竜魔神姫ヴァルアリスの敗北 ~魔界最強の姫が人類のグルメに負けるはずがない~(1) (電撃コミックスNEXT)
- KADOKAWA (2020年7月27日発売)
- Amazon.co.jp ・マンガ (144ページ)
- / ISBN・EAN: 9784049132328
作品紹介・あらすじ
「くっ、何故こんなにも美味しいのだぁぁぁぁ!」
魔界最強の姫ヴァルアリスは、人類を滅ぼすべく東京に降り立った。
しかし、彼女を待ち構えていたのは、
カレー、ラーメン、お寿司などのあまりに美味な人類の料理で――!?
果たしてヴァルアリスは食の誘惑に打ち勝てるのか!?
ヴァルアリスの可愛さ×ご飯の美味しさに
ニヤニヤが止まらない最強グルメバトルがついにコミカライズで登場☆
感想・レビュー・書評
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魔界最強の姫君が味わう敗北の味はいつだって美味しい。
単騎にして万軍を凌駕する力、道行くだけですべてを手にしかねないほどの美貌、そして失敗を挫折で終わらずに学びを得ながら我が道を邁進する気高さ、すべてを有する少女――。
タイトルにある通りに、魔界最強の姫君「ヴァルアリス」様が人間の料理相手に謎の敗北を重ねていくグルメコメディ・ノベル、待望のコミカライズ第一巻です!
不定期更新がいささか惜しいのですが、このクオリティならば納得と言える漫画化といえるでしょう。
美味しいと惜しいは似ているので、ちょうどいいのかもしれませんがそれはそうと。
ここ一巻では原作小説一巻の半分ほどを消化(グルメ漫画なだけに……!?)と、テンポこそ早めですが、原作が連作短編形式になっている以上、食感さながら歯ごたえよく区切っていく上では必須でしょうね。
ヴァルアリス様がご当地(今回は東京二十三区内)の名物料理に挑んでいく流れは原作から変わらず。表紙を開いてすぐにお品書き形式で並べていくメニュー……じゃなかった目次も食欲をそそってくれます。
とはいえ毎回確認しているのに読者ともども忘れがちですが、主人公の目的は人間界を滅ぼすこと!
この辺は天の声から天ぷら……じゃなかった、テンプレとしてこの作品が敗北の物語であることが念押しされるのですが、完全に天丼ネタとして機能しています。
ネタと言えば寿司ですよね、もちろんこの巻にも食の殿堂入りである江戸前寿司の回は収録……じゃなくって!
人類滅亡の前提条件として人類の文化が存在した証をなにか一つ選出して保存する必要があるヴァルアリス様。
幸か不幸か、彼女の人間界におけるファーストコンタクトは現代日本の食文化だったのです。しかも彼女の故郷である魔界の食は貧弱を通り越して暗澹としているときています。
じゃあイギリス(偏見)にでも行けばいいんじゃないの? とかいう野暮なツッコミは今は置いておきましょう
なお、覇者としての貫禄に満ちているヴァルアリス様に弱いところを狙って妥協するという考えはないのです(たぶん)。とはいえ、勝算を立てて下調べをいくら重ねようと微妙に埋まらないのが常識の差。
翻訳魔法や辞書魔法の助けを常駐で得ても肝心なところで謎の勘違いを起こすヴァルアリス様の心情はカルチャーギャップとして笑いを誘います。
魔界や主人公の恐ろしさや強さを仰々しく煽り立てたと思ったら、とぼけた味ではしごを外すような原作の文体(地の文)を上手く漫画向けに主人公の独白として拾い上げているのが地味に上手かったですね。
一方でテンポを損なってはいけないので、原作から拾えていないネタがかなり多いのは残念ではあります。媒体の違いを考えれば仕方がないのかもしれませんが。
反面、メディアごとの棲み分けは出来ていると言えるのですけれど。
ボケに対するツッコミですらボケに兼用させた結果、ツッコミ不在にして読者の内心のツッコミに期待した本作の滋味は原作小説の側でも味わっていただくのがいいとして。
小説版は漫画版では流され気味な魔界パートで派手な肩書きの敵を盛大にインフレ気味な主人公が鎧袖一触で倒していったり、本筋とは関係ないところで恋の行方が進行していたりします。
本筋抜きの遊び部分もなかなか見逃せないつくりになっています。それに加えて原作は細かいところで一々激しい落差を作り、楽しさを演出するわけです。
やはり漫画版の特色としては、部下の前では保たなければいけない諸々の威風を取り払い、タイトルに則った美食パートに重点を置いて見せ場を作っていくのが正解なのでしょう。
すなわちヴァルアリス様が美味しいものに舌鼓を打ったり、慣れない食事のルールに戸惑ったりでの、一喜一憂、喜怒哀楽、なにより酸いも甘いも噛み据えた感情を呼び起こす、コロコロと変わる表情の妙ですね。
原作譲りのトンデモでトンチキなルビもしっかり引き継ぎつつ、可愛さを引き立ててくれます。
コントとしての味も、美食に乗せられた自身へのノリツッコミやアクション、微妙に変な客である主人公相手に戸惑う店員さんの反応などで、また異なった味を魅せてくれます。
あとは味の説得力は、主人公の躍動的なリアクションが作っている節があるとも感じました。
そして何より各々が追求する食の道を邁進する、料理人たちの精神性にも目を配っていただきたいところ。
身も蓋もない視点に立って冷静に考えればこの作品は主人公が勝手に戦っている独り相撲なんですが……。
そのことを知ってか知らずか各話ゲスト料理人たちは客をもてなす側の姿勢、サービスのあり方、そして美食に向けたひたむきな努力など、それぞれが見つけ出した答えをもって主人公の想定外を行き続けます。
ついでに言えば女の子が可愛いことはもちろん、料理人たちはビジュアル面でもきちんとまっとうに枯れてたり、必要以上に渋かったりする濃さを備えているのでご安心ください。
と、ここで話を戻しますとこの作品は回を重ねるにつれて本来の目的を無理やり思い出しつつ半ば忘れる展開になります。次第に勝利条件からしてよくわからなくなっていくのですが、主人公がいい方向に変わっていくことも確かだったりします。
事実、彼女は次第に油断や驕りを捨て去ろうとしつつ、真摯になって美食に挑むようになっていきます。
結果はどうであれ敗北から何かをつかみ取り、明日には勝利を掴もうと邁進する主人公の勇姿はきっと美しいのだと思います。
本作の魅力は主人公の肩書「竜魔神姫(トンデモナイゼ)」を皮切りとする謎のルビセンスに代表されるコメディ要素にあることはもちろんですが――。完全無欠ではあるのだけれど、その地位に安住せずに新たな「気付き」を得ていく主人公「ヴァルアリス」様の成長物語でもあるのだと、改めて実感させていただきました。
それではまとめを兼ねて再確認しておきます。先に申し上げた通りにここ一巻は原作一巻の折り返し地点。
次なる相手は対等たる何者かには恵まれない「竜魔神姫」と並び立とうとするもう一人の「魔神姫」。
そして、お約束でしょ、ああやっぱりと微笑みの目線を向ける読者諸氏も目を剥くだろう、さらなる展開がやってきます。けして侮ることなかれ。
食業に貴賎なしと言えど、食と如何にして向き合うかできっと美醜は分かれるのですから。詳細をみるコメント0件をすべて表示