月と篝火 (岩波文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003271452

感想・レビュー・書評

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  • 内容は三分の一くらいしか把握できなかった。主人公、ヌート、チント以外の登場人物が誰が誰なのかわからなかったくらい、自分には難解だった。カラマーゾフの兄弟の方が登場人物が整理しやすい。この本の文字の小ささに慣れたら、大体の小説は読みやすいと思えると思う。

  • 主人公の「僕」は大聖堂の石段の上に置き去りにされていた。そして孤児院にいたのを貧農のパドリーノ一家に引き取られた。養育費銀貨一枚のために。私生児と呼び囃されながら「僕」はガミネッラの丘で幼年時代を送り、養育費が支払われなくなると今度は平地の農場へと売り渡されていく。主人公の生涯を追いながら描かれるのは農村の激しい貧困、戦争の惨禍、人々の愛憎劇。残酷な現実と悲哀の中に月光のように静かに輝くのは、貧しさに喘ぎながらもその地で生きようとする人々の姿だ。様々な感情、思惑を抱きながらも、誰かを愛し、催される祭の時は賑やかに、精一杯楽しみ、そうしてまた日々の労働に身を砕く。人の生き様を、困難な時代に翻弄された人々を淡々とだけれど美しい筆で描いた本作は胸が痛むけれど、感動的な物語。「故郷は要るのだ、たとえ立ち去る喜びのためだけにせよ。故郷は人が孤独でないことを告げる。村人たちのなかに、植物のなかに、大地のなかに、おまえの何かが存在しおまえがいないときにもそれが待ちつづけていることを知らせる。」この一節が本作の全てを言い表しているように思えます。

  • p84. どうやって人に説明できただろう。ぼくが求めているのは、かつて見たことがあるものを、ふたたび見たいだけだ、などと?

    初パヴェーゼ。作者も作品も知らなかったたので、「ぼく」の背景を知らず、この主人公の行動や人々の会話が何を意味するか分からず、最初は読んでいるだけだった。そのうち、イタリアの寒村の風景、「私生児」アングィッラの暮らしと、戦争で変わってしまった人々と村、祭りや労働の記憶などの味わいを感じた。ヌートのクラリネット、篝火、玉蜀黍の皮、孤児院と小作人、荒家と山羊と榛の茂み、葡萄とポレンタ、チントヴァリーノ老婆、マッテーオ旦那と2人の娘、司祭とパルチザン。貧しさの記憶と故郷パドリーノの家での季節の移り変わり。

  • 解説が素晴らしい

  • 主人公にとってこの村は血の繋がった家族はいなくても様々な繋がりがあり確かな故郷と言える
    それが失われていくそんなストーリーだと感じた
    時代の変化だとか、主人公の成長、戦争とか様々な形での喪失を味わうことになる
    ただ、孤児など弱者に対する容赦のなさは変わらないことを痛感した
    暗いストーリーと美しい描写がよかった

  • 2014-7-10

  • 「故郷は要るのだ、たとえ立ち去る喜びのためだけにせよ。」
    すべてが“私生児だから”というのが理由になるだろうか?
    月は憧れ、篝火は最期の象徴。

  • 先日読んだスーザン・ソンタグが取り上げていた、パヴェーゼの最後の長編小説。
    40歳になった主人公が、生まれ育った故郷の村を訪れる。その村でかつて起きたさまざまなこと、現在のさまざまな様子、あるいは別の土地(アメリカ)で体験したさまざまなことが綴られる。
    これもまた、「場所」に関する小説である。時系列が少々入れ替わっており、通時的な「歴史」というよりも、すべての事象が共時態的に「止まった時」のなかに漂うような、そんな場所=時間が描出されている。
    この場所に登場する人物が多く、どの名前がどんな人物を指しているのか、ちょっと混乱させられた。
    背景として、両大戦にまたがって、ファシスト党のムッソリーニが権力をふるい、それに対抗するパルチザンが活躍し、やがてファシストが滅びる、という暗く陰惨な、激動の時代がある。この小さな村も、そうした歴史性に完全に巻き込まれており、決して独立したユートピアを形成しているのではない。
    この小説を読みながら、小説的な言語ということを考えていた。イデオロギーの言語は、人びとを絶えず争闘のなかにたたき込むということを、日頃目にしている。イデオロギー的な言語とは、否定し、排斥し、攻撃するパワーそのものであり、人びとはむしろ、そんな争闘のパワーに操られているだけのようにも見える。(ただし哲学の言語はまた別だ。)
    小説の言語とは、それとは全く異なるものだ。それは誰をも攻撃しない。否定するよりもひたすらに肯定し続ける。そうして、構築された言語は象徴的なイメージを結実し、そこにポエジーを生成する。このポエジーは「語り得ぬもの」であるがゆえに、小説の言語を別の言語に交換することは出来ない。
    かけがえのないポエジーが、確かにこの小説にも宿っている。

  • パヴェーゼ最後の長篇小説。
    本作の他にも岩波文庫から出ているものは読んだが、自然描写、特に田舎の村の景色を描いたところがとても美しい。その中で生きる登場人物は決して善人ばかりだとは言えないが、そこもまた魅力と言える。
    しかし『月と篝火』という邦題は何とも言えず美しいね。

  • パヴェーゼって何故、自ら命を絶ったのだろう、、、

    岩波書店のPR
    「イタリアの寒村に生まれ育った私生児の〈ぼく〉は、下男から身を起こし、アメリカを彷徨ったすえ、故郷の丘へ帰ってきた――。戦争の惨禍、ファシズムとレジスタンス、死んでいった人々、生き残った貧しい者たち……そこに繰り広げられる惨劇や痛ましい現実を描きながらも美しい、パヴェーゼ(1908-50)最後の長篇小説にして最高傑作。 」
    パヴェーゼ文学集成
    第3巻  長篇集  月と篝り火
    http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/6/0282330.html

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