震災後

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著者 : 福井晴敏
  • 小学館 (2011年10月31日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784093798242

震災後の感想・レビュー・書評

  • 実家に帰ったらあったので読んでみました。

    正直、奥付とサブタイトルを見て、「東京では震災3ヶ月後にはもう『そろそろ』なんて嘯いて、『未来の話を』してたのかー…」とちょっと違和感を感じながら読み始めました。
    連載開始の頃は、やっと仮設住宅への引越し第一弾が始まった頃ですね。

    読んでいて、最初のうち、東京で震災を経験した自分の経験が重なり、確かにこんなだった、と、ぞくりとしながら読み進めました。
    どろりと沈殿する不安感、終わりのない焦燥感、前の見えない、正解のない不確かさ。

    強く感じたこと。
    被災地と東京では、時間の流れがまったく違ったんだろう。
    たった3ヶ月。
    でも、今までと同じ街で、今までと同じ人と、今までと同じ仕事をして、でもその先になにがあるかわからない。なにを信じていいかわからない。自分たちばかり平穏な暮らしをしていて申し訳ない…
    そんな一日一日の繰り返しですぎていく3ヶ月は、本当に長く、暗い道だった人もたくさんいるんだろうなぁ。

    震災後、直接的被災地以外の人々が「辛い」と言葉にしたり、苦しい顔を見せづらい空気がありました。
    でもそんな中でも、少なくとも私の知る東京の人々は傷ついてたし、迷ってた。
    あえてその人々に切り込み、書き出したこの作品は、びっくりしたし最初は違和感を持ったけれど、すごく重要な記録になると思う。

    今だからこそ、この作品は多くの人に共感を伴って読まれたと思う。あるいは、私は今だからこそ響いたけど、それは私が浦島太郎だからで、もう多くの人は当時の暗闇を超えて歩いているのかもしれないけれど。
    けど、人は何度だってこんな風につまづいて、半信半疑のまま進んでいくものだと思う。

    正直、ありきたりなラストだと思うし、ご都合主義と感じるシーンもある。
    けど、この作品において万人が納得するラストはありえないと思う。
    もがき進む主人公の姿を見て、個々人が自分ももがいてみたり、考えてみたりするんじゃないかな。
    だからこそ、ちょっと長かった気もしますが…

    全体的に、よかったです。

  • あくまで最終章の「未来おじさん」のメッセージを伝えるために書かれた作品なんだろうなあと思う。小説としてはそこまで「面白い」と感じるような内容ではなかったけれど、実際に起こった地震が主題である以上、あえてエンタメ性を低くして書かれたように感じた。
    主題については割と共感できる部分が多かったです。著者の思想が全面に押し出されているのですが、かなり気を遣って書かれているので、主張の強さはあまり気になりませんでした。ただ、それでも、新聞で目にするのは闇雲に原始力発電即時撤廃やら文明のダウンサイジングやらを主張する、「既に手に入れてしまっている」人達、もしくは単なる馬鹿が殆どの中、やや弱い終わり方ではあるけれど、よくここまで率直に綴ることができたなあという印象。絶対的な答えにはなり得ないけれど、ひとつの回答例にはなるんじゃないかと思う。けど、やはり良くも悪くも思想小説なので、純粋に震災の被害についての記述や犠牲者への悼みや救いを求めている方には期待はずれかもしれません。

    ただ、やはり関東の方にとっての「地震」とは、地震そのものや津波の被害ではなくほぼ「原発問題」のことなんだなと、東北出身者として少し寂しさを覚えました。それから、物語の重要な局面でしばしば持ち出される「男にしかわからない」という言葉。最初から読者層の半数には理解を求めていないんだな、と少し呆然としたというか、男に生まれてきたかった病の人間としてはその辺のくだりは読んでいてかなり辛かったです。残念。

  • これは小説ではなく、著者の主張を述べたものにすぎない。伝えたいことはわからんでもないが、登場人物があまりにも戯画化されすぎており、まるで出来の悪いマンガを読んでいるような気分になる。福井さんは正義や人情や矜持を語るのがうまいと思っていたが、それもパターン化した物語の中だけでできることだったのかもしれない、と感じてしまった。なんといってもここに登場する主人公があまりにも馬鹿で短絡的。息子の言動も、父親のヒーローぶりもなんだかちぐはぐ。
    原発問題についての意見は千差万別でいいと思うが、「被害者面(づら)」で語る言葉に共感はできない。

  • 東日本大震災の3ヶ月後からリアルタイムで書かれた小説。小この大震災の後、我々がどのように立ち上がり、どのようにして今回の震災で浮き彫りになった課題を乗り越え、次世代につないでいくかという重いテーマを取り扱う、なかなか難しい話。

    高いメッセージ性のある小説なので好き嫌いは別れるとは思いますが、これもひとつの問題提起だと思って読んでみるのがいいのではないでしょうか。

  • 震災直後にリアルタイムに連載されたという本。
    「こんな時だけど、そろそろ未来の話をしようか」というサブタイトルに惹かれて読んでみました。

    バブル崩壊やリーマンショック等々の経済危機、そしてこの震災を経て、いつのまにか明るい未来を想像すらできないなか、オトナたちは子供たちに「安心」とか「安定」を与えようとするあまり、憧れの対象としての未来を説くことを忘れてしまっているように感じます。
    そのタメか「学歴社会」というモノも、安定を求めすぎるあまり、かつての「いい大学に行っていい会社に就職する」というくだらねえ上流志向から、「四流でもいいから大学くらいは行っとかないと死ぬる」というウンコみたいな考えかたに変化しているような気がします。
    つまりソレは、子を思う体で実は不安を押し付けてるのだと、常づね感じていました。
    子供たちに必要なモノとは、輝かしい「未来」。
    ホントはワレワレオトナたちもまた、現在の先が見えない世のなかで不安や不満を口にしながら、子供に手渡すべき「未来」を求めているのだとも思います。
    スマートフォンをはじめとした昨今のデジタル機器ブームとか、ニホンの科学技術の高さを知らしめたはやぶさブームなんかは、不安のなかで未来を求めてる大衆の心情を如実に表しているんじゃないでしょうか。

    ワレワレが子供のころ、NASAで宇宙と地球を往き来するスペースシャトルが開発されたり、池袋にサンシャイン60が建造されたり、MADE IN JAPANの技術が世界を席捲したりと、鉄腕アトムやドラえもん、スター・ウォーズ、数々のロボットアニメも含めて、未来は輝かしいものでした。
    反面、地球環境を破壊するという影を生み出してしまっているのも事実で、原発問題などはまさに大きな代償といえます。

    いまを生きるワレワレオトナは、先人が与えてくれた未来への輝きはそのままに、そこに地球や宇宙を侵さずに共生することと、経済的成長をすることが人類の発展を生むワケじゃないという価値観を加えて、次世代に渡す役割を担っている自覚を持つべきだとおもいました。

    そう自覚。
    先述したように「安心」「安定」を求めすぎるあまり、自らがリスクを払うことを恐れ、責任を負うことから逃れようとするのではなく、ひとりひとりが自覚を持って生きなければ、そのリスクは凝縮されたカタチで子供の代に渡さなければならないし、世界は変わらねえデス。

    まあまあ。
    そんなことをいろいろと考えさせられた本でした。

    ハナシは、なんかまんがチックだったけどね。


    http://blueskyblog.blog3.fc2.com/blog-entry-1721.html

  • 前半は、全ての人が陥ったであろう、パニックを一つの家族をモデルケースにして、よく描かれていたと思うが、後半からは原発に重点がおかれ、国の政策がまだ決まっていない今読むと、一人よがりに思えてしまう。未曾有の大災害を分かりやすく描いてる点は好評価。

  • 震災や原発報道を見ていて常々疑問に思っていたことに付き、小説ではあるものの考えさせられた一冊。
    それは「今の時代においては我々は被災国の人間かも知れないが、後世の日本人に対しては立派な加害者である」ということ。
    後代に原発の不始末を押し付け、政治パフォーマンスに乗り、夢ある日本の未来を示すことが出来ない、自分を含む今の日本を担う大人たちがいかに罪深いか、反省することしきりの読後感であった。

  • 2011年3月11日、東日本大震災発生。
    多くの日本人がそうであるように、東京に住む平凡なサラリーマン・野田圭介の人生もまた一変した。
    原発事故、錯綜するデマ、希望を失い心の闇に囚われてゆく子供たち。
    そして、世間を震撼させる「ある事件」が、震災後の日本に総括を迫るかのごとく野田一家に降りかかる。
    傷ついた魂たちに再生の道はあるか。
    祖父・父・息子の三世代が紡ぐ「未来」についての物語。

    お爺ちゃんとお父さんがかっちょいい。

  • 福井さんの意見に賛成

  • 今年の東日本大震災以降、世の中が変わってしまったように感じる人も多いであろう、特に被災地域においては。でも最近においては僅かながらも前に進んでいる様が実感できる。著者の語る未来(特に電力問題における)について、幼少の頃に本(21世紀はこうなる的な本)で読んだ。今もその研究は進められているに違いない。最近は無線で充電する携帯も出来たようで、折に触れて思い出す。しかしこの期に及んでも原発推進派が多数存在することが不思議だ。最近になって原発発電コストに処理費用が上乗せされつつある(既にこの時点で天然ガス発電と同コストだ)が、それも増加する一方である。そもそも、建設地にばら撒く金、テレビや新聞で膨大に繰り広げられてきた原発安全キャンペーン広告費や現在まで1兆円つぎ込んで1㍗も発電していない高速増殖炉もんじゅなどのコストは含まれていないのである。原子力を実用化する科学技術力を持っていない人類が原発を使用するのは、サルに火を扱わせるのと同一であろう。CO2を分解する方がまだ現実味が有るのではあるまいか。とは言え、バフェット氏曰く、「日本人は前に進むのをやめない民族」だ。この停滞した20年ですら、考えてみればかなり様々な新しい技術の実用化や世の中の仕組みも改善が進められたものがある。ヒトの文明は一時的に後退が有ったとしても、長期的に見れば常に良い方向に向かっているのは間違いないのだ。

  • 震災後半年で書き上げられた小説とは思えない。作者の洞察力に驚かされる。とってもデリケートな話で、できれば話さないことを選ぶ風潮の中、よく書いたと思う。復興に必要なのは未来、そろそろ未来の話がしたい。

  • “将来”は誰にでも来るけど、“未来”はそうではない。

    3・11を堺に、ボク達が歩く道、そして目指す未来は確かに変わったと思う。
    喉元過ぎれば・・・ではないけれど、ボクは彼らのように真剣に考えておらず、
    今では3・11の前とほとんど同じような日々を過ごしている。

    だけど本書を読むことによって、今一度いろいろ知ることが出来たし思い巡らせることも出来た。
    また、それを忘れないようにすることも、これから先きっとできる。

    一人ひとりの力って、どうしても小さなものだけれど、
    同じ“未来”を思い描き、同じ“未来”に向かって自分ができることをやっていけば、
    そこから何かが変わり、また何かが生まれると信じたい。

    確かに本書は著者の主張が強く述べられているのだろうけれど、
    先のようにいろいろと思い起こさせて考えさせられるきっかけになった。

    “未来”という言葉の重みを、その尊さを、今一度かみ締めた。

  • 小説というよりも、作者の情念をたたきつけたかのような一種檄文であった。だが「亡国のイージス」以来一貫したその多角的な視線は健在で、リアルな原発政策へのかなり精度の高いソリューションでもある。ともあれ、この時期にこのテーマを書くということの勇気は賞賛に値する。怖がって作家は誰も何もしなかったに等しかった中で、この行動の軌跡だけでも書籍として残せているということに最も価値があるのではなかろうか。捨てたもんじゃない。

  • 読み進める内に物語では無く、作者の主張を読まされている気になった。ただ作品としては悪くは無いんだろう。

  • 東北大震災後の親子三代の想いを描く。
    被災地の姿、原発からの放射能漏れ。未来に希望を失った子供たちやこれからの子供たちの未来に不安を隠せない大人たち。
    でも、未来はきっと取り戻せる。
    いつの時代も常に闇と闘ってきた人類だから。
    自然を無下にしたからばかりではなく、人類はいつでも繁栄を目指してきたのだから。

    2014.3.8

  • 震災直後の不安が蘇るとともに、自分の中で風化していることに気付かされた。

  •  震災で傷ついた家族の関係を修復して行くためにがんばるお父さんのお話。ただ、将来の話ではなく、未来の話をしよう、として出してきた夢が、大気圏外での太陽光発電というのは、どうかな~。
    なんで、夢がこれなんだろうというのが良くわからず。

  • 「日、暮れて道遠し。どれほど道が険しくとも、道そのものがなくなることはない。歩き続ける限り、歩いた跡が道になるのだから」
    先人の叡知を受け継ぎそれを育み未来へ繋げる。乗り越えることのできない困難はない。頑張らなければならないと思いました。

  • 答えはないよね

  • 父親が、息子のために一生懸命に、伝えなければならないことを
    伝えようとする、その姿がよかった。

    震災後。
    初版が2011年の11月、とあるから、本当にあれからすぐに書かれたものか。
    実際体験した人でなければ分からないものってのはあるんだと思う。
    だから、被災者に対してどんな言葉をかけていいかなんて分からない。
    被害が大きすぎて、突然すぎて、訳が分からない、というのが正直なところで。その傷に直接触ることはとてもじゃないができない。
    けど、見てるだけで痛いのはこっちも同じで、
    そのうち、なんか始末に負えない感情まで湧いてくる。
    この作品ではそれを闇、という表現していたが、なるほど、と思った。

    心の闇、ってのは結構どこにでもあるもんで、
    でもそれが目の前の現実にある不安と重なると、相乗効果で真っ暗に
    なりやすい。実際に被災したのは自分じゃないけれど、
    だからよかった、でおわらない現実がある。原発がとりあえず落ち着くまでのあの不安感は半端なかったもんなー。
    実は今だって本当は落ち着いてなんてないんだろーけど。
    汚染水ってどーなったのかなーっとか、消えるもんじゃないのに、
    除染って意味あるのかなーっとか、その資金で賠償した方がいいんじゃないかなーっとか。
    色々思うことはあるけど、だからといってなにができるわけもなく。
    あの事故があるまで日本に原発が54基もあるなんて知らなかった。
    資源がない国だとは思ってたけど。
    そう、資源がない。なのに宇宙からみた日本の都市は異常なほど煌めいてる。食料自給率が50%きった、ときけば、じゃあ輸入が途絶えたらどうなるんだ、と思う。TPPって大丈夫か、とか。
    異常気象と思ってた豪雨や酷暑も毎年のことになりつつあるし、
    出生率が下げ止まり、というけれど、この国で生きることは幸せなのか、と思ったりもする。それこそ、なんで生んだんだって言われかねない。
    現実を向き合うのはオソロシイ。
    しかもそれがあまり幸先のよくない未来なら。
    闇は濃くなるばっかりだ。

    この作品では、明るい未来を約束するわけじゃない。
    現実的な復興の道筋が示されるわけでもない。解決策なんてどこにもない。
    それでも、どこか光が、薄日がさすような光を感じるのは、
    結局は気の持ちようなのかしら、とも思いもする。
    闇は人の心が生むもの、
    だから払うのも人の心なんじゃないか、そんなことを感じさせてくれた。
    読後感はよい。
    あ、でも、よく考えると、そんなとこにしか希望がないってことか・・・。(汗)



    にしてもじいちゃん、かっこよすぎ。
    あーゆー風に背筋伸ばして生きて、死ねたらいーなーと思う。


    無力感がだめだ、とゆー意見にちょっとなるほどっと思った。
    立ち向かう術さえあれば人は立ち上がるものだ。
    確かに。手も足もでない相手に立ち向かおうなんて思えないよなあ。
    そうして一度諦めたら、そこから顔を上げるのはなかなか難しい気がする。はっ、なんかちょっと巨人の進撃っぽい??


    でも、まあ、人間の文明、とゆーものが本当によりよい未来をもたらしてくれるのか、
    正直、どうかなーっと思う。
    信じるものは救われる、とゆーけれど妄信は視野を狭くするし。
    うーん、ホント、明日はどっちだって感じ。

    未来をかえせ、かあ。
    まあ、たしかにどん詰まりっぽくはあるよなー。
    震災を機にもうすこし違う方向にいくかなーっと思いきや、
    絆、とゆーあるんだかないんだか分かんないもんへの偏重ぶりは加速したが、なんとゆーか社会の構造ってゆーか、そーゆーもんはあんまり変化してないような・・・・・。

  • 「小説」というより「作者の主張」という感じがしてならない。そのためストーリーが浮いてしまった気がする。果たして父親の演説をそんなに素直に生徒全員が聞き入るだろうか?

  • 本書を読み終え、恥ずかしながら東日本大震災に対して全く向き合っていなかった自分に気が付くことができた。特に原発問題に対してである。まずは原発を再稼働し、順次代替可能エネルギーに移行し、原発ゼロを目指す。原発は即刻ゼロにするなど様々な意見が存在する。どの意見ももちろんありだと思うし、立場や考え方が違えば意見は異なるものになる。本書を読むことにより、知識も得ることができたし自分なりに原発に対する考えを持つことができるようになり、良かったと感じる。ちょっと遅いけれども・・・。
    また、あの世代は良い時に生まれただとか、自分の生まれた世代は好景気の時などなく・・・といった話が出ることがある。どの時代でどういう時を過ごしていようと、自分が生きている時は今という過程にしかなく、卑屈にならず今という時の中で充足しようとしていくことが楽しく生きていく方法であるように感じた。

  • いー本!!かんどうした。

  • 東日本大震災のあとの日本では多くのものが失われ、代わりに多くの不安や恐怖心が氾濫しました。この小説は未来への期待や夢を失なってしまった中学生の男の子と、その家族を中心に進んでいきます。震災についての記述はかなりリアルでノンフィクションに近いので福井さんの作品では異色な今作ですが、会話の端々に出てくる熱く人間臭い台詞はやはり福井作品ならではの魅力だと思います。

    物語の終盤ではこれからのエネルギー政策や文明の発展について相対する2つの意見の討論が行われます。物語のクライマックスにあたる場面ながら曖昧でモヤモヤした結論になっている印象もあるけど、この2つの考え方に優劣はなくて、あるのは僕たちがそのどちらを選ぶか、そのことを考えるために意図的に空けられた余白なのかなと思いました。これからの日本の在り方や、そこで暮らす子供たちのことを考える良いきっかけを与えてくれた一冊でした。

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震災後の作品紹介

祖父・父・息子の三世代が紡ぐ「未来」についての物語-。未来を見失ったすべての人たちに贈る、傷ついた魂の再生と挑戦の旅路。著者渾身のリアルタイム・フィクション。

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