白いへび眠る島

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  • 角川書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784043736034

作品紹介・あらすじ

高校生の悟史が夏休みに帰省した拝島は、今も古い因習が残る。十三年ぶりの大祭でにぎわう島である噂が起こる。【あれ】が出たと……悟史は幼なじみの光市と噂の真相を探るが、やがて意外な展開に!

感想・レビュー・書評

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  • 『あれは海と山を行き来していると伝えられる化け物で、その名前を口にするのも忌まれてきた。悟史も「あれ」を正確になんというのか、知らなかった。なにしろ、口に出しても文字で書いても禍があると言われているのだ』

    日本各地には今も親から子へと伝わる様々な妖怪、怪物、そして幽霊などの伝承があります。有名なものとしては”座敷童子”がそうでしょうか。”座敷童子”の場合は人に危害は加えないとされていますが、一方で、人間に取り憑いたり、人間を捕まえて食べたりと聞いただけで身の毛のよだつ恐ろしいものたちが闊歩するような話もたくさんあります。特に子どもの頃はそんなものたちの話を聞いて頭の中がそれらに囚われて夜のトイレに影響する…私もそんな思い出があります。そして、そういった話がエスカレートし出すと、そのものの名前を言うだけで呪われる、と名前を出すことさえ躊躇してしまう、そんな経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。人は目にするものすべてに名前があること、そしてその名前を知っていることで安心感を得る生き物です。であるなら、そのものの名前を口にしない、文字に書かないということは、そのものを存在として敢えて認識しないことで、そのものが実体化することを自然と避けようとする、そのような感情から来ているのかもしれません。

    『船体に重くぶつかる波が、ゴオンゴオンと背中に振動を伝えてきた。陸が近い』と『人の出入りを喜ばない』拝島(おがみじま)を目指すのは主人公の前田悟史。『船が接岸する前から、悟史は幼なじみの姿を港に認めていた』という幼なじみの中川光市に接岸後再開する悟史。『免許、取ったんだ』と自慢する光市の『赤い錆の浮いた古い軽トラック』に乗り込みます。『じいさん元気か?』と聞く悟史に『もう、うるさいのなんの。今朝だって、起こされたの三時だぜ』と返す光市は『俺だって悟史が帰ってくるのは嬉しいけど、三時は早すぎるだろ』と続けます。『なんの衒いもなく、光市は「嬉しい」と言った』ことに安堵する悟史。『本土の港湾都市、高垣の高校に入学してから三年』という悟史は『一晩船に揺られれば島には帰れるというのに、部活動を理由に、足は故郷から遠のきがち』で『盆暮れの数日しか拝島には戻らない』という高校生活を送ります。それは島の外の人たちも同じです。『海と山に恵まれ、本土の高垣からも船で一晩』にもかかわらず『拝島に静養や休暇を楽しみに訪れる人間はほとんどいなかった』というその島。『柔らかに澄んでいるように思われるこの島の空気の中に、冷たく固い粒の存在を感じる』という悟史は島への帰郷を喜ぶどころか『あと数日、この島で過ごさなければならない』と到着直後から感じています。そんな中、家へと向かう途上で『十三年ぶりの大祭だろ?のぼりの数が違う』と『光市の指すほうに視線を移す』と『道の右手、川の向こう岸の山々の稜線に沿って、赤いのぼりがはためいていた』という光景を目にする悟史。そこは『荒垣神社の神域の森』とされ『島の人々はそのご神体を、白蛇様と呼んだり荒神様と呼んだりして、丁重に祀ってい』ます。『前の大祭のとき、悟史も光市も五歳だった』にもかかわらず、『なにも思い出せなかった』という十三年前の記憶。そして、家に到着した早々、『挨拶まわり』に出ようとする悟史に『あんまり遅くなるんじゃないよ。ちゃっちゃと切りあげて早めに帰りなさい』という母。『普段は近所づきあいについてうるさいほどに説いてみせる母が、こんなことを言うのは初めて』という不思議。そんな母は『最近ちょっと物騒なのよ』と声を潜めて『…あれが出たの』と語ります。『あれはあれよ』と『ひそめたままの声音で早口に言』う母。『「そんな馬鹿な」と笑い飛ばそうとして、しかしそうはできずに背筋を這い上がる寒気を感じた』という悟史。そんな悟史が久しぶりの島で幼なじみの光市たちと過ごす中、まさかの『あれ』と遭遇する夏休みの数日間の物語が描かれていきます。

    「白蛇島」という単行本を改題して「白いへび眠る島」としたこの作品。個人的に”へび”はこの世で一番嫌いな生き物なので、正直なところ口にするのも、文字で打ち込むのも避けたいというのが正直なところです。ということもあって、この作品は私の大好きな三浦しをんさんの作品と言っても、手にするのを長らく躊躇し続けてきた作品でもありました。一方で、”へび”と言っても”白いへび”はご神体として崇める神社も多数あることから単純に同列に考えるのは失礼にあたるともいえます。そんなこの作品の舞台は『拝島』という架空の島。『海と山に恵まれ、本土の高垣からも船で一晩』という島ですが、『拝島は人の出入りを喜ばない』という通り外部の人間を寄せ付けない孤高の島という設定がなされています。三浦さんが島の人々の暮らしを描いた作品というと「光」が有名ですが、同作品はこの作品から七年後に刊行されたもの。同じ島の描写でもこの作品の方がより素朴で外の世界から隔離された印象が強い書き方がされているのが特徴です。そんな島で生まれ、島で育ったものの高校入学を機に島を出た悟史。外の世界から見て余計に『島の暮らしは外とは違う』と感じている悟史は、拝島が『別のリズムに支配されている』と考えます。そんな島を三浦さんは『月』を用いてこんな風に表現します。『島は実は、外とはまったく別の、もう一つの「月」に支配されている』という感覚。『その「月」は、高垣などから見える月とは、大きさも周期も違うのだ…』というその感覚。『島には、「掟」とも言うべき独特の生活習慣が数多くある』と島に存在する数々の『掟』を挙げます。そして『たまに島に戻ってくると、忘れていたもう一つの「月」の引力にとらわれたかのように、めまいにも似た違和感を覚える』という悟史。それは『潮の満ち引きの秩序が乱れるような、体内時計が狂ったような、生物としての混乱だ』とまで言い切るその感覚。『生まれ育った場所』にもかかわらず『どうしても拝島の重力にはなじめな』い悟史。悟史を悩ませ続ける拝島に内在するそんな独特な閉塞感が結末への一つの大きな伏線となっていきます。

    そして、この作品で外せないのはなんと言っても『あれ』という指示語で示され続ける謎の存在です。『悟史も「あれ」を正確にはなんというのか、知らなかった』というその存在。『「あれ」は海と山を行き来していると伝えられる化け物』という漠然とした説明が読者に恐怖心をまず植え付けます。そして、『月のない夜に海から上がってきたあれは、狙い定めた人間の目から体内に入る』とされ『あれは確実に内部から人を食う』、そして『あれは悠々と海へと去っていき、残されるのは餌食になった人が着ていた衣服のみだ』という身の毛のよだつような説明が淡々となされていきます。一方で『持念兄弟』という『「奥」集落の長男同士が結ぶ絆』で結ばれた幼なじみの悟史と光市。『島で助けあうための風習』というその世界観が『あれ』と絡み合って描かれていくこの作品では、後半になって、まさかのファンタジー世界が登場します。一種の冒険活劇ともいえるその世界が盛り上げていく作品の後半。そこで私が感じたのは、まさかの恩田陸ワールドでした。恩田さんのホラー、もしくはミステリーの世界に近い感覚。「失われた世界」あたりが近いかもしれませんが、そんな恩田ワールドに近い雰囲気をとても感じました。しかし、三浦さんのこの作品では恩田さんに比して不気味感が少し不足する印象を受けました。せっかく『あれ』とはなんなのか?とミステリーっぽい雰囲気が出ているので不気味感をもう少し畳み掛けて欲しかったという印象は残りました。それもあって冒険活劇っぽくなる後半のドタバタが少しあっけなく結末してしまう印象も受けました。ただ、三浦さんはとしては2001年という最初期の作品なのでこのあたりはやむを得ないのかなあと思う一方で、今の三浦さんなら同じ素材でももっと面白く調理してくれただろうな、そういう印象は残りました。

    『馬鹿な、あれは伝説の中の化け物だ』という『あれ』と遭遇する物語。それは、閉鎖的な島の暮らしの中に根強く残る島の風習と切っても切れない島の伝承を伝える物語でした。そんな島から離れて暮らす悟史、そして島を愛し、島で生き続ける幼なじみの光市。二人のひと夏の再会は、離れていても確かに息づく友情の強さを確かめ合う機会でもありますが、このあたりに三浦さんならではのBLの世界を垣間見たような、そんな印象も受けました。そして最後に、“へび”が大嫌いな方も全く心配なく読めるという点はしっかり補足しておきたいと思います。ご安心ください(笑)

    ホラーやミステリーの雰囲気感の中に、ファンタジー要素や冒険活劇的な内容、そしてBLっぽい雰囲気まで織り込むなどとても盛り沢山なこの作品。最初期の三浦さんを知ることのできる、とても意欲的な作品でした。

  • いや~、「ページをめくる手がとまらない」という意味では、これまた面白かったです。
    閉鎖的で、なんだか伝統や土着の風習や信仰に囚われたままの島、「あれ」がでたという噂、「持念兄弟」って何よ、悟史が見てしまう「不思議」とは、いや、わりと早い段階で「あれ」が姿現したな、と思ったら、悪戯か?!、荒太と犬丸は限りなく怪しいやろ、と、どんどんどんどん疑問が湧いてくるので読む手が止まりませんでした。ホラーのような、ミステリーのような、ひと夏の冒険という感じのような・・・この小説を一言で表すのは難しいです。

    三浦しをんさんって、読む本読む本で全く違う顔を見せてくれる作家さんだと思いました。共感してくださる人はいるかしら。
    人智を超えた何かや神域という点では、神去村を思い出しましたが、本書の作者名を隠されて読んだとしたら「三浦しをんさん!」と当てることはできなかったと確信しています。

    この拝島に関するあれこれはどこか実在の島がモデルになっているのでしょうか。このような島独特の信仰や風習がまだまだ残っているところもきっとあるのでしょうね。

    先が気になって気になってどんどん読み進め、ついに大祭の日がやってきました。ここから先は、神域での冒険といった感じになってきました。

    荒太は「カミサマなんていない」と言いましたが、信仰の根源となるところに注連縄をつけた後のことを知る限り、たとえ「カミサマ」はいなくても、神の力はあるんだと思いました。だって、あの洞窟には「あれ」や海に漂う黒い頭は入って来れないし・・・

    それまでの色々にだいぶ心躍らされていたので、最後はわりとあっさりだったな、と思いました。それに、考えれば考えるほど、分からなくなることもありました。

    伝説の白い蛇とシゲ地の荒神(?)、二つの力がこの拝島の「奥」の均衡を保っているのか・・・どうもこの二つがごちゃごちゃになってしまうし、力の違いなどがわからない。そして、このシゲ地に祀られている(?)ものは、「鱗付き」がずっと相手をしないといけないのか・・・

    荒太がシゲ地の荒神を島の外へ連れて行ったことで、「長男だけが島に残る」といったような古い風習は少しずつ変わっていくのでしょうか。悟史も決心がついたようだし。私の理解が正しかったら、拝島の「奥」の未来に希望がある終わり方だったと思います。

    最後の「文庫書き下ろし」でかなり理解が深まる気がするので、これがない単行本を読んでいたら、理解力のない私は首を捻っていたかもしれません。情けない・・・。

    私の理解力の問題で、なんとなく腑に落ちない点もあるし、途中の盛り上がりとラストのあっさりにギャップがあった気がするけれど、神の力が及んでいるものなんだ、すっきり理解できなくていいんだ、と思うと単純に「面白かった!」とお勧めできます。

  • ★3.5

    高校最後の夏、悟史が久しぶりに帰省したのは、
    今も因習が残る拝島だった。
    十三年ぶりの大祭をひかえ高揚する空気の中、
    悟史は大人たちの噂を耳にする。
    言うのもはばかられる怪物『あれ』が出た、と。
    不思議な胸のざわめきを覚えながら、
    悟史は「持念兄弟」とよばれる幼なじみの光市とともに『あれ』の正体を探り始めるが―。
    十八の夏休み、少年が知るのは本当の自由の意味か―。


    昔から独自の風習と習慣を持ち、白蛇を神と崇める離島「拝島」は、島外者を嫌い寄せ付けない。
    未開の孤島の風習。
    こういう不思議な伝説ってあるんじゃないかって思う。
    作者はファンタジーとして描いたのかな?
    設定とかはとても素晴らしくて惹かれたのですが、
    もっと重く感じる方が良かったかなぁ。
    先が気になって読めちゃうんだけど軽く感じて少し残念でした。

  • 不思議な島の話。ゆったりとした不思議な雰囲気を、ゆっくりと楽しめた。

  • 神様と人と習わしの不思議な話。
    その地域で当たり前に備わっている考えに馴染めなかったら居づらい。
    でも確かに自分のアイデンティティの一つで、出て行きたい、繋がっていたい、みたいな故郷に対するいくつもの感情はわかる気がした。

  • 今私の中で島ブームなので、ずっと前に買ってた本だったけど、今読んだことにすごく意味があるような気がする。

    島って独特の文化や因習やお祭りが残ってるから面白いなと思う。
    そして人間関係が密接すぎる。

    最近も三重県の答志島という島で今でも残ってる寝屋子制度というのに衝撃を受けた。

    だからこのお話の中の「持念兄弟」もリアルに感じる。


    このお話はファンタジックだけど、小さい島だったら起こっても不思議じゃない気がする。

  • 原体験というのは、多くの場合幼少期を過ごした故郷にあって、何かしらの不思議な、少し怖い記憶が残ってたりしません?
    なんかあったような気はするんですが、それがどんなかは思い出せないんですが…今思えば不思議な…なんかあったような。
    で、当然のように神社もあって、そのお祭りと縁日にお小遣い握りしめて一日心躍らせていたり。終わるのが悲しかったり。

    生まれ育った場所って、良くも悪くもずっとどこかで繋がっている、というか気になる。同じ時間を過ごした近所の友達も。

    「逃げ出したい場所があって、でもそこにはいつまでも待っててくれる人がいる。その二つの条件があって初めて、人はそこから逃れることに自由を感じられるんだ」
    こういう自由の捉え方もあるんですね。
    でなければ「ただ、孤独なだけだ」と。
    そう頷けるなら、それは幸せなのかも。

  • うーん。
    三浦しをんさん、好きな作家さんなんだけど自分には合わない感じの物語だったかなぁ。
    登場人物の魅力も伝わりにくくてその世界観にも馴染めず物語の中に入り込むことが出来なかった。
    全体の雰囲気も他の作品とはちょっと違ったような?

  • 青春だし冒険だし土俗的だしファンタジーだしてんこ盛り

  • 拝島に残る宗教。
    『持念兄弟』と呼ばれる長男同士だけが結べる絆。
    13年ごとに繰り返される儀式。
     
    神職を務める神宮家に隠されたある秘密……
     
    宮崎駿の千と千尋のような世界観。
    それでいて三浦しおん独特のふんわり優しい雰囲気も併せ持つ。
     
    おそらく実在しない宗教世界を描いているのだと思うのですが、リアルでいてファンタジー。
    三浦しおんという作家のすごさを思い知らされる作品です。
     
    すべての人に読んでほしい一冊です。

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著者プロフィール

1976年東京生まれ。2000年『格闘する者に○』で、デビュー。06年『まほろ駅前多田便利軒』で「直木賞」、12年『舟を編む』で「本屋大賞」、15年『あの家に暮らす四人の女』で「織田作之助賞」、18年『ののはな通信』で「島清恋愛文学賞」19年に「河合隼雄物語賞」、同年『愛なき世界』で「日本植物学会賞特別賞」を受賞する。その他小説に、『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』等がある。

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