盟約の少女騎士 (星海社FICTIONS)

  • 星海社
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本棚登録 : 89
感想 : 3
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065261538

作品紹介・あらすじ

華文本格推理の俊英・陸秋槎が、中世ファンタジー×ミステリーの新境地に挑む!
日本で初となる単著書き下ろし作品!

ゼーラント王国のアーシュラ王女が設立した騎士団には、少女ばかりの騎士たちが集っていた。
騎士の一人であるサラは、任務で不審な連続自死事件に遭遇する。
強盗殺人に手を染め、捕らえられかけると呆気なく死を選ぶ異教徒たち……。
彼らが信仰する“七短剣の聖女”の正体に迫るなか、サラはこの世界の秘密にも接近していたーー。

感想・レビュー・書評

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  •  陸秋槎は、信頼できるミステリと百合の書き手だと思っていて、そういう先入観で読み始めた。ただ、確かに謎解きはあるし、百合的要素はそこかしこに散りばめられているものの、あまりそのモチベーションで読み進めない方が良かったかなと思った。以下、感想をざっくりと述べた後に、コメントにて、色々と考えたことについても記したいと思う。

     本作で特に面白かったのは、百合やミステリよりもむしろ、世界設定の方で、メインとなる事件もそれに絡んでいるのみならず、面白い問題が沢山定期されていたように思う。逆に言えば、魅力的な素材の多くは仄めかされるに留まることも多く、それがもどかしく感じることもあった。
     広げた風呂敷や面白そうなトピックを回収し切らないというのは、物語についても言えることで、大きな事件を解決こそするものの、キャラクターの関係性の行き先という点では全く決着を迎えていない。主人公サラの結んだ関係は中々思う方向に進まず、いずれも未消化のまま幕引きを迎えたように思う。続編の構想があるなら是非読みたいし、これで完結であれば、少し腑に落ちない感じがする。ただ、『文学少女対数学少女』『元年春之祭』などの過去作も、決して関係が上手く結実する小説とは言えず、こういう結末を好む作家なのかも知れない。
     恋愛的に結ばれることだけが百合であるというスタンスを僕は取らないけど、どういう関係を描くにしろ、もう少し帰結を見たかったというのが正直な感想だ。また、ミステリ的な読み方をするならば、ハウダニットをひもとくようなシチュエーションはないものの、一応ワイダニットとフーダニットは明かされる形になるだろう。

     設定が緻密であるだけに、本作の固有名詞は非常に多い。ただし、目を皿のようにして読んだ訳ではないにしても、読み進めていくうちに段々と勢力図が頭に入っていくので、(完全に把握しきれたかはともかく)意外と苦にならない。序盤で一度、(上手いやり方かは賛否あるだろうが)勉強会のような形で、歴史とそれを踏まえた現状、(個人的に疑問だった)騎士団の存在意義について、ざっくりと触れていくのも、理解の助けになった。私的には、そうやって世界のあり方が明かされ始めた辺りから、ぐっと惹き込まれたように思う。
     武器にバリエーションがあったりと、ともすればライトノベルっぽくなりそうな設定も有しながら、文体か緻密さゆえか、絶妙なバランスで重厚感を醸し出している点もポイント。ラノベが悪いというのではなく、全然好きだけれど。ただ、情景描写や戦闘描写については、素材や建築様式について微細に記したり、淡々と動きが描写されたりと、個人的には却って場面が浮かびにくいと感じたところもあった(自分に向けたメモとしては、抽象的な言葉で読者に想像を委ねたり、心象を綴る方が好みなのかも、とも思う)。

     感想を綴っているうちに、物語それ自体よりも、設定や示唆していた内容、そこから考えられることに関して、僕は本作を非常に評価していることに気がついた。ネタバレを多分に含むけれど、コメントにて詳細に記そうと思う。

    • ヤヌスさん
      ネタバレします!





       世界設定に関して言えば、方位をはじめ、多くの単語がノルド語(というか北欧神話)に由来している点は、個人的には好...
      ネタバレします!





       世界設定に関して言えば、方位をはじめ、多くの単語がノルド語(というか北欧神話)に由来している点は、個人的には好みだった。箕箒人(フィルギャ)の響きから「あれ」と思って、ヴォルヴァなどから、多くの語彙を北欧神話から借用していることに気づいた。
       当初はエッセンス程度に考えていたものの、世界の成り立ちが明かされるにつれて、架空の世界に現実の単語を持ち込んでいるというより、現実の世界の延長線上に構築されたために、こういう単語が流入しているのだということが分かる。建国戦争辺りを十全に理解しているとは思わないけれど、ノルン諸島からやってきたセラたちゼーラントの祖先である「海の民」は、ドイツ風の名前が多い一方で、エルドゥリア王国に連なる人名や地名は北欧由来(ゼーラントもかつてはエルドゥリアが支配していた地域であると考えると、地名がエルドゥリアっぽいのも納得できる)であるところから見るに、かつての出自は忘れていても、ドイツ系やアイスランド系の人々が争った末に築かれた舞台なのではないか――と、当初は思っていた。
       しかし改めて考えると、少なくとも彼らの宗教が北欧神話的な世界観に彩られているのは、過去の人類が残した創作物を経典にしているためであるようだし、人名や地名についても同様に、現実世界のナショナリティや文化を基盤にしているというよりは、それもまた創作物に由来するか、そうしてできた宗教に基づく違いであるような気もする。ただ、一番大事な神は違えど、どちらも北欧神話(を下敷きにした創作物)を崇めていたように思うので、読み方の違いをそこに求めるのは無理がある気もする。

       本作の設定は緻密であるだけではなく、歴史や宗教の虚構性、物語へのある種の批判みたいな、ややメタ的な視点を導入している点もユニークだ。あまり前面化させることなく、ポストアポカリプスのその後の世界を描いてはいるものの、その中で、自らの神話が虚構であることの可能性、その仮定が政治に与える影響、根拠とされた史料の旧世界での立ち位置や、どのように作成されたかについての考察など、キャラクター自らの有する世界観を揺るがしかねない問題についても、触れていく。
       本作で事件の中心になった思想については、そのような視点から、何がその源流となったのか、ということに関して考察が行われるので、非常に満足がいった。物語が良くも悪くも人の世界観を作る、ある種の暴力性みたいな話は、とても面白かった。惜しむらくは、より興味を抱いた他の問題が、触れられるのみで終わってしまう点だ。魅力的であるだけに、お預けを食らった気がする。
       また、二度ほどしか登場しなかったように思うが、ムスペルによって終結し、それによってヴィグリド大陸が統一されたとされる、魔法戦争も気になる。魔法には「サイエンス」とルビが振られていて、恐らくは中世ヨーロッパ的な世界に逆戻りした理由もそこにあると思われる。ムスペルが科学を破棄したのはなぜか、ただ一人が棄却しただけで忘れられるのか、なぜ現在に至るまで技術が進歩しないのか、ということを考えると、誰かが意図的に科学の発展を阻害しているようにも思われる。その一端は、現行の秩序を乱さないために禁忌とする、ということで説明できるだろうけど、ひょっとすると、もっと大きな謎が隠れているのでないか、という気がしてならない。
       それに関連して、女騎士の虚構性、みたいなトピックも面白かった。フィクションだとポピュラーな存在である戦う女性が、本作では少女騎士の根拠となっているとか、その実在性は既に疑われているとか。ただ、女性に多くの権利を与えない価値観を否定するのなら、政治的道具としての女性の在り方を是とするのには少し違和感を感じるというか。より詳しく言うのなら、登場人物の価値観はそれで構わない(我々と全く異なる世界で醸造された価値観が現実と同じ変遷を遂げる訳がない)けれど、そういう問題を提示するのであれば、せめて物語としては、それを否定する構造になっていても良かったのかな、という気もする。好みの問題でもあるだろうけれど。

       スーを相棒として特に焦点を当てる必要はあったのか、口絵で取り上げたせいで重要人物に見えるのではないか、と思う瞬間もあったけれど、あとがき的には、彼女らの関係は先行作品のオマージュであるように思われるし、ある種の女性探偵ものというコンセプト的にも重要な役どころだったようだ。
       読解力が欠如している可能性は否めないが、結局僕には、なぜ彼女が裏切ったかが良く分からなかった。ヒントはきっとあるだろう(でなければフェアではない)し、また考えてみるつもりではあるけれど、もう少し明示してもらえるとありがたかった。
       現世の地位財産を持ちこせるという理由(やや薄く感じた)だけで暴動を起こしたカルトについて、最後にもう一段階掘り下げることで、一気に面白さを加速させたのは凄くよかったけれど、スーを相棒という存在に据えるなら、逃げて追いかけた末にどうなったのか、隠している本心があるならそれを悟ってどうするのか、そういったところも結末に含めて欲しかった。

       また、(特に女探偵ものとしての)物語の体裁的には、上述の点に決着を用意することが一番大事だと思うけれど、個人的な関心に照らして言えば、折角サラに特別な思いを寄せる相手も、サラが特別な思いを寄せる相手もいるのだから、その関係のどれかには変化を与えて欲しかった。
       無論、結婚をしたとしてもずっと一番大事な友人だ、という感情だって、百合になるだろう。陸秋槎は〈古典部〉シリーズの摩耶花と河内先輩に百合を見出していたし、僕だってそうだ。だから、異性の恋人の有無は、百合を考える上で(大きな)障害にはならないかも知れない。
       ただ、お互いに特別な感情を抱きながら、それは女性だけの箱庭という限られた期間・空間でのみ成立しうる一過性のもので、時期が来れば社会に倣い、決められた(異性の)相手と結ばれなければならない、というような、百合ジャンルが恐らくは随分前に通過しただろう百合観を、本当に陸秋槎が提示してくるのか、という疑いがどうしてもある。期待と言い換えても良い。現状僕にはそう読めたから、どうか、僕の浅はかな読みをひっくり返すような結末をいつか見せて欲しいと願わずにはいられない。
      2022/09/14
  •  陸秋槎の他作品と違い、ファンタジーの要素が濃く驚かされました。
     また、異教徒の信仰に関わる謎に迫るといった内容も前作や前々作との違いを感じました。

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著者プロフィール

小説家。1988年北京生まれ。2014年に短編「前奏曲」が第2回華文推理大奨賽最優秀新人賞を受賞。2016年に『元年春之祭』(新星出版社)でデビューする。同作は2018年にハヤカワ・ミステリから邦訳刊行され、日本の新本格に影響された華文ミステリ作家として脚光を浴びる。邦訳書に『雪が白いとき、かつそのときに限り』(ハヤカワ・ミステリ)、『文学少女対数学少女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)があるほか、日本刊行の小説アンソロジー『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(編=SFマガジン編集部/ハヤカワ文庫JA)、『異常論文』(編=樋口恭介/ハヤカワ文庫JA)などにも参加している。本作『盟約の少女騎士(スキャルドメール)』が、日本では初の単著書き下ろし作品となる。

「2021年 『盟約の少女騎士』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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