素晴らしいアメリカ野球 (集英社文庫 2-D)

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  • Amazon.co.jp ・本 (509ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087600278

感想・レビュー・書評

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  • 誰から何と言われようと、やっぱりこの“THE GREAT AMERICAN NOVEL”を「素晴らしいアメリカ野球」と訳したのは、誤訳(あるいは行き過ぎた意訳)と言うべきではないだろうか。
    なぜなら、この小説の主題は野球にあるのではなく、アメリカの(そして人間の)歴史、文化、そして運命を、野球を借りて表現しようとしたものだからだ。
    つまり、野球人としての生き方や喜びや悲しみなどの野球を軸にした人生に焦点を合わせた水島新司先生の名作「野球狂の詩」と比べ、P.ロスの意図は人間の営為そのものの文学による表現化にあり、アメリカ文学の先達に追いつき追い越すかのように大胆かつ果敢に挑戦した作品と考える。

    この着想は、プロローグで素晴らしいアメリカ小説として「ハックルベリ・フィンの冒険」が持ち出されている記述で得られた。
    ハックの冒険物語も、表層では川下りでのハックと黒人ジムが遭遇する想像を超えた体験が物語の軸になっていて、多くの読者は先の見えないスリルやその克服までの経過に読書のカタルシスを得ているのだろうけど、実はM.トウェインは、ハックの様々な事件や人との出会いを描写することで、冒険の枠を超えた人生自体の複雑かつ多彩な事象を文学作品として結晶化に挑戦しようとしたのでは、と私は考えているからだ。
    つまり「ハックルベリ・フィンの冒険」の主題は、冒険ではなく人生そのものにある。
    あるいはE.ヘミングウェーの小説の主題は、釣りや狩猟ではなく人生そのものにある。
    同様に、この小説の主題はアメリカ野球にあるのではなく、多くの“THE GREAT AMERICAN NOVEL”で描かれてきた人生そのものにある。

    その視点で読み進めると、ルパート・マンディーズ球団に片足の捕手や50歳を過ぎた三塁手や片腕の外野手や小人と言われる先天性の障がいを持つ者がメジャーリーガーとして登場するのもまったく不思議ではなくなる。なぜなら我々が生きる世界においては、そのような彼らも我々同様に日常のものとして存在し人生を過ごしているからだ。
    そして雑然混沌とした人生そのものを正確にトレースしようとすれば、このような一見猥雑な文体になるということか?だから私はロスのこの文体に、悪ふざけではなく逆に誠実さを感じた。
    さらに、アメリカンリーグ、ナショナルリーグと並んで第3のリーグとして存在していたパトリオット(愛国)リーグが一発の銃弾によってその歴史を終えることになるという展開は、実在の歴史に対する認識の確度の高さと、それを描写しようとする作家としての誠実さ、そして創造性の広大さにおいて脱帽というほかはない。

    私としては、何と言うか、もうそのような発想ができる作家というだけで、歴史、文化、そして人生というものに対する真摯な姿勢という点で尊敬に値するし、翻って日本を見まわすと、それに肩を並べられる作家を探してみると、大江健三郎?安部公房?三島由紀夫?
    したがって、この本の邦題だけ見て「野球にあまり興味ないし…」と考えて読むのを避けていた方で、先にあげた作家の作品が好きな方は、ぜひ手に取ってみてほしい。

    (最後に、表紙についてひとこと。集英社文庫版は、ラッキーストライクのパッケージにマンディーズ球団のユニフォームを着た白髪交じりの盛りを過ぎた感じの野球選手が、斜めにこちらを見ながらベロを出してるイラストが描かれていてすごくかっこいい(ナカムラテルオさんの仕事による)のに、新潮文庫版の村上柴田翻訳堂の方はイメージ写真を並べましたみたいなものではるかに見劣りし、そちらは手に取る気が起きなかった…)

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著者プロフィール

フィリップ・ロス(Philip Roth)
1933年3月19日、米国ニュージャージー州ニューアーク市に誕生。1959年、短編5作と中編1作を収めた “Goodbye, Columbus”で全米図書賞を受賞。1969年、4作目の小説 “Portnoy’s Complaint”(『ポートノイの不満』)を発表すると、批評的にも商業的にも成功を収める。著書は全31点。ピューリッツァー賞、マン・ブッカー国際賞などを受賞。全米批評家協会賞と全米図書賞は2度ずつ獲得している。2012年に執筆活動を引退し、2018年5月22日に85歳で死去。
注:本書では中編小説“Goodbye, Columbus”のみの日本語訳を収録

「2021年 『グッバイ、コロンバス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

フィリップ・ロスの作品

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