線は、僕を描く

著者 :
  • 講談社
4.08
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  • Amazon.co.jp ・本 (322ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065137598

感想・レビュー・書評

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  • 思えば水墨画というものを描いたことがない。
    学校で習字は必修だったので最低限の道具くらいは持っていたはずだが、授業で習ったこともないし、周りで嗜む人もいなかった様に思う。
    それでもこの本を読むと、色彩、墨の香り、作品の質感までもが容易に浮かび上がってくる。

    主人公の青山霜介は2年前に両親を亡くし、以来そこから動けずにいたが、ひょんなことから水墨画の大家である篠田湖山に弟子入りすることになる。水墨画など全く知らなかった霜介が、線を描くことを通して徐々に生きる力を取り戻していく。

    水墨で何故生きることに繋がるのか、線を描くとは何なのか、読み進むにつれ自分の中にも世界が広がっていく。
    馴染みのないジャンルだが、無駄なく大切なところだけをすくい取ったような柔らかな描写で、すっと自然に溶け込んでくる。登場人物の個性がそれぞれに効いているところも、読んでいて楽しかった。

    かつて欧米で浮世絵などのジャポニズムが流行り、遠近や陰影、写実にこだわらない点が評価された。我が国の芸術ながら正直何が素晴らしいのかはさっぱりだったが、そういう自分のなかにあった疑問にも、読んでいくうちに少しずつ答えのようなものができていった。

    最後に霜介たちが出展した湖山賞の作品インタビューでは、見所を聞かれた湖山先生が「見れば分かる。言葉などいらない」と言い放つ。巨匠がよく言うあれだ。当然記者はよく分からず、素人には難しい世界があるのですね、と言い湖山先生もそれに対し苦笑いを返すシーンがある。
    この本を読み始める前まではきっと自分も記者と同じ感想しか持たなかったのに、読み終わった今は別の思いを持つことができることに驚く。

    むかし美術史の先生が、出来るだけ沢山本物をみよ、と言っていたことを思い出した。
    みるのは好きだけど分からないやつは全然分からないな…なんて当時は思っていたけれど、分からないものなんて本当は無かったのかもしれない。

  •  水墨画を見た経験はないが、絵の描写や技法を何となく思い描くことができた。でも、とにかく実際を目にしたいという思いに尽きる。
     作品ももちろんであるが、一番は、描くところを見てみたい。逆筆の技法、描くのが早いとはどんな感じなのだろうか?
     冒頭に出てきた、赤にしか見えない薔薇の水墨画も気になって仕方ない。

  • 物語の始め、17歳で両親を事故で亡くした主人公の心が閉じこもったのは白い壁の部屋。
    偶然出会った水墨画の世界はモノトーンからはじまるが、薔薇の水墨画が鮮やかな赤のインパクトを与え、主人公の心が動き出す。
    水墨画家が描く水墨画の世界、文章で鮮やかな情景を描く表現に感動しました。

  • 読んでいて心が洗われた気がしました。
    自分が水墨画を描いたらどうなるのか考えさせられます。

  • 主人公の霜介たまたま水墨画の巨匠に出会い、才能を見込まれて弟子になり、順調に腕を上げ、よき理解者にも恵まれて……とあらすじだけ読めばなろう小説のような都合のよさだが、実際はそう感じさせない物語の奥行きがある。
    それは、シンプルな物語の枠に対して、肉付けがとても上手だからだ。

    霜介は両親を事故で亡くしたことから、自分の内側の世界に閉じこもるようになった。
    しかし、そこから外側の世界を見つめ続けたことで、水墨画家に必要な観察眼の才能を開花させていた。
    霜介に限らず、登場人物にはなぜそういう人になったのかの背景がきちんと存在する。

    そして、霜介が見て感じて描写される世界の表現はとてもピンポイントで収まりがいいのだ。
    「まるで、この瞬間以外の時間がすべて長い長い旅の中にあったようなそんな感覚だった」とは、水墨画の練習を休憩して和室で和菓子とお茶を飲むときの雰囲気を表わした一文だ。

    こうした表現力は霜介だけのものではなくい。
    同門のライバルとなる千瑛は霜介の絵を「鋭い、切ない線ね」と評したり、師匠の湖山は「まじめというのはね、悪くないけれど、少なくとも自然じゃない」と押しつけがましくなくさらっと格言を言ったりする。

    一つ一つの表現が腑に落ちるものばかりで、都合がよすぎると感じることがないのだ。
    こういう人たちなら、こういう物語になるなと納得できる。

    水墨画を描くにあたって、世界をどう表現するかというのは、自己をどう捉えるかという「人」についての話だった。

    水墨画というあまりなじみのない世界を描きながら、文学性とエンタメ性を併せ持つ作品だ。
    著者の二作目が出たばかりなのでそちらも読みたい。

  • 今、注目度ナンバーワンの一冊!
    じゃないの?えっ?

    ランキングに上がってきたときに、『蜂蜜と遠雷』や『羊と鋼の森』に例えられる水墨画小説ってどんなのよ、と思い、読むしかないと決めました。

    読了。間違いない。←

    『蜂蜜と遠雷』読んだら、ピアノ弾きたくなるじゃないですか。
    本作を読むと、水墨画したくなる。いや、私にも、もしかしてすごい墨をすれるんじゃないかとか、思い込んでしまう(笑)

    悲しい境遇自慢みたいな展開は好きではないんだけど、主人公青山くんの自己否定が、上手いこと話のトーンと合っていて、私的にはしんどくなかった。
    はたまた、水墨画ビギナーの彼が、少年ジャンプみたいな、段階すっ飛ばして超人になっていくストーリーでもなくて、良かった。(チート感はありますけども)

    水墨画の表現も本当にすごくて、白と黒の世界なのに、息づいて見える。なぜだ。
    でも、もっと良かったのは、青山くんと彼を見出した湖山じーちゃんの掛け合いなんです。
    いや、湖山先生の生き方に惚れます。

    「花に教えを請い、そして、そこに美の祖型を見なさい」
    ……小林秀雄ですか?と思わせることを言いながら、でも優しく主人公を導く役柄で、一番お気に入りの文も、湖山先生の描写です。

    「湖山先生がもう一度、口角をほんの少しだけあげて微笑んだ。穏やかさではない。厳しさと知性が一人の人間を鍛え上げたのだと知らせる微笑みだった。」

    ここに「知性」が入ったことに、安心というか、納得したのでした。

  • 私はこういう『ある世界を極める』お話が好きだ。
    自分の知らなかった世界の奥深さを疑似体験できるから。
    きっと、この先、私が水墨画を描くことはないだろう。
    でも、今までまるで興味のなかった水墨画を、今度は立ち止まって、鑑賞するだろう。
    そして、無機質な物に囲まれている気でいた自分の周りの生命に、ふと心を寄せるだろう。
    この本を読んで良かった。

  • すごく良かったです。
    主人公が菊を見つめている描写、それを読んでいる私の部屋まで静謐な感じが溢れました。派手でも教訓的でもないけど読むとなにか教わったようなそんな感じが残りました。
    これを読んでいるときに、水墨画展に行ってみました。線をじっくり見たりして…影響を受けやすい自分が面白かったですが、本を読むと自分の世界も広がりますね。人知れずですが…

  • 今までは水墨画を見ても渋いなぁくらいしか感じなかったけれど、こんなにも奥深かったとは!読書によって知らなかった新たな世界の扉がまた一つ開きました。
    心を閉ざした主人公が水墨画と出会い再生していく物語。じんわり胸に染みます。

  • 水墨画を描くことを通して、心の繊細な部分にフォーカスして執筆された作品であったなと強く思いました。
    読んでいるだけで、水墨画の繊細なイメージを想像することができ、自分も水墨画を描いてみたいと思ったのと同時に、主人公と同じように、水墨画を描くことで自分の心としっかりと向き合いたいなと思いました。

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著者プロフィール

1984年生まれ。水墨画家。『線は、僕を描く』で第59回メフィスト賞を受賞しデビュー。同作は、2019年ブランチBOOK大賞受賞。2020年度本屋大賞第三位に選出された。

「2021年 『7.5グラムの奇跡』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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