- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087711714
作品紹介・あらすじ
直木賞受賞第一作!
すれ違う大人の恋愛を繊細に描く、全六篇の作品集。
「あなたは知らない」……私を「きちんと」愛してくれる婚約者が帰ってくる前に、浅野さんと無理やり身体を離して自宅までタクシーでとばす夜明け。ただひたすらに「この人」が欲しいなんて、これまでの人生で経験したことがない。
「俺だけが知らない」……月に一、二回会う関係の瞳さんは、家に男の人がいる。絶対に俺を傷つけない、優しく笑うだけの彼女を前にすると、女の人はどれくらい浮気相手に優しいものなのか、思考がとまる。
同じ部屋で同じ時を過ごしていながら、絶望的なまでに違う二人の心をそれぞれの視点から描いた1対の作品。他の収録作品に「足跡」「蛇猫奇譚」「氷の夜に」「あなたの愛人の名前は」など。
【著者略歴】
島本理生(しまもと・りお)
1983年生まれ。2001年「シルエット」で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞。2003年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞を受賞。2015年『Red』で第21回島清恋愛文学賞を受賞。2018年『ファーストラヴ』で第159回直木三十五賞受賞。『ナラタージュ』『アンダスタンド・メイビー』『よだかの片想い』『イノセント』『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』など著書多数。
感想・レビュー・書評
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『旦那さん以外に抱かれたいと思ったことはないの?』という問いに『ない』と答える『私』。それに対して『私が知ってる人妻は、皆、反対のことを言うよ』という友人の言葉に動揺する『私』。
『夫とは同じ団地のおとなり同士だった』という『私』。三歳年上のそんなお隣のお兄さんと結婚した『私』。『素敵なお兄さんは、いつしか打ち解けた恋人になり、結婚して三年経った今はむしろ気の合う親友のようだった』と感じる『私』。夫との会話を楽しみ、夫との食事を楽しみ、そして夫との人生を楽しむ。そんなごく普通の幸せな生活にそっと忍び寄る影がある。幸せな生活だからこそふいに忍び寄る影がある。
『幸せなはずの女性の心中に潜むモヤモヤしたものを描き出せたら、と考えました』と語る島本さん。この作品はそんな島本さんが『この世の多くの女性がどうして分かっていて深いところに落ちていってしまう』のか、そんな落ちていく女性たちの心の内をリアルに描き出した短編集です。
6つの短編からなるこの作品ですが、3編目から6編目は明確に、そしてよく読むと1編目も実は繋がっているという変則的な連作短編集となっています。そもそも書名が「あなたの愛人の名は」というところからして、不穏な空気が流れるこの作品。”愛人”、”浮気”、”不倫”、そんな不道徳な世界なんて!という感情が強いとこの作品を読むこと自体ただの苦痛かもしれません。もちろん私もそんな不道徳な世界を肯定などしませんが、そういう世界に今この瞬間にも身を置いている人がたくさんいるという現実があり、そして、その世界に身を置くことによって、何らかの心の不安定さを持ち堪えている人がいるのも現実なのだと思います。冷静に考えれば満たされているはずの日常、でもそれを満たされていないと思う感情、そんな感情がふらふらと行き着く先に、そんな足りないと感じる思いの行き着く先がある。この作品では、そんな思いを抱く男と女の感情の微妙な揺れ、心の機微に触れるような繊細な感情が島本さんの絶妙な表現をもって描かれていきます。
前述したように6つのうち5編は連作短編である一方で、唐突に置かれるのが2編目の〈蛇猫奇譚〉という短編です。他から全く独立したこの作品はその不思議なタイトルからしてさらに異端の光を放ちます。『ハルちゃんと暮らすようになったのは、三年前からだ』という主人公。『ボクはまだこの世に生を受けて百日目くらいだった。寒さと空腹で、公園の花壇で行き倒れかけていたら、仕事帰りのハルちゃんに見つかった』と読者の頭の中に浮かぶ主人公は何者?というクエスチョン。『オレンジと黒の毛が交じってチーターっぽいという理由で、チータと名付けられた』という第一人称の主人公は猫だった!という衝撃のオチが読者を襲います。そんな主人公は『結婚してからも、ハルちゃんはボクを一番に可愛がってくれる』という幸せな日々。そして『お昼すぎにハルちゃんと旦那さんは帰ってきた』というある日、『チータ。今年の夏にはうちに赤ちゃんが来るぞ』という旦那さんの言葉に『ボクはびっくりして、ひっくり返りそうになった』というチータ。そして、ハルちゃんのお腹はどんどん大きくなり、そして出産。そんな日々の中で『ハルちゃんはどんどんボクに冷たくなっていった』という一人と一匹の間の感情に変化が生まれていきます。そして…、というこの短編。猫視点というのは、例えば有川浩さんの「旅猫レポート」など他にもたくさんあると思いますが、島本さんがこのような作品を書くんだという意外感がまずは先行します。しかも他の作品は連作短編であり、その中にどうしてこのような猫視点という奇抜な作品がポンと置かれているのかという強烈な異物感が襲います。しかし、この作品の出来の良さもあって何か魅かれるものを感じるのがこの作品です。他の”愛人”、”浮気”、”不倫”というドロドロした物語の中にポツンと存在する、それらとは無縁の物語という異物感が逆に、この作品を愛すべきものとして感じさせるのかもしれません。そして、そんな異端な作品がこの短編集の中で浮くことがないのは『二つ同時には愛せないの』というハルちゃんの叫びに見られるこの短編集のテーマに通ずる感情が共通だからなのだとも思いました。
そして、登場人物が繋がる他の5つの連作短編ですが、特に結びつきが強いのは〈あなたは知らない〉と〈俺だけが知らない〉という二編です。まるで劇の中の対のセリフを思わせるようなタイトルがその結びつきを暗に物語ります。そしてそれぞれの短編での視点は、瞳、そして愛人の浅野へと順に切り替わります。そんな視点の切り替えによって同じ場面におけるそれぞれの感じ方の差異をはっきり見ることができます。
『どうして浅野さんにだけ私が私でなくなってしまうのか、自分でも説明がつかなかった』という瞳。幸せな結婚への道が見えているのに『初めて彼に出会った晩から、私は私じゃなくなった』と浅野のことで気持ちがいっぱいになります。対して『瞳さんとは、恋でもなければ愛でもない。それは自覚があって、そういうものを自分が求めていないことだけはなんとなく分かる』という浅野。『彼氏との付き合いが長すぎて半分くらいは惰性になってる状態なのかもしれない』、『だから、優しさがあっても使いどころがない分をこっちに回してもらっているのかも』となんとも冷静に考え『相手の男から大事なものを借りている気分になった』という二人の決定的な心の内の差異が見えてきます。そしてそんな関係が展開していく後半、そして、その余韻として一種のスピンオフ的に存在する後半の二編の短編を読むと自分を認めて欲しい、愛して欲しいという誰にでもある感情が、人それぞれの形で発露する、普通の人間の心の弱さのようなものを感じることができました。
ごく普通の幸せな生活の中にふと訪れる『なにも知らないからこそ、覗いてみたくなったのかもしれない』という感情。それは『私の知らない私を』というちょっとした冒険心がきっかけとなって始まるものなのかもしれません。しかし、その冒険の意味を知った時、その冒険は代償を唐突に求めてくる危険なものでもあります。『6編とも、あまり大きな声で言えないような恋愛や、人には明かせない秘密がテーマになっています』と語る島本さん。そんな島本さんが絶妙な繋がりで描く連作短編は、人の心の機微を感じる、そしてしっとりとした余韻の残る、そんな作品でした。 -
6編の恋愛短編集。
こりゃ読ませた。大人の心の内、機微をよく描いたな。満たされない心とか。許せないとかわからないと思う人もいるかもしれないけれど、物語に共感する人もいるだろうし(いないかもしれない)、物語だったとしても実際でもそういう人はいるであろう、そういう人の心の内、それがうまく描けていたと思う。瞳さんが出てくるものは連作。物語は立体的になって面白く読めました。短編集なのでどうかと思ったけれど、読んでよかったです。 -
島本理生さんの新刊。
やっと図書館の順番がきました。
『足跡』
すごく久しぶりに読んだ恋愛小説がいきなりこれで、なんだかSFを読んでいるかのような妙な気持ちになってしまいました。
『蛇猫奇譚』
ハルちゃんのことが大好きな、猫のチータが語り役のお話し。
『あなたは知らない』
は女性の側から、
『俺だけが知らない』
は男性の側からかかれた連作です。
男性と女性の気持ちの重さがこれほどまでに違うのは恋愛小説としては、みごとだと思いますが、現実だったらかなり怖いと思いました。でも、こういう話、現実にもなんかありそうな気がします。
『氷の夜に』
このお話が一番好きでした。
主人公が自分のことを「自分は」という一人称を使って語るのが朴訥な感じで、このお話しの雰囲気をかもしだしているように思えました。
『あなたの愛人の名前は』
これは『俺だけが知らない』の浅野の妹、藍のお話し。『氷の夜に』の登場人物も登場します。よいお話しだと思いますが、『あなたは知らない』の瞳さんがどうしているかと思うと、素直に喜べない気がしました。 -
「その昔 あなたのことが 大好きで
そして今では 嫌いになった」
「愛人」=「不倫」
だと思ってた私。
違いました。
「愛人」=「愛する人」
この物語に出てくる女性は、
とびきりの美人でも、抜群のスタイルを持ってるわけではありません。
教室の中では、目立たないグループにいる子達です。
恋をするということは、白か黒かだけではない。
そんなグレーゾーンを描かせたら、島本さんは天下一品です。
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話の登場人物が繋がっているときもあり、
とても読みやすかったー!!
足跡
真白治療院という名の性的なお店で出会う。
蛇猫奇譚
ねこさん目線のお話。飼い主さんに赤ちゃん誕生。
あなたは知らない
婚約者がいる瞳さん目線の話。
俺だけが知らない
瞳さんと会っていた浅野さん目線の話。
氷の夜に
お店の店長さんとお客さんとの付き合い始め。
あなたの愛人の名前は
浅野さんの妹が一人で海外旅行に行き、自信に繋げる!! -
様々な「愛」にまつわる6編の短編集です。
後半の4編はつながりがあるので、順番に読むといいです。
妻の立場的から読むと、どきっとしてしまうのが「足跡」「あなたは知らない」「俺だけが知らない」の3編です。
「妻(婚約者)」と「女」の部分が必ずしも一致しないことで生まれる浮遊感。
くるしさ、でもほのかな期待をしてしまう切なさみたいなものが、見事に表現された物語でした。
読んでいてドキマギしてしまう文章がスッと出てきて、はっとしました。
そして3編を呼んだあとの、どことなくザラザラした気持ちを暖かい気持ちに変えてくれるのが、「氷の夜に」です。
この収録順番は、すごくいいなと思いました。
読み終えたあと、夜の東京タワーやビル群が描かれた表紙をあらためて眺めてみました。
人の姿は見えないけれど、見えなくても様々なきもちを抱えてそこに生きている人がいることを、感じられる短編集でした。 -
さくさく読了。
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大人の恋愛集と銘打つ6編を収録。
既婚だったり、婚約者のいる人たちが、もやもやとした違和感をもつうちにすれ違い、自分のあるべき姿を見つけ出し、新たな一歩を踏み出していく。「あなたは知らない」「俺だけが知らない」のみ、完全に対になっている。
ほかの話も、少しずつ登場人物がかぶっているので、あとからつながりをチェックしてみたところ、唯一関連のないのが「蛇猫奇譚」。話自体も猫の語る異質なもので、初出を見るといちばん古い。これをあえて掲載順を変えて、2話目に入れたのはなぜなのか、少し気になった。
またよろしくお願いします。
またよろしくお願いします。