「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用 (岩波現代文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (464ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784006002619

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  • 哲学

  • 【要約】


    【ノート】
    ・図書館岩波登録

  • ポモは、それが学問として妥当であるかどうかについて専門家の間でも意見が別れるんで、凡人は深入りしちゃいけないしできない、才能のある人向けのものだと思っている。ソーカルの議論は興味深いのだが、引用されているところは読んでもわけがわからないので結局読み飛ばしてしまう。また、ソーカル自身もこの本は包括的ではないと言っているのだが、科学用語の濫用以外の観点から書かれたものもほしいと思う。関心があるのはむしろ人文学の科学性なのだが、ポパーとかみたいな科学哲学は、基本的に自然科学の話しかしていないのだし。

  • 原題:Fashionable Nonsense: Postmodern Intellectuals' Abuse of Science (1998)
    著者:Alan D. Sokal
    著者:Jean Bricmont
    訳者:田崎 晴明
    訳者:大野 克嗣
    訳者:堀 茂樹

    【メモ】
    ・訳者の田崎さんによるページ。
    http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fn/


    【目次】
    日本語版への序文 [iii-xxiii]
    翻訳について [xxv-xxvii]
    目次 [xxix-xxx]

    1 はじめに 001
      この本で何を示すつもりか 006
      それはそうだ、しかし…… 010
      この本の構成について 025

    2 ラカン 027
      「精神分析のトポロジー」 028
      虚数 038
      数理論理学 042
      結論 056

    3 クリステヴァ 059

    4 第一の間奏――科学哲学における認識的相対主義 077
      独我論と極端な懐疑主義 081
      実践としての科学 085
      危機にある認識論 092
      理論の決定不全性のテーゼ 106
      クーンとパラダイムの通約不可能性 109
      ファイヤアーベント――「なんでもかまわない」 119
      科学社会学の「ストロング・プログラム」 130
      ブルーノ・ラトゥールと方法の規則 140
      実際的な影響 149

    5 イリガライ 159
      流体力学 165
      数学と論理 175

    6 ラトゥール 185
      後日談 195

    7 第二の間奏――カオスと「ポストモダン科学」 199
      カオスと「ポストモダン科学」 199

    8 ボードリヤール 218

    9 ドゥルーズとガタリ 229

    10 ヴィリリオ 253

    11 ゲーデルの定理と集合論――濫用のいくつかの例 262

    12 エピローグ 270
      「二つの文化」の本物の対話に向けて 272
      どうしてこんなことになったのか 281
      政治的要素 292
      なぜ問題なのか? 304
      次は何か 310

    参考文献 [81-106]
    付録B パロディーへのいくつかの注記 [70-79]
    付録A 境界を侵犯すること――量子重力の変形解釈学に向けて [9-69]
    索引 [1-7]

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784006002619

  • [ 内容 ]
    科学をめぐるポストモダンの「言説」の一部が「当世流行馬鹿噺」に過ぎないことを示し、欧米で激論をよんだ告発の書。
    名立たる知識人の著述に見られる科学用語の明白な濫用の数々。
    人文系と社会科学にとって本当の敵は誰なのか?
    著者らが目指すのは“サイエンス・ウォーズ”ではなく、科学と人文の間の真の対話である。

    [ 目次 ]
    1 はじめに
    2 ラカン
    3 クリステヴァ
    4 第一の間奏―科学哲学における認識的相対主義
    5 イリガライ
    6 ラトゥール
    7 第二の間奏―カオスと「ポストモダン科学」
    8 ボードリヤール
    9 ドゥルーズとガタリ
    10 ヴィリリオ
    11 ゲーデルの定理と集合論―濫用のいくつかの例
    12 エピローグ

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • デタラメなパロディ論文がカルスタ雑誌に採用された事で、ポストモダン哲学に対する痛烈な批判となったソーカル事件。その反響を受け、現代思想の哲学者たちが科学用語をいかに誤用しているかを明らかにしたのが本作。間奏の認識論的相対主義に対する批判も含め、一貫しているのは知に対する誠実さなんだと思う。インパクトの強さもあり同書は読まれる事無く語られる事も多いのだが、やはりそれはソーカルの趣旨に反する行為なのだろう。しかし60年代フランスって何であんなに小難しいんだろうね。後半ソーカルさんも投げやり気味なのが笑える。

  • 本書で展開される批判に同意するとともに、そうした自身の感想というものの幾分かは、やはり哲学や社会科学の門外から、必要十分な訓練を経ない状態/良くも悪くもコオプタシオンを経ない状態で安易に足をつっこんで、その界に固有の歴史が成したところの概念の使用に(至当にも)困惑させられ挫折させられた、そういう経験から出ているのではないか、とも感じる。
    またP.ブルデューやJ.ブーヴレスが彼らの著作のなかで「ソーカル事件」について触れているものを読むと、この「事件」の社会科学界での意義についてより多くを知りたいと感じる。

  • 古典的名著。難解窮まる衒学的な文章が実際に意味不明でした!と解き明かしていくのいかにも小気味が良い。
     ただ攻撃する著者をあれこれ変えてはいるが、基本的にやっていることは同じなので次第に飽きる。あとはポストモダニズムや真理相対主義の最悪の一面をことさらにあげつらっているのではないか、という疑念が。

  • 文庫になっていたので今さら読みました。

    大学受験時代、小○秀○が現代文の世界を席巻していて、過去問も例題も彼の著作ばかりで、そして僕は全く理解できなかった。そんな現状に対して自分の出した回答。みんな理解できないもんだから、凄いことが書いてあることにしているだけなんじゃ・・・?それと全く同じことが書き連ねてありました。曰く、裸の王様。もっとも、某氏の著作が裸の王様なのかどうかは別の問題ですし、それを判断するために、某氏の著述をもう一度読み返してみる気もないのですが。少年老い易く学成り難し。読みたい本はたくさんあるしね。

    それにしても徹底的な批判というかいびり倒しというか。これに近い空恐ろしさは、デネットの「ダーウィンの危険な思想」を読んだ時にも感じたな。敵に回してはいけない相手。ただデネットの時と違って、正直、高校物理程度の知識しかない自分には、著者らの批判の正否を判断することはできなかったので、そこが悔やまれる。

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