蛇・愛の陰画 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062900584

作品紹介・あらすじ

午睡中、大蛇が口から入りこみ、腹中に居すわられてしまった男。彼を「被害者」に見たて、運動に利用しようとする組織。卓抜な発想と辛辣な批評精神で、当時の世相を切りとった「蛇」。性と悪の問題に真正面から挑んだ「蠍たち」-。一九六〇年、「パルタイ」で衝撃的なデビューを果たした著者の、その後の五年間の初期作品七篇を精選。イメージの氾濫する「反リアリズム」の鮮やかさを示す一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 「貝のなか」と「蛇」は『パルタイ』にも収録されているので既読でしたが、やっぱり面白い。新しく読んだもののなかでは、「蠍たち」がとても好きでした。

    世にも邪悪なLとKの双子の姉弟が、自分たちに言い寄る男女を陥れ、殺し合わせて悦び、ついには自分たちの母親まで手にかけ近親相姦的な愛を確認しあうという倫理的にはどうかというグロテスクなお話なのだけれど、不思議と嫌悪感を感じない。二人の邪悪さにあまりにも迷いがなく、そしてある種の潔癖さを備えているので、むしろ一種の痛快ささえ覚えてしまいます。

    「愛の陰画」と「宇宙人」にも同じくLとKの姉弟(名前と設定は同一だけど物語としては別物)が登場しますが、突如現れた卵から孵化した両性具有の宇宙人という不条理が虚無的な「宇宙人」がとても面白かった。

    ※収録作品
    「貝のなか」「蛇」「巨刹」「輪廻」「蠍たち」「愛の陰画」「宇宙人」

  • 文学

  • ついに読めた「蠍たち」。あーやっぱり倉橋由美子は突出している。毒針を持った蠍のような双子の姉弟(LとK)の関係性は世界を反転させ純化する。醜悪なものは排斥する。その描写はグロテスクでもあるのに倉橋由美子の視線はどこまでもニヒル。

  • ページを開いている間はそこにどっぷり浸ることを約束してくれる本。ちょっとした時間の合間に非日常を旅したいときに開く。といっても綺麗で美しいお花が咲き乱れて良い匂いがする世界がそこにあるわけでなく、凄まじいレトリックの嵐で普通の日常が生々しく気持ち悪く描かれ息が詰まる世界である。でもそれが逆に淫靡で妖しくて取り憑かれてしまうのだ。

    どれもこれも面白いが、とりわけ「貝の中」は゛私゛のほぼ全体にわたる女性蔑視のあらゆる表現が異常すぎて面白い。普通の歯科女子学生の゛私゛の目に映る物全てが生々しく時には暴力的で、彼女が語る寮生活がとんでもない世界として映し出される。

    V.スジコ、P.イクラ、Y.タラコ..”私”と同じ部屋に住む女子学生の呼び名。どれも食感色ともに似通っていてちょっと押し出せば溜め込んでいるものを勢いよく放出する繊細で厄介な面倒くささ。あだ名としての突拍子のなさが面白く笑ってしまうが、何となくじわじわと嫌悪感を呼ぶ。それが同性である女子を蔑む゛私゛の目線の一つだと気づいたときひんやりとするのだ。

    徹底的に女子を蔑む”私”が、彼女が゛貝゛と称した女同士の狭く濃度の高い女の匂いにあふれた生活の中で、自分は女であることを自覚しつつ、なんとか上手くやっているふりをしているのは、女は女との関係を狭い世界で立ちきることはしないものなのだと実感させられる。感情に振り回される性質、狂気を発症しやすい性質を知っているからこそ、適当に慰め寄り添い平気で友情を演出する。それは女の弱さかもしれないし、太古の時代からの仕方ない習性なのかもしれない。

    そんな”私”には、貝の外には革命思想を熱く語る彼がいて、素直に耳を傾けるふりをして普通のかわいい女を演じているというもう一人の自分がいる。その彼が寮の部屋へやってきて、自分が嫌悪する女子学生から賞賛されている彼の姿を見たととき、貝に飲み込まれた、と表現している。おそらく、”私”は貝の中、外にでもうまくバランスをとりニュートラルでいる自分を感じていたはずだ。バランスをとっているはずだった外の世界が消えたときの孤独。自分は確かに女であるのにそこに分類されることを否定しながら、分類されるしかないやりきれなさがある。”私”の女に対する強い否定よりも執着を感じてならない。

    自分が女であることを過剰なまでに意識せざる得ないのは、どうしようもなく外からの期待に答える形で振る舞ってしまうという若さのためであり、アイデンティティーが柔らかく流動的な時期にあるからだと思う。性が一つだったらどうでもいい話だけれど、男と女が存在するからその狭間で居場所がない孤独感を感じる゛私゛のような人間がいる。 また彼女はしょせん男は私が吐き気を催す貝の中へ飲み込まれるのだという失望感を抱いている。でも彼女はまだ気づいていない。自分自身こそが貝そのものであり、いずれ男を飲み込んでゆくとうことを。 それを知るのは何年後になるのだろう。

    そういえば女子高で過ごした三年間の記憶が甦る。文化祭のとき客としてやって来た男子学生達。あのとき彼らを侵食者として見ていたが、実は巨大な貝の中に飲み込まれてしまったのか。

    ゛貝゛って比喩が最高だ。

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著者プロフィール

1935年高知県生まれ。大学在学中に『パルタイ』でデビュー、翌年女流文学賞を受賞。62年田村俊子賞、78年に 『アマノン国往還記』で泉鏡花文学賞を受賞。2005年6月逝去。

「2012年 『完本 酔郷譚』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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