台所のおと 新装版 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 17
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065239575

作品紹介・あらすじ

女はそれぞれ音をもってるけど、いいか、角(かど)だつな。さわやかでおとなしいのが、おまえの音だ。料理人の佐吉は、病床で聞く妻の庖丁の音が微妙に変わったことに気付く……。音に絡み合う、女と男の心の綾を、小気味よく描く表題作。ほかに、「雪もち」「食欲」「祝辞」など、全10編。五感を鋭く研ぎ澄ませた感性が紡ぎ出す、幸田文の世界。

感想・レビュー・書評

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  • 元図書館司書の友人のおすすめ本で、111108さんの1995年版のレビューを見つけて嬉しくなりお取り寄せ。こちらは新装版、カバー装画 山本祐有子『セイヨウニワトコ』
    幸田露伴の次女であった著者、『新装版に寄せて』お孫さんの青木奈緒氏より「書かれた作品の多くにモデルがいた」、解説の平松洋子氏より「人物宛ては父娘のあいだの気に入りの遊び」だったというエピソードから人間観察の鋭さに納得。
    一緒に息遣いがわかるくらいの近さで生活しているかのような人物描写、短編集だが読み終わるとどどっと疲れがくる。それぞれ苦労や生きづらさを抱えている主人公と家族や親戚、同僚、友人などとの情緒的交流が自分ごとのようにリアルで迫ってくる。
    「なによりもいちばん止む心憂さの晴れるのは台所の音をきくことだった」と療養中の夫と介護側の妻の心情が入れ替わり描かれる『台所のおと』
    「日曜は自由気ままに、あさ寝もひる寝も好きにして、身を休める。まずはいい老後といえた。ふしあわせな環境におかれたとき我慢する能力がある」という、下駄にまつわる切ない話『濃紺』
    「季節なんてものは、おみこしのように大騒ぎに担がれてくるものではなく、まあ!というようにもう来ていて、おや?というように行ってしまっている」という季節感の話から始まり、焚火のにおいが待ち遠しいような『草履』
    「手をつないだつもりで待っているひとの五年と、手はいったん放したつもりでいる人との五年の相違」という悲恋を種明かしのように描いた『雪もち』
    「病気という弱さをもって、臥ているほうが、健康という強さをもっている看病人より力があった」「久しぶりに調整された夫婦らしい気もちのゆきかい」に自分をのせる介護の大変さ、治療費集めの徒労がぞくぞくと冷や汗のように感じる『食欲』
    「爪ぎしのささくれみたいに、触れられればびくっとする痛みがある」世間話や、「関連とか、連帯とか」の家族関係の不安不幸が押し寄せてくる『祝辞』
    「よく晴れていてそう寒くはないのに、洗濯ものを竿にかけていれば、指の先のつめたさがこたえる」と語る母さんと術後の父子の関係を描いた『呼ばれる』
    「すでにもう、もし欲しがるものがあれば、なにをたべさせてもいいという、最後の自由がゆるされていた」病人となった恩人へのお見舞いをする行為、ハッスルすることをぴりっと考えなくちゃと思う『おきみやげ』
    「鏡台の上は、片付いたり散らかったりする(そうですよね!)」場所の話とか、植木職の手仕事が小気味よい『ひとり暮らし』
    このごろは事故やらそのほかやら、ふと急な別れがたくさんあるというお葬式の話『あとでの話』

    • 111108さん
      ☆ベルガモット☆さん
      わぁ大分前で個々の内容は忘れ気味だったのですが、ベルガモットさんのレビューで思い出し再読気分になりました。ありがとうご...
      ☆ベルガモット☆さん
      わぁ大分前で個々の内容は忘れ気味だったのですが、ベルガモットさんのレビューで思い出し再読気分になりました。ありがとうございます♪
      「一緒に息遣いがわかるくらいの近さで生活しているかのような人物描写」なるほどです!確かにリアルに迫ってきて苦しい気もしますよね。それを書き切ったかと思うと急にスパッと終わらせる所にも圧倒された覚えがあります。
      2023/06/24
    • ☆ベルガモット☆さん
      111108さん、おはようございます!
      こちらこそお名前載せちゃいましたが、コメントありがとうございます♪
      まさに「家政婦は見た!」状態...
      111108さん、おはようございます!
      こちらこそお名前載せちゃいましたが、コメントありがとうございます♪
      まさに「家政婦は見た!」状態といいますか、その場に一緒にいるような感覚に陥りました。それくらい夢中になっているところに「急にスパッと終わらせる所にも圧倒」されるという111108さんの言う通り、えええ、結末はそんな感じ?!と思うこと多くて、何度か読み返したりしましたよ。
      2023/06/25
  • 幸田文さんの本を読むと、小説家ってすごいんだなと心から思わされる。全話良くて、特に『台所のおと』は自分が間近で夫婦のやり取りを見ているかのようだった。文章としては『食欲』のこの部分が刺さった。

    ネタバレ



    ・光るなんてことは自分一人が光っても、肝腎の自分には明るさを見て楽しむこともできはしない、光は自分から外へ出て行ってるんだもの。みんながいっしょに光ってこそ、こっちから人の明るさを見ることができて楽しいだのに、光るべきはずの一緒にいた人がみんな光らなくされて自分ひとり光らされていれば、光の楽しさはなくて、光らされているだけに身動きもままならないつまらなさ、てれくささ。見当違いに褒められていて沙生はぴかぴかひとりぼっちだった。

  • 関東風言文一致で江戸の息づかいが伝わる。最後の露伴との親子関係のエッセイからの、編者あとがきで文とその娘の関係が再起的に語られる流れが、人生の一回性を象徴していて美しい。個人的には『祝辞』がヒット。

  • 台所から聞こえる音や、暮らしの中の音が、細やかな描写や香りなどで鮮やかに表現されていた。暮らしの中で徐々に耳が開かれていく感じのする物語。

  • 昭和の時代の女性のお話短編集。
    タイトル買いした時には、どんなに美味しそうなお話なのかと思っていたけど、わりかし昭和時代の女性の苦労譚な感じでした。
    今の70〜80代くらいの人なら、懐かしいと思うような、夫婦や男女の関係性。名前とかにも昭和を感じる。
    「おきみやげ」の話はなんとなしにいいお話だなぁと思うし、「祝辞」は今の時代でも参考にして欲しい夫婦仲の話だけど、やっぱり現代物に比べて差別的で、江戸や明治の話よりも遠い昔の話だ、と割り切れない複雑な時代感覚になります。
    お茶を飲みつつ、訥々と読み進めたい小説です。

  • 自分の伴侶が、子供が……いきなり病気になってしまったら……愛や金策、周囲の目、生活に大きな変化が訪れます。
    そんな女性たちのショートストーリーを集めた本。1960年代の文章ですが、最近、改めて文庫化されました。

    ともかく言葉遣いが洗練されていて、すべてを言わずに、暗喩で「読ませる」のがうまいです。こういう文章に定期的に触れられるといいかなと思いました。

    もしわたしが病気になってしまったら…入院して病室に入れられたら、女子としての振る舞いとかは制限されてしまうのか……うちの人はどう思うようになるのか……考えると少し怖くなってしまいますね。これから、若い時分に女性化を進めてきた子達が高齢者施設に入ったり…ということに起因する問題がテレビとかで取り沙汰されるようになるかもしれませんね……

  • 短いストーリーの中に、人生の機微や細やかな感情の動き、五感を研ぎ澄ませなくては味わえないような描写がたっぷりと詰っていて、読み終わるたびに余韻が残ります。しゃきっと背筋がのびるような文体も美しい。20代の頃に読みかけたままおいてあったのですが、40代の半ばになって改めて読むことができてよかったです。たぶん歳を重ねてからのほうが良さがわかります。

    映画「PERFECT DAYS」で主人公が幸田文を読んでなかったら忘れたままになってたかもしれません。良い御縁でした。

  • 【40代の今だからこそ、心に残った本】

    この短編集は聞こえるもの、みえるもの、匂いなど、五感を意識されている物語だと思いました。

    特に表題作の『台所のおと』は、印象的な作品でした。野菜を炒めるジャージャー、鍋を煮込むときのグツグツなどは耳にしていますが、「誰がの台所仕事の音」を意識したことは今までなかったように思います。言われてみれば、この人の包丁使いは音が出る、と思ったことはありますが、そこで終わってました。

    また、家族の病気を多く扱っているこの本を、20代の自分が読んでいたら、あまり響かなかったかもしれません。年を重ねて、家族を持った今だからこそ、心に残る短編集でした。

    といっても、まだ感想を整理できておらず、何回も読み直して味わう本かなと思います。

  • 1960年代に発表された10作品を収録した短編集。
    「台所のおと」「濃紺」「祝辞」「おきみやげ」という4作品が、特に良かった。
    「草履」は、幸田文の作品には珍しく、ですます調で語られる一人称小説。物語の展開も探偵小説っぽく感じた。
    〈食べ物〉と〈病〉に関する物語が多かった。


    幸田文の短編を読むと、村上春樹の「牡蠣フライ理論」のことを思い出す。

    「あなたが牡蠣フライについて書くことで、そこにはあなたと牡蠣フライとのあいだの相関関係や距離感が、自動的に表現されることになります。それは
    すなわち、突き詰めていけば、あなた自身について書くことでもあります。」(『村上春樹 雑文集』)

    幸田文の書く短編はかなり短いものが多いのに、読んだあとには登場人物たちの姿がよく見知った人のように浮かんでくる。
    それは、主にタイトルによって予め提示されている事物と登場人物との相関関係や距離感が、要を得て表現されているからだと思う。


    本文引用
    p12
    目に見ずとも音をきいているだけで、何がどう料られていくか、手に取るようにわかるし、わかるということはつまり、自分が本当に庖丁をとり、さい箸を持って働いているに等しいのだった。週刊誌もくたびれるし、ラジオも自分の好みのものをいつも必ず放送しているわけではないし、なによりもいちばん病む心憂さの晴れるのは、台所の音をきくことだった。(「台所のおと」)

    p67
    いずれにせよ、一番心にかかったのは、くせのある木のいとしさ、くせのある材に多分並ならぬ手間をかけたであろうその人の哀しさ、そしてまたくせを送られた自分は、いったいどういう巡りあわせか、ということ。それは考えてわかることではなく、ただ、三者ともに通じるのは、ふしあわせな環境におかれたとき我慢する能力がある、という点だった。(「濃紺」)

    p238
    克江さんの記念よ。いつまでも忘れずにいるわ。あたしはハッスルしたがる性質で、ハッスルするのが好きらしいんだけど、気をつけるわ。いつ、どこで、なにを、どのようにハッスルするか、ぴりっと考えて上手にやるわ。きっとあたし、一生ハッスルしていくと思うんですもの。(「おきみやげ」)

  • 病床から台所に耳を澄ますうち、佐吉は妻の音の変化に気づく。表題作含む10編を収録。新装版によせて青木奈緒によるエッセイも収録。

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著者プロフィール

1904年東京向島生まれ。文豪幸田露伴の次女。女子学院卒。’28年結婚。10年間の結婚生活の後、娘玉を連れて離婚、幸田家に戻る。’47年父との思い出の記「雑記」「終焉」「葬送の記」を執筆。’56年『黒い裾』で読売文学賞、’57年『流れる』で日本藝術院賞、新潮社文学賞を受賞。他の作品に『おとうと』『闘』(女流文学賞)、没後刊行された『崩れ』『木』『台所のおと』(本書)『きもの』『季節のかたみ』等多数。1990年、86歳で逝去。


「2021年 『台所のおと 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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