悪役レスラーは笑う: 「卑劣なジャップ」グレート東郷 (岩波新書 新赤版 982)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004309826

感想・レビュー・書評

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  • 稀代の悪役レスラー「グレート東郷」とは何者なのか?という問いかけを追跡する旅。
    数年前、著者が監修?してNHKで特集していたプロレスラー列伝から本書を知り、東郷に興味を持った。その後、DVDで試合も初めて観た。試合内容はともかく、登場から最後までの雰囲気がとても怪しく大いに楽しめる。大観衆の中で1人憎まれるためには、大いなる勇気と恍惚が必要であっただろう。
    日本に対し敵国意識が旺盛であった戦後アメリカマット界に君臨し、一世を風靡した大悪役東郷。お約束な世間のコードにのって分かり易い「悪」に徹することで巨万の富を築いたが、また、プロレスラー力道山を育てた一人でもあり、その後、日本マット界へ執着し続けることにもなった。
    東郷の半生をその活躍と心理面から辿り、東郷の実体に迫ることで、形成されたコードの根源を探る社会派ミステリーでもある。

  • 森達也という人が「ナショナリズムについての問題提起」を錦の御旗に、すでに物故者のグレート東郷の出生に執拗に迫る姿勢自体に、何か違和感が生じた。
    -つまり、本人が表に出そうとしなかった出自の“秘密”を暴(あば)くことを許していいのか?という疑問だ。

    ここで簡単に東郷の背景に触れておく。東郷は当初アメリカ生まれの日系二世のプロレスラーと思われていたが、実は母親が中国系だったのでは?という説が著者の目に留まる。日米中の3つの国が絡み合う出生が、戦中と戦後を生きた東郷にその出自を“あえて”隠させざるを得ない複雑な事情が潜んでいたのではないか?そして、それを探ることが「在日」を取り巻く差別やカミングアウトの問題に迫れるのではないか?というのが著者の思惑といったところだろう。

    実際、戦後日本社会で英雄視された力道山が、その一生において、朝鮮半島出身の在日一世であることを頑なに隠そうとしていたのは周知の事実。力道山の一生を掘り下げることで在日韓国朝鮮人問題からあぶり出されるナショナリズムの複雑な姿に焦点を当てられたのと同様に、グレート東郷からもそれらの問題を見いだそうと著者が考えたのは、一見、理屈が立つように見えるかもしれない。

    しかし、力道山の出自問題に最も注目が集まった時代と今とでは、個人の尊厳や「秘密にする自由」についての考え方はまったく異なる。
    そもそも前提として、森達也はグレート東郷やその遺族から、出自を公にすることについて一切承諾を受けていないのである。
    これは公職にあった橋下徹氏について、その親族が同和地区出身者だと週刊誌で暴いた事案と同様に、何か極めていやな気分にさせられる。それと特にたちが悪いと思えるのは、書く当人が「正義のため」だと思い込み、まったく悪いという意識がなく、それを指摘すると大概は「どこが悪いの?」と自己弁護に走るところにある。

    言わずもがなだが、暴くの「暴」の字は、暴力の「暴」と同じだ。こういう自称「ナショナリズムについての問題提起」ジャーナリストがいまだに正義感を振りかざしてのさばっていることに驚く。
    グレート東郷は鬼籍に入っているので、本人に出自を公にしていいかを確認することはもちろんできないし、本書の記述によると、著者の努力にもかかわらず遺族に接触することができなかったという。だったらこんな本はグレート東郷にとって「大きなお世話」だし、承諾を得られなければ出版を取りやめる“勇気”こそ、ジャーナリストが当然持つべきものなのではないか?
    私がさらに腹に据えかねるのは、著者が東郷の出自を暴こうとすることについて、プロレス全体が有する「ギミック」感をにおわせていることだ。つまり覆面レスラーの例のように、レスラーの素性を知りたがるのはプロレスファンとして必然であるかのような言いぶり
    …へどが出そうになった。

  • 『悪役レスラーは笑う(森達也)』。
    戦後日米で活躍し、圧倒的に嫌われたヒールレスラー、グレート東郷の生涯を描いた一冊だ。
    リングの内外で非常に評判の悪かった東郷だが、国民的英雄でもあった力道山からは大変敬われていたという。
    それは何故か――。というのがこの本の大きな縦軸となっている。ぼく自身は、これまでプロレスにはあまり興味を持ってこなかったので、グレート東郷といっても名前を聞いたことがあるような気がするくらいだ。もしかしたらそれはグレートカブキだったかもしれないし、グレート草津だったかもしれない。義太夫ではないのは確かだが。

    戦後、テレビのプロレス中継は野球と相撲と並ぶ一大人気コンテンツだった。14インチの街頭テレビに2万人が集まったこともあるという。本書ではそんな戦後プロレス史の変遷にも触れている。グレート東郷についての謎は、知る人があまりに少なく、東郷の内面には迫ることなく終わってしまったのは少し残念だ。東郷については出自さえも定かではないらしい。

  • 岩波新書がプロレスを扱うというのは意外だったが、『悪役レスラーは笑う』は何か面白そうだぞという期待はあった。刊行と同時に購入していたにもかかわらず、読まずにいた。しかし最近の打ち続く雨のために電車通勤を余儀なくされ、それを機に読み始めた。いやあ、まいった。これは会心のドキュメンタリーではないか!  グレート東郷の出自をめぐって、やれ中国系だいや韓国だと、情報は錯綜する。日本のプロレス界の実は立役者でありながら、その男の生年も出自もなぞに満ちているなんて、なんと言うか、おおらかな時代だったんだと思う。今ではありえないことではないか。それはまさに、筆者の言うとおり、あいまいな領域を残すプロレスに似て、一種のロマンともなりうるわけだ。 筆者の森達也のていねいで執拗な取材も好感が持てる。 読んでいる途中で気づいたのだが、森達也は自主制作映画『A』『A2』をつくった人ではないか! 偶然いがいの何ものでもないが、僕はこの映画を数日前に見たばっかりだったのだ。これらのドキュメンタリー映画についてはいろいろ語りたいことは多いのだが、たしかに森達也という人の人間を見つめる眼には何か共通するこだわりを感じる。それは何だろう。「自分なりに理解したい・自分なりに把握したい・自分なりに納得したい」こう思うことは良くあるが、あきらめようとするときの自己納得にも似たようなその感覚・・・とでも言おうか。ともかく、この本はまぎれもなくおもしろい。テレビ放送黎明期のプロレスの位置づけについてもイメージが湧いた。森達也は注目だ。

  • グレート東郷の謎を追うサスペンスノンフィクション。楽しめる

  • 『ノンフィクション』(CX系)を見ている気分になった。面白いけど。見たことのないグレート東郷がニッと笑う様が見えるような森達也の描写力はやはり巧み。

  • ドキュメンタリー作家森達也氏の「悪役レスラーは笑う」、岩波新書、2005.11発行です。1911年生まれ、1973年没のグレート東郷を描きながら日本のプロレス界を一望した秀作だと思います。アメリカでは卑劣なジャップ、日本では売国奴、守銭奴などと呼ばれたグレート東郷ですが、力道山は東郷の悪口を一回も言わなかったそうです。力道山はノースコリア、東郷はサウスコリア、共にコリア出身の二人が日本のプロレスの礎をつくり、そのファイトに日本国民は熱狂し、自信と誇りを取り戻した。誰も気づかなかった哀しい国威発揚と。

  • グレート東郷という存在は、日本プロレス史に欠くことのできない存在。力道山が東郷と組まなければ、外人選手の招聘は力道山の限られたコネクションに頼らざるを得ず、日本プロレスという組織が存続できたかどうか怪しいと思う。

  •  太平洋戦争終結直後にアメリカで日本人ヒールを演じ巨万の富を得た謎多きプロレスラー、ディック東郷に迫る。
     
     実際の国籍に関係なく嫌われている国をデフォルメしたヒールを演じるプロレスの外国人ギミック。かつてその頂点としてアメリカンドリームをつかんだディック東郷。一方で日本のプロレスのパイオニアの力道山はコリアンでありがならそれを秘密にして日本のヒーローとなった。ディック東郷と創設期の日本のプロレスには民族の虚実が複雑に絡み合っている。
     作者は当時の関係者に取材しディック東郷は何人だったのかを追っていく。しかし、純粋な日本人、中国系、韓国系、沖縄系など様々な説が出て追えば追うほどディック東郷の真相は分からなくなっていく。まるでこの本自体がプロレスのギミックのように感じた。

     虚実が入り乱れリアルを超えたドラマができあがっていく。それがこの本でありプロレスであると思う。
     プロレスファンは必読の一冊。

  • ≪目次≫
    プロローグ
    第1章  虚と実の伝説
    第2章  伝説に隠された<謎>
    第3章  笑う悪役レスラー
    あとがき

    ≪内容≫
    日本のプロレスの創生期に活動していた「日系レスラー」グレート東郷の
    ノンフィクション。何かしっくりこない結論(出自は結局わからない)だが、
    プロレス界の様子や戦後すぐの時期の社会の様子などが垣間見えて意外と面白かった。

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著者プロフィール

森 達也(もり・たつや)
1956年、広島県呉市生まれ。映画監督、作家。テレビ番組制作会社を経て独立。98年、オウム真理教を描いたドキュメンタリー映画『A』を公開。2001年、続編『A2』が山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。佐村河内守のゴーストライター問題を追った16年の映画『FAKE』、東京新聞の記者・望月衣塑子を密着取材した19年の映画『i-新聞記者ドキュメント-』が話題に。10年に刊行した『A3』で講談社ノンフィクション賞。著書に、『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』『職業欄はエスパー』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『ご臨終メディア』(集英社)、『死刑』(朝日出版社)、『東京スタンピード』(毎日新聞社)、『マジョガリガリ』(エフエム東京)、『神さまってなに?』(河出書房新社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)、『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ』(ミツイパブリッシング)、『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面』(講談社現代新書)、『千代田区一番一号のラビリンス』(現代書館)、『増補版 悪役レスラーは笑う』(岩波現代文庫)など多数。

「2023年 『あの公園のベンチには、なぜ仕切りがあるのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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