アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065209240

作品紹介・あらすじ

移民への憎悪、個人化するテロリズム、伸張する権威主義。リベラリズムが崩壊し、怒りの政治が展開する現在、その底流を抉り出す。

感想・レビュー・書評

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  • 吉田徹(1975年~)氏は、慶大法学部政治学科卒、東大大学院総合文化研究科修士課程修了、ドイツ研究振興協会DIGESⅡ修了、東大大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学、JETRO勤務、日本学術振興会特別研究員、北大法学研究科准教授・教授等を経て、同志社大学政策学部教授、フランス社会科学高等研究院日仏財団リサーチ・アソシエイト。専門は、比較政治・ヨーロッパ政治。
    本書は、近年世界的に広がる、リベラルな政治の後退と権威主義的な政治の台頭に加えて、歴史認識問題の拡大、世俗化に伴うテロやヘイトクライムの頻発、個人が扇動する社会運動等について、歴史的な背景を含めて、それらが相互にどのように関連しているのかを、政治学・社会学的に考察したものである。尚、内容の多くは、いくつかの共著や専門誌に掲載された論文をベースに書き改められたもの。
    私は、昨今のリベラルの限界を指摘する多くの言説に強い問題意識を抱いており、これまでにも、田中拓道『リベラルとは何か』、萱野稔人『リベラリズムの終わり』ほか、様々な本を読んできて、本書についてもその流れで手に取った。
    読み終えて、正直なところ、新書としてはあまり理解しやすい本ではなかった。というのは、初出が(専門的な)論文である内容をまとめているため、各章のつながりが見えにくく、各種引用もかなり広く深いためと思われる。
    私なりに本書から読み取った理解を記すと以下である。
    ◆第二次大戦後に世界に広まった「リベラル・デモクラシー(自由民主主義)」とは、個人の「自由」を尊重するリベラリズムと、個人間の「平等」を尊重するデモクラシーという、元来は相性の悪いものが合体して成立した。それは、リベラリズムが経済的側面(資本主義)を抑制し、デモクラシーが政治的側面(ファシズムや社会主義)を抑制するという、それぞれの原理のネガティブな側面を薄めることによって可能となった。リベラル・デモクラシーは、戦後成長の中で生まれた中間層が基盤となったが、成長の鈍化、将来展望の不透明化が進む現在、中間層は政治的な急進主義(非リベラルな民主主義)に引き寄せられている。
    ◆19世紀以降、政治は、階級社会の対立軸である「保守vs左派」という構図をとってきた。しかし、階級政治の終焉、「ポスト工業社会」への移行に伴い、人々の価値観は、物質主義から脱物質主義(社会的・文化的価値観)」に変化し、政治の命題も、「社会はいかにあるべきか(資源・物質の再配分)」から「個人はどうあるべきか(価値の再配分)」に変わった。同時に、それまで対立軸を作ってきた保革政党が、保守政党の社会政策におけるリベラル化と、社民政党の経済政策におけるリベラル化によって、「リベラル・コンセンサス」を成立させたことにより、リベラルと、経済リベラルに反感を持つ労働者層と政治リベラルに対抗的な価値を掲げるニューライトが組んだ反リベラルの対立軸、即ち、「リベラルvs権威主義」という対立軸が生まれることになった。
    ◆1970年代以降顕著になった歴史認識問題の拡大は、それまで基本的に「公的な物語」であった歴史が、戦後世代が社会の中心になるにつれて、バラバラの「私的な記憶」(場合によってはフェイクの)の集合体となったことに起因する。それに伴い、政治は、未来の理想を語るものではなく、過去がどうであったのか、どうあるべきだったのかを論じるものに成り下がっている。これはかつて勝ち組だった中間層が、過去を美化するポピュリズム政治に惹かれることにも繋がる。
    ◆現在先進国を襲うテロやヘイトクライムは、社会に宗教色が強まったことが原因ではない。かつては、教会や宗教指導者の権威が強く、宗教が個人を操作していたが、現代では、社会が個人化したことにより、所謂「ウーバー化(サービスの提供者と利用者が直接結びつき、仲介者の役割を排除すること)」が進み、個人が宗教を自分のために利用するようになった。宗教の原理主義化は、伝統的な宗教・信仰のあり方から個人が離反したことによって生じているのであり、単に宗教を批判・抑制しても問題はなくならない。
    ◆そういう意味で歴史的起点となったのは、1968年に世界中で起こった、伝統的な集団(階級、宗教、地域、ジェンダー等)からの個人の解放を求める、所謂「新しい社会運動」である。しかし、個人化・個人主義の進展は、反作用として、上記のような社会の変容をもたらし、また、新たな他人との結びつきや社会・集団の形成を必要とするようになっている。
    ◆リベラリズムは歴史的に、「政治リベラリズム」、「経済リベラリズム」、「個人主義リベラリズム」、「社会リベラリズム」、「寛容リベラリズム」の5つのレイヤーに分けられるが、上記のような現象は、5つのリベラリズム相互の不適応(バランスの欠如)によるものである。個人の尊重は重要だが、その行き過ぎは、他人との差異を際立たせ、社会に対立と分断を作ることに繋がりかねない。リベラリズムの最大の強みは、多様な意味を持ち、かつ、自らを刷新・進化させられることにある。まずは、個人主義リベラリズムと寛容リベラリズムの均衡と、経済リベラリズムと社会リベラリズムの均衡を、そして、人間性の剥奪に抵抗する、整合的なリベラリズムへの進化を目指す必要がある。
    「リベラル」、「リベラリズム」について一冊だけ読むなら、敢えて本書である必要はないが、相応に問題意識を持つ向きには、複数のうちの一冊として読む価値はあるだろう。
    (2024年2月了)


  • 吉田 徹
    東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。日本貿易振興機構(JETRO)調査部、パリセンター調査ディレクターを経て、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員等を経て、北海道大学法学研究科/公共政策大学院教授、現在同志社大学政策学部教授。その間、パリ政治学院ジャパンチェア招聘教授、同非常勤講師、同フランス政治研究所客員研究員、ニューヨーク大学客員研究員。現在、フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)日仏財団(FFJ)リサーチアソシエイト。

  • 2022/07/24 amazon 499

  • 各章のつながりがよく、読み進めていく中でリベラリズムが直面する難題が少しずつ理解できます。
    日本人がイメージするリベラルではなく、左派だのパヨクだのすぐカテゴライズしたがる人に、ぜひ読んで頂きたいですね。

  • 権威主義の台頭、ヘイトクライム、テロリズム…。グローバルな社会が実現し、社会の多様性や個人化が到来するはずだった時代に、なぜ怒りや敵意が政治の世界で繰り広げられるのか? リベラリズム崩壊後の「暗い時代」の深淵を、気鋭の研究者が抉り出す。

    序章 「政治」はもはや変わりつつある―共同体・権力・争点
    第1章 リベラル・デモクラシーの退却―戦後政治の変容
    第2章 権威主義政治はなぜ生まれたのか―リベラリズムの隘路
    第3章 歴史はなぜ人びとを分断するのか―記憶と忘却
    第4章 「ウーバー化」するテロリズム―移民問題とヘイトクライム
    第5章 アイデンティティ政治の起点とその隘路
    終章 何がいけないのか?

  • 権威主義体制と対峙する今だからこそ考えたいリベラリズム。やや総覧すぎて焦点が絞りにくいけど、考えるネタを提供してくれている。

  • 世界情勢はすっかり変わり、リベラリズムは衰退した。怒りや敵意に充ちた世界で、アフターリベラルはどのような世の中となっていくのであろうか。

  • 難しい問題を扱っているから仕方ないのかもしれないが、記述がゴチャゴチャしていて議論の見通しが悪い。

  • 2度の世界大戦、そして冷戦を経て人類が探究すべき普遍的理念とされてきたリベラルデモクラシーは近年、ポピュリズムやテロリズムなどの台頭によって憂き目にあっている。本書は、リベラリズムがいかに議論され、いかに挑戦されてきたかを政治学的・社会学的視座から描き出し、これからリベラリズムをどう発展させていくべきかを考える上での下地を提供する本である。

    日韓の間の歴史認識の齟齬や宗教的原理主義の本質や処方箋を考える上でも重要な知見を与えてくれた。前者について、時には「忘却」が問題解決の糸口となることを知った。

  • リベラリズムをキーワードに欧州におけるニューライト・権威主義の台頭、2000年代のテロ、日本人の自己肯定感の低さなどを読み解いていきます.ニュースで見た多くの事件、事象をリベラリズムに関連づけて扱う手腕が素晴らしい.戦後、現代のリベラリズムをめぐる情勢について頭の中が整理されました.

    もっとも、筆者が推す共同体・権力・争点の三位一体の視点はその良さというかどういうことなのか最後までピンときませんでした.

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著者プロフィール

1975年東京生まれ。東京大学総合文化研究科(国際社会科学)博士課程修了(学術博士)。
慶應義塾大学法学部卒,日本貿易振興会(ジェトロ),日本学術振興会特別研究員等を経て,現在は北海道大学法学研究科/公共政策大学院准教授(ヨーロッパ政治史)。
主要業績:「フランス:避けがたい国家?」小川有美・岩崎正洋編『アクセス地域研究Ⅱ』日本経済評論社,2004年;「フランス政党政治の『ヨーロッパ化』」『国際関係論研究』第20号,2004年;「『選択操作的リーダーシップ』の系譜」日本比較政治学会年報『リーダーシップの比較政治学』第10号,2008年;「フランス・ミッテラン社会党政権の成立:政策革新の再配置」高橋進・安井宏樹編『政権交代と民主主義』東京大学出版会,2008年;伊藤光利編『政治的エグゼクティヴの比較研究』早稲田大学出版部,2008年など。

「2008年 『ミッテラン社会党の転換』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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