漆花ひとつ

著者 :
  • 講談社
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感想 : 20
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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784065266618

作品紹介・あらすじ

時は平安末期ーー。宮廷を覆う不穏な影。猛き者たちの世へ時代が移ろう中で、滅びゆくものと、生き続けるもの。直木賞受賞作家がつむぐ珠玉の短編集。

感想・レビュー・書評

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  • 鎌倉殿の前日譚といった位置付けの、保元の乱前後の京を舞台にした様々な視点のドラマ。

    討ち取られたはずの「鬼対馬」こと源義親を名乗る者が二人も現れた事件
    鳥羽天皇に寵愛された美福門院得子を呪詛したとして待賢門院璋子が失脚した事件
    後に文覚と名乗る武士・遠藤盛遠が人妻に懸想しその夫を殺害しようとして誤って妻女を殺した事件
    平治の乱で自害した信西上人の息子・澄賢が、二条天皇の后で後白河院の異母妹・高松院姝子と密通した事件

    勉強不足で知らなかったが、こうした様々なスキャンダルや事件が実際にあったらしい。それらを澤田さん流に解釈してあるのが面白かった。
    ここに挙げていない、最後の琵琶の流派同士の争いの話は調べたが実際に起きたことなのかどうかは分からなかった。

    この作品で描かれる平清盛が新鮮だった。武士よりは貴族になりたい人なのかと思っていたが、彼自身はあくまでも武士という立ち位置から揺るがない人だった。
    一方の源義朝(頼朝の父)は二条帝と後白河上皇の争いに巻き込まれた形で敗北していた。平清盛と対立する気などなく、彼はただ武士として帝や上皇のために働いただけで可哀想な印象だった。
    大河ドラマではただただ胡散臭い坊主だった文覚もこの作品では妙に格好いい。

    一番印象に残った話は表題作ではなく「白夢」。
    鳥羽上皇の寵愛を求める三人の女の三様の生き方が描かれている。
    後白河という後ろ盾を失い、鳥羽上皇に疎まれる待賢門院。後ろ盾はないが鳥羽上皇に寵愛され次々と子を産む美福門院。待賢門院の勢力を削ぐためだけに皇后位を与えられたものの鳥羽上皇が通ってくることはない高陽院。
    高陽院の主治医として派遣される女医・阿夜もまた子供が産めない。39歳になって輿入れした高陽院もまた鳥羽上皇の子を産むことはない。そもそも鳥羽上皇の心は美福門院にしか向いていない。
    三者三様の人生を見て、阿夜は子供が産めなくても果たせる務めがある、年を経ても奪われぬ知識があると前を向く。

    武士、僧、女、楽人(楽師)…それぞれから見える権力争いの醜さと残酷さ。簡単に摘み取られる命と明日はどの立ち位置になっているか分からない危うさ。一方で揺らぐことのないものもある。
    『上つ者』たちに良いように利用され簡単に切り捨てられる存在であっても心があり矜持もある。
    こんなことばかり繰り返しているから、後にひっくり返されるのも当然だと改めて思った作品だった。

    とにかく人間関係が複雑なので、冒頭の人物関係図だけでは足りない。自分なりにノートに書きながら読み進めた。これから読まれる方もそうされることをお勧めします。

  • netgalleyにて読了。

    舞台は平安末期、平氏と源氏による武士の台頭が顕著になる時代、丁度今の大河ドラマの世界に繋がる時代といったところ。

    不安定な世情を生きる、中流階級以下の男女を描く。
    5つの物語は、それぞれ時を同じくして少しずつ違う場所、違う立場の者たちの心情が見事に描かれている。
    どれももう少し先を知りたい、と思うところで終わっており、最終章でまとまるのかと思ったが、そうではなかった。
    どの章でも、現代にも通じる女性たちの生き辛さのようなものが根底に流れている。

    平安時代頃からの日本史は、名前が覚えられず苦手なため、人物相関図があればより一層物語が楽しめたかな、と思う。
    2022.4.10

  • <傑>
    この本を読む前に確か著者 澤田瞳子の本を何か一冊読んだ筈である。でもそれがどの本だったかは全く覚えていない。そしてそれを探ってみる気も無い。なぜかって,本書を読んだ事によって どうやらこの先 澤田瞳子の本を読み漁って行く事になりそうなのでその途中でまあ気づくだろう,という想いだと思う。そう,想いだと思うのだ。
    僕は本来この種の作品はあまり好まぬ筈であった。全く苦手とする純文学ではないにせよ,凄く面白いエンタメ小説か?と問われるとそうでは無いのだから。では一体なにがどこが面白いんだろう。

    澤田瞳子は京都生まれで京都育ちの生粋の京都人のご様子。とどめは同志社大学の日本文学の博士課程の前期まで務めた筋金入りの文学史女子という事か。それゆえか非常に情景の深い京都に関する記述が多い。文体にもまことに格式やら品があって素晴らしい。僕の様ながさつでふざけた文体しか書けぬ輩にとっては雲上人なのだ。

    本書には「中将」という女性が登場する。この本の前に僕が読んでいた本『スピノザの診察室』にも中将という名の女性医師が登場した。かなり珍しい名前なので憶えていたのだが,次に読んだこの本でまたもや同じ名前の女性が登場するとは。いやはや僕の読書にはこう言うすこし不思議な事がまあ時々ある。

    初めてみる分からない言葉。それは「募靄」。これはなんとも手ごわい。幸いフリガナがあった。ぼあい である。早速ググった。夕暮れ時の靄(もや)であるらしい。どうして作者はこういう難解な表現を多用するのであろうか。こいう難しい言葉を使うとやはり格式が上がるのであろうか。(他に上げる方法は無いんものか)まあ上がってはいるし僕の様なお調子者はまんまとそこに引っ掛かってこうやって懸命になにやら書く羽目になっているんだからまあ奈尚更作者の狙い通りなのかも知れないなぁ。ああ,僕も学が欲しい。

    少し気になる と云うか, え,本当か!?と思われる内容もあった。本文Page224に「・・冬が深まり,雪を孕んだ雲が大原の方向から洛中へ流れて来るのを見るに・・」と書かれている。風情があって良い文章だとは思うけど,気象と云うのは普通西から変わってくるもので,雪雲も西からやってくるだろう。洛中から大原の方向は北東の方向で,普通はそちら側から気象が変わったり 雪雲がやって来たりはしないと僕は思う。それとも京都ではそういう事が茶飯なのであろうか。賢明なる読者兄姉のみなさま 教えてください。

    「治部卿」という名前もしくは役職がこの本では頻繁に語られる。この じぶきょう というのは,づっと後の関ヶ原の合戦で実質的に西軍を率いた石田三成の役職目ではないのか。 あ,あれは「治部将」だったか。ええい面倒だググらずにそのままここに書き置く。

    最後の章の題目「鴻雁北:こうがんかえる」の意味がこれまたサッパリ分からない。まあググると分ってしまうのだろうが,それも味気ないので少し自分で物語の中身を塾吟味しながら考えてみる。するとどうやら最後の一行にそれらしき顔貌があるのかな,という事に気づいた。そこを写す。「篝火が小さく爆ぜ,煙がまるで帰雁の列の如く,暗い夜空へと立ち上がった。」外れずとも近からず?というところか。

    それにしても「北」と書いてそれを「かえる」と読ませるなどとは日本語の漢字への自由さとええかげんさと限りなき冒涜と憧れ? が目いっぱい表れ溢れているな。もうなんでもありだわ。この漢字の扱いの件だけは中華国に対して申し訳ないと僕は思う。 あ,素人素考にて 誠に あいすまぬ。

  • 白河の命で平正盛が討った筈の源義親が、鳥羽院政期の都に出現。それも二人…平忠盛の忠誠心がタヌキな鳥羽に試される表題作。死にそうな母の為に奉公中の姉の似顔絵をとの童の願いを叶えようとする僧絵師が、女傀儡に踊らされるのと絡む、プチ謎解きになっている。

    藤原泰子の執念深い復讐がうすら寒い「白夢」。でも10代って、7歳年下に恋心を抱けるもんか??美福門院との新婚生活に邪魔な第一子を押し付けられても、刷り込まれた恋心が忘れられないもんかねえ…。使用人の動きや手紙や伝聞でしか登場しない待賢門院の人物造形が、むしろ効果的。

    「影法師」は飛んで後白河院期。《平治の乱》秘話…でもないが、大河ドラマで猿之助演じるアルカイックな文覚の、若かりし時代のエピソード。映画《地獄門》とはちょっと設定が違う。個人的には袈裟御前と言うと、芳年《皇国二十四功》の一枚が思い浮かぶ。

    次が三条院炎上の後日譚。後白河と二条父子の歪み合いに巻き込まれた父・信西の死の謎を探る澄憲と、夫・二条にトコトン愛想を尽かす中宮・高松院姝子が対照的な「滲む月」。

    そして最後が、乱世に台頭しながら自分の立ち位置を見失わない清盛が眩しい「鴻雁北」。垣間見える、琵琶に傾倒して意外に強気な二条が印象的。

  • ちょうどアニメ「平家物語」や大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と時代的にもかぶるところがあるので、
    この時代の人々の暮らしを多角的に眺めることができて楽しかったです。
    歴史に名が残る人々の周囲で、翻弄され、賢明に生きた人たちの物語。

  • 短編集5編
    白河、鳥羽、後白河上皇へと移り武士が台頭してくる時代、権力争いの陰で翻弄される下々の者たちを描いている。
    公家たちの生き様の見苦しさと武士たちの潔さが対比されて、清盛もこの頃までは清々しい。つまりは権力が全てを堕落させるのかもしれないと思った。

  • 保元、平治の乱前後の世の話。5作の短編は主人公、背景違えど時系列順ではある。私には難解なお話が多かった。どれも終わり方が単純ではなく、スッキリとしない。でもそれが現実的でもあり余韻が残りました。漆花ひとつに出てくる覚猷は鳥獣戯画の作者の説ある人ですね。その弟子である主人公に繋がるのかと妙に納得しました。どのお話も中級から下級と言われている人々を題材にした所が新鮮でした。

  • 武士の台頭が始まる頃の平安末期の物語。こんなムダな権力争いばっかりしてたら、そりゃ武士も台頭するわ!と思いました。平清盛がなんだか素敵で珍しい。短編なので読みやすいです。

  • 平安時代末期の京を描く歴史小説短編集。

    「漆花ひとつ」
    「白夢」
    「影法師」
    「滲む月」
    「鴻雁北」
    の5編収録。
    主人公は架空人物が多いのですが、ほとんど無名な実在の人物が絡むことで当時をリアル体験しているような気がしました。
    ただ、言葉がべらんめえ調だったりして、公卿も京ことばを使わず標準語だったりするのでちょっと違和感ありです。
    とはいえ、永井路子さん亡きあと古代・中世の時代を描ける作家がいないので、永井さんの骨太な歴史小説ではないにしても、大変うれしい著者です。

  • 平安中期から末期はあまり詳しくないのですが面白かったです。

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著者プロフィール

1977年京都府生まれ。2011年デビュー作『孤鷹の天』で中山義秀文学賞、’13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞、’16年『若冲』で親鸞賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、’20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、’21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞。近著に『漆花ひとつ』『恋ふらむ鳥は』『吼えろ道真 大宰府の詩』がある。

澤田瞳子の作品

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