ピストルと荊冠 〈被差別〉と〈暴力〉で大阪を背負った男・小西邦彦

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062178006

作品紹介・あらすじ

地元はもとより行政、財界が頼りにしたのは、組員で部落解放同盟支部長だった-。被差別部落で生まれ、極貧の生活から這い上がった男は、二〇〇六年に飛鳥会事件で逮捕され、その権勢を失う。七十四年の波乱万丈の生涯を描く"極道支部長"一代記。

感想・レビュー・書評

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  • 近所の図書館にないのでリクエストしたら、去年の本ではあるが珍しく購入になったようだ。『とことん!部落問題』とか、『ホルモン奉行』とか、『カニは横に歩く』などの著書がある角岡伸彦さんの作。飛鳥会事件で逮捕された"極道支部長"、小西邦彦を描いている。

    小西と同じ立場の部落出身である角岡は、取材に乗り気ではなかった。好きで書いているわけではないともいう。
    ▼私は小西の批判を含めて、雑誌でも本書でも思うままに書いた。私が常に意識したのは、もし自分がそこにいたら、どうしただろうか、ということだった。市職員の立場で小西と接したとき、「それは無理です」と言えたのか? 銀行員であったら? 支部員であったら? そのような視点がない、「こんな悪い人がいますよ」といったような勧善懲悪型の記事や本にはしたくなかった。
     人間は単純に「善人」と「悪人」に二分されるわけではない。私も含めて、両方を持ち合わせている。ただ、小西の場合、双方の「量」と「質」が尋常ではなかった。(pp.249-250)

    小西は、「大阪市や三和銀行、部落解放同盟を一方的に利用しただけではなく、相互依存の関係にあった」(p.248)という。例えば、1975年に大阪市と市教委が全面協力してつくられた記録映画「わが町、飛鳥」は、小西の率いた飛鳥支部が大阪市にとってトクベツの存在であったことをものがたる。

    ▼大阪市内には部落解放同盟の支部が十二あるが、その中でも飛鳥支部は特別だった。ヘリを飛ばし、有名俳優をナレーターに迎える映画の製作費は、市の予算から出ている。他の支部に同じような記録映画はない。それもこれも小西支部長が、市幹部と特別な関係にあったからである。
     小西が組員であることを知っていた行政は、様々なトラブルの解決を彼に委ねた。小西はその見返りに、市にもろもろの便宜をはかってもらっていた。いわば持ちつ持たれつの関係である。(p.12)

    ▼部落差別という社会悪と闘うべく志を同じくする組織が結成される一方で、部落は現在でいうところの反社会的勢力を生んだ。どれだけ学業を積もうが高潔な人格であろうが、あらゆる門戸を閉ざされた部落出身者は、差別社会に暴力で牙をむいた。どんな努力も報われないのなら、腕力や度胸で相手を威嚇し、太く短く生きようとする勢力があらわれるのは、洋の東西を問わない。反社会的勢力は、いわば差別の副産物であった。(p.20)

    そして、小西邦彦もその例外ではなかった。小西は「わしは体も大きかったしケンカも強かったから、自分自身が差別を受けたちゅうのはないねん」(p.23)という。

    飛鳥地区は、大阪市の中心部に近いこともあって、近畿各地の部落や部落外から出てきた人が移り住んだという。小西自身も、他の部落から移り住んだ一人だ。

    ▼同対法という法的後ろ盾を得て勢いを増した部落解放運動は、小西邦彦に典型的に見られるように、行政に影響力を及ぼしてきた。行政も組関係者の小西を用心棒として利用した。
     しかし運動側も行政側もその代償を飛鳥会事件で払うことになる。(p.81)

    部落差別は、身分制度がなくなった以降も残った。それにあらがうべく興った部落解放運動は、同対法という後ろ盾を得て、勢力をひろげた。
    ▼マイノリティの一任意団体が、行政に絶大な影響力を持ち、住環境、就労、教育、税金など、あらゆる分野で手厚い保護を受けた。それだけ市民権が保障されていなかたっとも言えるし、運動団体の力が強大だったとも言える。いずれにしても、それらを牽引した中核組織の一部は、ボス支配を許す前近代的な体質を内包していた。また、まともに働こうとせず、犯罪に手を染める堕落した部落民を生みだしていた。
     一連の不祥事の摘発は、法の失効を機会に、前近代的な負の遺産を一掃しようとした権力の一大事業であった。(p.192)

    小西は、もうええ加減に辞めたらどうやと言われても、「支部長になる人間がおらへんねん」と言い、トップを代わらなかった。
    ▼確かに、地域はもとより行政や企業に絶大な影響力を及ぼした小西の代わりは、いなかっただろう。しかしそんなことを言っていては、いつまで経ってもトップは替わらないし、組織は若返らない。よくも悪くも小西ほどのカリスマがいないことは確かであったが、後継者を育ててきたのかというと疑問は残る。(p.161)

    人一倍わが子を思う気持ちが小西を福祉事業家の道へ導いた、という話は、私がこの本で初めて知ったことのひとつだ。
    ▼小西は障害を持つわが子[長男]に関しては、きわめて世俗的な考え方の持ち主であった。自分は愛人をつくり、ほとんど家に帰らなかったが、息子は家庭を持つことが幸せと疑わなかった。(@.148)

    飛鳥会事件と事件報道について、部落解放同盟の大阪府連は「事件報道が、市民の部落問題認識に悪影響を及ぼした」と考え、報道各社に公開質問状を出している。それに対する各社のコメントのなかでも産経新聞は「悪影響があるとするなら、第一義的に事件を起こした側に問題があるのではないか」と指摘している。

    この指摘と府連の意見を対照させて、角岡は府連の「肥大化した被害者意識」(p.211)を見てとっている。「それは被害妄想ではないか」とマイノリティに対して言及するのは現に慎むべきことだが、府連の抗議や質問は、その域に達していると言わざるを得ない、と。

    読んでいて、シェルビー・スティールの『黒い憂鬱』を思いだすところがあった。参考文献にあげられていた猪野健治の『やくざと日本人』も読んでみたいと思う。

    (8/4了)

  • 知られざる事実。
    部落出身者、在日外国人の処遇は、なかなか見えない歴史。
    現在の犯罪などにも繋がる背景が見える。

  • 生来のエネルギー量。肥大した被害者意識。

    出自のせいもあってか全体の筆致は抑制的なものとなっている。

  • 良い意味でも悪い意味でも絶対値が大きい。もう少し詳しく知りたいと思いました。

  • 資料ID:W0170586
    請求記号:361.86||Ka 14
    配架場所:本館2F書架

  • 飛鳥会事件の被告、小西邦彦の生涯を通して、同和行政と解放運動の問題点を描いた秀作。著者は後書きで「小西と同じ立場の部落出身者である私は、基本的に出身者の不祥事は取材・執筆したくなかった。いってみれば“身内の恥”である。できれば目をそむけたかった。」と語っているが、決して身内に甘くはなく筆致は鋭い。飛鳥会事件だけには限らないが、マスコミ報道で事件として報じられた姿だけでは決して分らない、事件の背景、被告の人となり、が垣間見えて来る。未だに残る差別意識、差別の構造を解き明かすためにも、読まれて良い一冊だと思う。

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著者プロフィール

1963年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒。神戸新聞記者などを経てフリーに。著書に『被差別部落の青春』(講談社文庫)、『ホルモン奉行』(新潮文庫)、『はじめての部落問題』(文春新書)、『とことん!部落問題』(講談社)、『ふしぎな部落問題』(ちくま新書)、『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』(小学館文庫)、共著に『百田尚樹「殉愛」の真実』(宝島社)などがある。『カニは横に歩く 自立障害者たちの半世紀』で第33回講談社ノンフィクション賞受賞。

「2017年 『ピストルと荊冠 〈被差別〉と〈暴力〉で大阪を背負った男・小西邦彦』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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