クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界

  • 講談社
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感想 : 27
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  • Amazon.co.jp ・本 (362ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065219508

感想・レビュー・書評

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  • 経済的な内容について、判断できないですが資本主義が唯一の主義ではないことを気付かされるだけも価値がある。

  • うん、合わなかった。

  • 『「あんた。人が痛い目に遭ってるって時に、SF世界の夢物語は贅沢品だよ」聴衆のひとりが叫んだ。「資本主義とSFには共通点がひとつあります」コスタが冷静に答えた。「どちらも架空の通貨を使って、未来の資産を取引することです。たとえそれらのツールがいまだSF世界のものだとしても』―『第一章 現代性に敗北する/コスタ』

    今年一番の刺激を受ける。オルタナ右翼という言葉を最近聞くけれど、それに対抗するのが詰まるところ新オルタナティブ・レフト(差し詰め新・新左翼という感じ?)というか民主社会主義ということであるとすれば、識者が語るその世界は専制的な政治制度に基づく共産主義よりは緩やかな社会主義に基づく統制によって格差が解消され弱者への手厚い支援が行き届いた社会、例えば一歩進んだ北欧風の社会、という印象で多くの人は語っている気がする。とは言え「識者」にしたところで何処までその概念が遍く行き渡った世界を想像し得ているのだろうか、という素朴な疑問に対して、本書はそんなやわな印象を一蹴して、現実感を伴った社会を設計し具現化して描いて見せる空想科学小説。

    原題は「Another Now - Dispatches from an Alternating Present」。故に、「クソったれ」という修飾語は訳者によるもの。いわゆるコペンハーゲン派の多元論的世界観による「What if」式の空想科学小説だが、リーマンショック後に取り得たマクロ経済学的な選択肢が現在を越えて近未来にどのような社会を築き得るのかを示している。Dispatchesという言葉からは、これまたオルタナティブな世界観を夢想して描く「Dispatches from Elsewhere(別世界からのメッセージ)」という米国のテレビドラマを思い起こすけれど、こちらも夢や在り得るもう一つの理想的な現実という主題を扱っていて、本書の世界と呼応している気がする。ただしドラマの方がそんな共生社会を理想として描くのに対し、本書の枠組みは、一見したところ民主的で公的正義の行き渡った社会のように見えるその世界に対して、隠遁生活に入っている急進的な左派の元社会人類学者と元リーマン・ブラザーズのパートナーで自由市場主義の経済学者の二人の対立を通してその世界が真に理想の世界なのかを吟味していくという構図。オルタナティブ(別の選択肢)な共産主義的社会を現在進行形の歴史と並行する架空の世界として描くことで、読者にもその世界がどのようなものかを具体的に提示する。架空の世界を描いた小説とは言え、民主社会主義で知られるバーニー・サンダースとの関係の深い経済学者である著者の啓蒙書的意味合いも本書にはあるのだろう。

    だからと言って、本書は単純にそんな世界を理想像として描く訳ではない。『資本主義が約束する永続的な至福の状態とは実のところ、一種の煉獄にすぎない』という深遠な哲学的警鐘もまた、本書の大きな主題の一つだからだ。例えば古代ギリシアの直接民主主義のような「公の正義」を極端に強いた世界は、既知の価値観に基づく正義以外に入り込む余地を無くし、未来の可能性をある意味で排除してしまう。それは人間的な揺らぎ、自由度を無視し、価値を固定し、現状の絶対的な安定をテーゼとする世界でもあるだろう。だとすれば、如何に民主的な制度の行使者(達)であろうと、それはポピュリズムの名の下のビッグブラザーとも言うべき存在とならないか。もちろん、性悪説に基づく人類の行動様式の傾向には対処しなければならないが、その代償として手放すもの大きさは如何ばかりかというのが最初の疑問として湧いてくる。その立場を代弁するのが自由至上主義の経済学者である。

    一方の元社会人類学者は、自らが描いていた公共性に基づく社会が具現化しているのを知って何を思うのか。本書が非常に刺激的なのは、経済学者と対立する左派の元社会人類学者が、ある意味で自身の理想に近い社会に対して、手放しで礼讃するのではなく、身長に吟味し課題さえ指摘する点。そして、その解決されていない課題こそ現代人の抱える根本的な問題ではないかと著者は指摘したいのだろう。それは汎世界的な感染症の広がりの中で改めて浮き彫りになった現在進行形の格差や対立の問題とも重なり合い、読者に大きな課題を突き付ける。そして原題にあるDispatch(送り出)されるものとは何か、というのは読んでのお楽しみ。

    もちろん、著者ヤニス・バルファキスが描くのは俯瞰した世界像であって、その中では人間は集団的な傾向に要約された因子として存在するだけ、とも言える。従って、個々人の生活のような小さな(しかし膨大な数の)波動は考慮されていないという意味ではどこまでも単純化された架空の世界であることは否めない。それでもギリシアの経済危機に対処した経験を持つ著者が考察したもう一つの世界の可能性について考えることが、今人類が抱える汎世界的な格差問題に対処する上で必要なことであるようにも思えてならない。

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著者プロフィール

ヤニス・バルファキス(著) 1961年ギリシャ生まれ。経済学者、政治家、現ギリシャ国会議員。英国、オーストラリア、米国などの大学で教鞭をとった後、2015年1月に成立したギリシャ急進左派連合政権(シリザ)のチプラス政権時において財務大臣を務める。その際の国際債権団(トロイカ)との債務減免交渉の過程は、邦訳『黒い匣――密室の権力者たちが狂わせる世界の運命』(明石書店)に詳しい。財務大臣職を辞した後は、2016年から欧州草の根政治運動のDiEM25(Democracy in Europe Movement)のリーダーを務め、2018年には米国上院議員バーニー・サンダースらと共にプログレッシブ・インターナショナル(Progressive International)を立ち上げた。『黒い匣』以外の邦訳書に『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話』(ダイヤモンド社)『わたしたちを救う経済学――破綻したからこそ見える世界の真実』(Pヴァイン)、また、論文に「ヨーロッパを救うひとつのニューディール」(『「反緊縮!」宣言』<亜紀書房>)がある。ウェブサイト:www.yanisvaroufakis.eu/
  

「2021年 『世界牛魔人ーグローバル・ミノタウロス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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