿に、胸がしめつけられる。

  • よみやすい。鴎外のようなお父さん、いいな、と思った。やさしい。
    杏奴さんの描写がじょうずだからか、自分の小さい頃の学校の中庭の木蓮や母が小学校通学のバス停まで送ってくれる時に道におちているたくさんのきれいな薔薇の花びらを押し花にするために2人で拾ったなとか、"ニンゲンホカロン"になって手を温めてくれたな、とか、なつかしいせつないきもちになってしまった。(この本にはお母さんの話はあまりでてこないけれど…)まだ途中。せつなさと小さく戦いつつ読み進めたい。

  • 仰ぎみる文豪でもなければ、軍服に身を固めた軍医総監でもない鴎外。ここには、母や妻、子どもたちの中心となり、周囲に濃やかな愛情をそそいだ家庭人の風貌が、少女の繊細な目を通して生き生きと描き出されている。著者は鴎外の次女。子どもに細やかな愛情を注ぐ鴎外ですよ。ナイスパッパです。著者は世間的に非難されてる母に絶大な愛情を持ってはるようで、大変気持ちよく読めました。

  • 著者小堀杏奴が、父・森鴎外の晩年の思い出を記した本です。<br>
    淡々とした語りから浮かび上がる森鴎外の深い家族愛には涙が出てしまいます。森茉莉や森於兎と読み比べても面白いかもしれない。

  • ■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
    【書籍】
    https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/0000012685

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