裁判の非情と人情 (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004316466

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  • 裁かれるのも「人」なら、裁くのも「人」のはず。しかし、私たちにとって裁判と裁判官は、いまだ遠い存在だ。有罪率99%といわれる日本の刑事裁判で、20件以上の無罪判決を言い渡した元東京高裁判事が、思わず笑いを誘う法廷での一コマから、裁判員制度、冤罪、死刑にいたるまで、その知られざる仕事と胸のうちを綴る。(2016年刊)
    ・第一章 裁判は小説よりも奇なりー忘れがたい法廷での出会い
    ・第二章 判事の仕事ーその常識、非常識
    ・第三章 無罪判決雑感
    ・第四章 法廷から離れてー裁判所の舞台裏
    ・第五章 裁判員と裁判官ー公平な判断のために求められるもの
    ・おわりに

     本書は、岩波書店の「世界」に連載したコラム「裁判官の余白録」をまとめたものであるという。
    読み始めて、文章の平易さ、内容の面白さ、著者の率直な心情の吐露など、魅力が満載で、一気に読みあげた。交流のある裁判官とのエピソードもあり、興味深いものとなっている。本書は、お勧めの1冊である。

    以下、備忘録として、
     p3判決書の起案の話では、内容を、まったく直さない裁判長の話が出てくる。この裁判長は、合議でも自分の意見は、最後まで言わないのだという。自分の意見は殺して、合議体として最高の合議結果と判決を練り上げようとしたということであるが、なかなか出来ることで無い。
     p8では、偽証の問題を取り上げている。日本では、検察がよっぽどの事が無い限り起訴しないという。p10「それに、検察は、警察官の偽証をまず起訴しない」のだという。「警察官の偽証は闇から闇へ葬られる」とは恐ろしい話であるが、日本の風土の問題かも知れない。
     p46では「法服の王国」(岩波現代文庫 黒木亮著)が取り上げられている。「かなりのフィクションも含まれているが、最高裁判所を中心とした戦後の司法の大きな流れ(それも暗部)はほぼ正確に摑んでいると思う」という感想は貴重である。著者が直接聞いたという、矢口浩一の言葉のことばなど、本書には、貴重な証言がちりばめられている。
     p58高度に専門的な問題をどの様に判断するのかということも面白い。法律判断と技術理解は別ということに納得する。
     p81無罪判決に勇気はいるのかという議論を取り上げている。著者は、この議論を「ためにするものである」としているが、そうであって欲しいものである。
     p108では、最高裁判所調査官について語られている。著者の「内示を受けたときは、本当に、かけねなしに、嬉しかった」、「裁判官であれば、正直、一度はあこがれるポストなのである。」という言葉は、ほほえましい。職業人として、己の能力を買われ、力を振るうことが出来るのは、身の出世とは別に、幸せなことであろう。著者は、東京地裁の部総括判事についても、裁判官の檜舞台としているが、どんな仕事であっても、「気力、体力、実力、能力が一番充実した時期」に打ち込むことが出来れば、「その期間が人生で最も充実した時間なのである」という言葉には含蓄がある。

  • 感動した。特に働き方について学ぶことが多かった。また司法と裁判官のあるべき姿・ありたい姿について自由な捉え方を可能にしてくれる。そして、人としての謙虚な考え方を一つ学んだ。
    なお内容は法律モノのエッセイであり、判決文の書き方にまつわる小咄や、裁判官の趣味・生き方、司法制度改革に関わる意見など、いろいろな話が載っている。それぞれの話の特徴は、簡潔で知的に面白い内容であること。
    判決文を簡潔にする石田裁判官と、文学的な長文とする四ツ谷裁判官の対比が面白く、石田裁判官が四ツ谷裁判官の補佐をした際には長文としていたという話も、石田氏の謙虚さが窺えて面白い。また若いうちは長い証拠文書を効率よく読もうとするが諦めて最後の一行まで読まなくては意味がないのでちゃんと読め、という話は反省させられた。また趣意書は初めに読んでおけ、というのも、仮説を早めに持って考えを深められるからなんだろうと考えさせられる。仕事に直接役に立つ励ましの言葉と受け止めた。
    また、司法と裁判官は杓子定規ではなく、違法行為であっても人情を大切にすべきだというのか原田の立場である。法律や規則とは不自由の代名詞のようであり裁判官はその象徴のようかもしれないが、原田はプロフェッショナルな職業倫理の軸足の一つを人情において、あるいみやりたいように裁判やっていたようだ。こういう温かい裁判もアリだ、と思わせてくれる。
    「最高裁判所長官になりたいです!」という若者が増えたことを嘆く原田は、もう単なるおじいさんである。しかしこの嘆きは、人の人生を左右する裁きを下す裁判官という役割を担うのに、出世しようという考えを持つことは責任の重大性をわかっていないということだという考えからきている(と思う)。良くも悪くも裁判官の仕事の恐ろしさや重みを深く知った原田だからこその説得力あるご意見であり、僕は感動した。こんな裁判官たりたい、と思った。

    また、彼やその知人の好きないろんな本や映画などが紹介されていて、裁判官の世界をもっと深くまで知ることができるような面白みのある本だった。

  • 逆転無罪判決20件以上、死刑事件にも多数携わったという裁判官が、現職中、何を感じ、何を考え、どのような人々の中で生活していたかを綴るエッセイ。法廷内での少し面白い話や自身の愛読書の叙述から読者を引き込み、死刑制度、冤罪や今般の刑訴法改正についての批判まで、あくまで一般読者向けに重くなりすぎない語り口で核心をつく。誤った判決をしたときの身の処し方を常に考えていたといい、裁判官は権力者だからこそ人情が必要だという。権力を批判するのではなく、権力者の地位についた者がどうあるべきか、その心持ちやあるべき姿を説く。


    冤罪を出したあと、裁判所は誤りを検証すべきだとし、判決に迷う時は被告人に有利な方を選ぶという。自分は、人を裁く資格などないと自覚することは、自分の判断が専横になるのを防ぐことになる、との叙述は、まさに、どの裁判官でも持っていてほしい感性だと思う。裁判官が退官して弁護士をすると、身柄に対する感覚のおかしさに気づくという。「当たり前の判断」という者がどのようなものかを知らない、というのは怖いことだ。今般の刑訴法改正が、検察のあり方検討会議の提言の目的から逸脱したものだったとの委員であった著者の評価は貴重だ。


    冤罪防止のためには、取り調べの全面可視化、人質志望の解消と証拠開示の徹底が必要とする見解は、裁判官と弁護士の両者を経験した著者の主張として、重く受け止められるべきだ。

  • よく知らない裁判官の世界。裁判官が書いたものを読むのは初めてかも?
    堅苦しい話はほとんどなくて、裁判官が世間からどうみられているか、それなりによく認識されていることに多少の驚きあり。。。彼らは、どのようにその世間の見方を知るのだろうかとか。

    紹介されてた本が軒並み面白そう。
    『法服の王国』『汽車ポッポ判事の鉄道と戦争 』『青春の柩―生と死の航跡』『裁判官の書架』『落日の宴』

    法服の王国だけ、意外にも黒木亮さん作だったので、買ってみた。

    厳密さは違うけど、内部監査の独立性や「保証」の難しさが、裁判所、裁判での事実認定と重なってみえて、妙な親近感がわいてきました。

    ・訓戒は無意味なのか
     →仕事での注意も無意味だろうか。信念に近い行動か。
    ・自由な議論とは、何を言っても、人事上の不利益を加えないということである。
    ・正解を得られない問題を考え抜くことは大切。これにより一種の謙虚さが生まれる。

  • 裁判官が書く「判決文」が「悪文」である、という指摘は多いが、その悔しさもあるのだろうか。やや滑りがちな感もなきにしもあらずだが、軽妙で味わい深いエッセー。
    刑事の裁判官のビジネスキャリアが、その生活、信条の面からよくわかる。

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