- Amazon.co.jp ・本 (465ページ)
- / ISBN・EAN: 9784087811117
感想・レビュー・書評
-
(01)
全9章がっつりと杉村春子の肉声が写し取られており,ファンには垂涎ものの本書である.
とはいえ,インタービュー(*02)の対話の相手である大笹吉雄の質問や蘊蓄も杉村の言葉を補いながら行間を埋めているし,各章の冒頭には,その時期の新劇の情況を示す著者の解説も挟まれており,演劇に疎いものへの概説にもなっている.巻末の年譜,索引も杉村研究には使えるだろう.
(02)
大笹による杉村へのインタビューは1994年7月から3か月半ほどかけて章ごと9回にわたり,速記により記録され,会場はほとんどが信濃町の文学座で収録されている.杉村の没年は97年で91歳であり,その死の2年半ほど前のインタビューとなる.94年以降のエピソードも杉村の人生にとって小さいものとはいえないが,さしあたって,杉村のほぼ全生涯(*03)に対する感慨や記憶が自らの言葉で語られた貴重な資料ともいえる.
速記はおそらくかなりの精度を有しており,杉村の口調の癖,言い淀み,意味がややとりにくい言葉もそのまま文字にされている.
(03)
杉村は,それもたまたまではないと思われるが,20世紀を生き抜いている(*04).20世紀の日本は,19世紀に引き続き激動であったし,21世紀も激動なものとなるに違いない.戦争があった,貧困があった,イデオロギーがあった,国際関係があった,バブルがあった,そのようななかに近代都市演劇があった.
岸田國士,小山内薫のほか,文学座の立ち上げに関わる岩田豊雄,久保田万太郎らの演出陣のほかにも,滝沢修,東山千栄子,東野英治郎,宮口精二,中村伸郎,芥川比呂志ら演劇史及び映画史に名を連ねる面々とのエピソードも数多い.森繁久彌,三島由紀夫,泉ピン子といった現在でも名の知れた人物も登場する.
戦前の傾向的な左翼劇,新派,歌舞伎界と,杉村の引っ張る文学座は,そのときどきで交流,客演,分裂がある.そして,杉村のスタンスとしてはいつも揺らいでいる.
(04)
「確固たる演劇人生」というほどの確立した信念というのは,杉村へのインタビューの時点からはあまり感じられない.もちろん,政治的な言説には慎重で,あまり深くは立ち入ろうとしないし,そのような立ち位置が杉村の晩年を築き上げ,数々の危機を乗り越えた文学座のレガシーにも関わっている.しかし,杉村の言葉は,わからないことはわからないし,しらないことはしらない,覚えていないことは覚えていないとして,無理な信念を吐き出そうとはしていない.また,インタビューアーによるやや誘導的な質問にも,やんわり否定気味に答えにならない答えを返している.それが杉村という稀有な女優が用いる「世間」という技術なのかもしれない.
広島の方言によるものなのか,擬音の使い方も独特であり,こうした言葉の趣味や感覚が,不気味なものとしての杉村の演技と関係しているに違いない.詳細をみるコメント0件をすべて表示