- Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
- / ISBN・EAN: 9784093865722
感想・レビュー・書評
-
現役医師でもある著者による医療ミステリ。
精神鑑定医、影山司(かげやま つかさ)と、新米医師、弓削凛(ゆげ りん)のコンビが事件に取り組む連作集である。
タイトルの「十字架」は、罪を負うべきものは誰かというテーマを孕む。
事件に絡む精神鑑定とは、要は罪を犯したものにその責任があるかを問うものである。
刑法39条にはこうある。
一、心神喪失者の行為は、罰しない。二、心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する
つまり、精神を病んでしまった者の犯罪行為を、司法は罰しない。しかし、犯罪行為自体が実際に行われ、犯罪の被害者が厳として存在するならば、その罪の「十字架」は誰が負うべきなのか。
見習い鑑定医の凛には、心の傷がある。
高校生の頃、同級生の少女が惨殺された。しかし、犯人は精神を病んでおり、断罪されなかった。
凛は事件のあった日、彼女に遊びに誘われたものの、受験勉強を理由に断っていた。あの日、もし自分が彼女と一緒にいたら、彼女は死なずに済んだのではないか。
心にその重石を抱えながら、親友の事件の闇に迫ろうと、凛は精神鑑定医を目指していた。
上司の影山は精神鑑定の第一人者である。冷静で物静かであり、滅多に感情を表に表わさない。精神鑑定は、日本では学問的な業績としてはほとんど認められず、金銭的な見返りも少なく、「割に合わない」仕事だという。それでも鑑定を学びたいという凛の強い意志に押され、影山は凛を助手に使うことにする。
短編が4つ、最後に中編で締める。
第一話「闇を覗く」。無差別通り魔事件。犯人は簡易鑑定で重度の統合失調症と診断され、本鑑定のために影山の元に送られてきた。だが彼の行動に不審な点があることに影山が気づく。
第二話「母の罪」。生後五ヶ月の娘を抱き、マンションから飛び降りた母。産後うつかと思われた母はしかし、「悪魔が娘を殺せと脅した」と言う。
第三話「傷の証言」。引きこもりの青年が姉を刺したとして捕まった。青年が統合失調症を患っているのは明らかに見えたが、事件にはいささか腑に落ちない点があった。
第四話「時の浸蝕」。別れ話がもつれて元交際相手を刺殺した男。傷害致死で起訴された犯人は、支離滅裂なことを言っていたが、簡易鑑定を行った影山は「罪を逃れるための詐病」と証言した。事件は裁判に持ち込まれたが、ことは意外な展開に。
第五話「闇の貌」。同僚を刺殺した女。過去にも殺人事件を起こしていたが、解離性同一性障害の診断を受け、不起訴となっていた。実はこれが凛の過去にも関わる事件だった。
全般にストレートに精神疾患と事件を扱うというよりは、展開にひねりがある。
最初に診断された疾患が詐病であったとか、事件の背後に精神疾患に対する偏見があったとか、二転三転があって、よくプロットが練られている。
医学の知識もちりばめられていて、なるほどと参考になる点もあるのだが、どちらかといえば、良くも悪くもエンタメ寄りだろう。専門的なことはよくわからないのだが、ちょっと気になったのは最終話。凛の心の傷にも関わる中編で、おそらく著者も力を入れた作品なのだと思う。が、解離性同一性障害、いわゆる多重人格というのは、その人の心の中にいくつもの異なる人格が存在するものだと思うのだが、本作だと死んだ人の人格が犯人に宿る形になっている。そんなことありうるのかな・・・? 実際にそういう症例があるのかどうか知らないが、これを読んだだけでは何だかいきなり死者が憑りついたようで、医療ミステリというよりホラーのように感じる。
ただ全般にリーダビリティは高い。影山や凛の人物造形もおもしろく、テレビドラマなど、映像化にも向いていそうな印象を受ける。お気に入りの俳優さんや女優さんで脳内キャスティングしながら読むのも楽しいかもしれない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
精神鑑定と一口にいっても様々なケースがあり、犯罪の影には背景を理解することも必須だよねとぼんやり思っていた4章までとは一変して、ラストは主人公の心の十字架にもメスが入る。複雑に絡み合った多重人格と虐待の闇に戦慄が走ったけれども、なんともいえないやるせなさが残ってこれが現実なのかと思い知った。ある程度のストーリー展開は読めていたけれど、それを上回る深いお話に、やはり知念さんの本はこれだからやめられないとひとりごちてしまった。今回も一気読みだった。
-
ひとつの話しではなく、短編集みたいにたくさんの話しがあって面白いです!
-
やはり、罪を犯したら
精神疾患だろうがなんだろうが
罰を受けないといけない。
罪を償わないと…
そうしないと被害者が浮かばれない。 -
やっぱり知念さんのミステリー好きだって改めて実感。
人の心の闇を除くのは極めて難しく、正確に掴むことも出来ず、現実にも議論できる内容でした。 -
刑法39条の不条理についての闘いは中山七里等の作家によってあらかた総ざらえされた感はあるが、本作での前半部分はその刑法39条に特化した精神科医による探偵小説だった、だが後半2章は主人公凜の友人に対しての仇討ちとなった。そう現在の司法においては、被害者家族と関係者は仇討ちをせざるを得ないほどのザル法だ。政治家は票にならないことはしないし、官僚は仕事をサボる、おまけに法曹界は腐りきっている、本当に救いようがない世界だ。凜は真実を突き止めたが、犯人は加害者が作り出した虚像に過ぎなかったのではないのかい?大どんでん返しを狙うならば凛自身が精神障害で精神科医だと信じ込んでいたみたいにして欲しかった。
-
精神科医、大変なお仕事ですね。
他の病気と違い、判断するのが難しい。
犯罪者の精神鑑定はその判断によって起訴、不起訴が
決まってしまうので特に難しいと思います。
医師が大きなストレスを抱える事は無いのでしょうか? -
精神鑑定医の助手である弓削凛が経験する五つの精神鑑定の物語。
最後の精神鑑定が肝である。
弓削凛が当時18歳の親友を殺した犯人の精神鑑定を行う。
精神異常者の話し故に理解不能。
印象に残った文章
正確な鑑定のためにはあらゆる手を尽くす。それが鑑定医だ。