星の時計のLiddell 3

著者 :
  • 集英社 (1986年10月1日発売)
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本棚登録 : 199
感想 : 21
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  • Amazon.co.jp ・マンガ (201ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784087821048

感想・レビュー・書評

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  • ヒューは、ウラジミールのことを「最大の理解者」と、呼びます。
    ウラジミールが、ヒューのことや、ヒューに似た人間たちのことを調べていくのは、彼がヒューを理解したいと思っているからです。

    たしかに、ウラジミールは、ヒューがどうしたいと思っているのかが、わかります。
    でも、どうしてヒューがそういう結論に達するのかについては、理解できないと思っていて、それを理解するために、いろいろなことを調べようとします。

    でも、ヒューがどうしたいと思っているのかがわかる時点で、実は、その答えは、心理学の本のなかにではなくて、ウラジミール自身の心のなかにあるような気がします。

    3巻目は、いよいよはじまった家探しと、その結末について。

    その家に住んでいたカーロフ家の家族は、ずっと、幽霊たちの存在を見つめながら育っています。
    その幽霊たちというのが、どうやら、ヒューとリデルであるらしい。

    さて、ここから先は、もしかすると解釈が違ってしまう人が出てくるかも。
    間抜けなことを書いていたら、申し訳ないです。
    うーむ。この手のお話の感想を書くというのは、自分のいろんな内面的なレベルをさらけ出しているような気がして困ります。

    その家のカーロフ家の家族以前の持ち主は、スターリング・ノースという名前でした。
    そして、カーロフ家の祖父は、幽霊のことを「スターリング・ノース」と呼んでいた。
    そして、スターリング・ノースは、当時13、4歳の少女と一緒に住んでいた。

    ということは、スターリング・ノースとヒューは、もしかしたら、イコールということなのでしょうか?

    物語の最後で、ヒューは消えてしまって、あちら側の世界に行ってしまったことが示されます。
    そして、スターリング・ノースも、屋敷内にはお墓が見あたらずに、消えてしまったようです。

    ヒューは、ただ単にいきなりあちら側の夢の世界に旅立ったのではなくて、現実の世界のなかで家を見つけて、それを足がかりにして少しずつ消えていきました。
    もしかすると、彼の幻視の力というのは、何か足がかりにしないと発動しないものなのかもしれません。

    だからわたしは、この世界から消えたヒューは、過去に戻ってスターリング・ノースになったのではないかと思うのです。
    リデルを見つけて、家に住む。

    そして、もう1度、彼はその世界からも消えて、リデルと2人で本当の幽霊になったのではないかと思うのです。

    世界から消えるたびに、ヒューの存在そのものは、本当に幽霊に近づいていく。

    もしかすると、その幽霊屋敷そのものをスターリング・ノースたるヒューは作った(または、幽霊屋敷そのものになってしまった?)のではないか?

    それどころか、幽霊屋敷を含む、そして現代のウラジミールをすら含むこの世界そのものを、その過去の時点でのヒューが作ってしまったのではないか?と思えます。

    これは、因と果が、逆転しています。
    または、卵が先か、ニワトリが先か。

    でも、時間を思いで越えてしまう、未来が過去にある人にとっては、ある意味、当然のことなのかもしれません。

    それにしても、リデルがずっと待っていたのが、ヒューではなくて、ウラジミールだというのも、ものすごく意表をつかれます。

    スターリング・ノースは、また、幽霊としてのヒューは、きっと何度も、ウラジミールのことを少女に語ったに違いありません。

    キンモクセイのかおりが、小さな時から好きです。
    キンモクセイのかおりが、する季節には、校庭のキンモクセイのオレンジ色の花の近くでネコがマタタビをすったような状態に毎年なります。
    雨が降って花が一斉に散ってしまうまでのしばしの贅沢です。

    そのキンモクセイのかおりが見せてくれる夢のような?
    そんな話には、本当は、こんな無骨な「解釈」は、必要ないのかもしれません。

    ある意味、この物語は、マンガで語れることの天辺を語ってしまっています。

    今回、この物語を読む徒然にいろいろと調べてみたのですが、この内田善美は、この作品のあと「草空間」をかいて、その後、マンガをかいていないようです。

    なんとなくですが、これ以上、かくことがなかったのかも。そう思わせるような完成度の作品です。

    「空の色ににている」にしろ、「草迷宮・草空間」にしろ、この「星の時計のLiddell」にしろ、今では、絶版で手に入りにくいマンガであるようです。

    特に、「空の色ににている」は、自分が持っていないこともあり、めちゃくちゃ気に入ったこともあり、「絶版なのは罪だ」と思ってしまいます。

    人気も高くて、復刊ドットコムでも、投票が集まっているのですが……。

    交渉結果は、作者と連絡が取れず……。

    ウワサによると、作者自身が、自分の全作品の再発行を望んでいないとか……。

    なんとなく、この作品の作者らしいとも思います。
    きっと、作者自身も、「幽霊」になりたかったのかも。

    ところで、ずっと疑問だったのですが、内田善美って、男の人ですか、女の人ですか?

  • 月は見えなかった。激しい雨が悪意の針を大地に降りおろし、世界が水球にかわるかと思われる晩に読み終えた。

    『幽霊になった男の話をしようと思う』
    それはもう過去のこと。
    わたしはヒューによく似た人を知っている。夢に呼ばれたあの人が望んだのはそういうことだ。
    幽霊になりたいと言った。いるけれどいない、いないけれどいる幽霊になりたいと言った。
    ヒューは成し遂げた。月が欠けていくみたいなあまりにも自然な消去。いま自分がいる世界をすてることは死を暗示するというけれど、そうだろうか。彼はわたしたちの瞳に映らなくなってしまっただけ。わたしたちの胸に金木犀の香りのような記憶を残した彼は、気配のような存在として異なる時間にいるのだろう。

    記憶が滲んで忘れられてしまいそうになるから、雨はきらい。

  • やっと自分の趣向にあったマンガが見つかった!と思いました。
    ミステリアスな空気、小説のような主題の深さ、たまりません!
    絵もものすごく細部まで描きこまれてて、作品への愛情にうっとりします。
    農耕民族と狩猟民族の違いの話は衝撃的でした。内田さんはきっとたくさん本を読まれる方なんだろうなあ・・・
    せっかく運命の作品に出会ったと思ったらもう活動されていないなんて・・・ザンネン!

  • ヒューとウラジーミルは、
    バラが咲き乱れ、初秋には金木犀が香り立つ
    ヴィクトリアンハウスを探す旅に出、
    遂に、かつて「幽霊が出る」と言われたその屋敷に辿り着く……。

    【全体の感想】
     明るく優しく気さくな人たちが、終始、茶飲み話に興じる長編。
     だが、物語の核心に迫るヒントが鏤められているので、
     延々続く会話を軽く読み飛ばしてはいけない。
     それにしても、私もこんな
     ヴィクトリアンハウスに居候する幽霊になってみたいものだ(笑)

  • ヒューよりもリデルよりも私はウラジーミルが好きでした。いつだって残された者はせつない。

  • 読むたびに発見がある。邂逅、記憶、言語、故郷、夢…人間存在の不可思議さ。決して古びない深さを持ち、むしろ今多くの人に読まれるべき巨きな作品だと思う。封印を解いてくれないかな内田さん…。

  • 時流よりも大きな波にのった

  • 大学生のころの愛読書。 しばらく読んでないな。

  • 1P読むだけでもものすごい体力が要る。ゆえにまだ読み終わっていない(苦笑)。ウラジーミルせつないね…。

  • 2009/10/21再読

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