台湾海峡から見たニッポン (小学館文庫 R さ- 24-1)

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  • 小学館
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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784094056129

作品紹介・あらすじ

日本人はなぜ「中国下手」なのか。台湾人はなぜ中国と対等に発言できるのか。巨大な市場を有し、二十一世紀経済の核と目される中国。しかしそこには、国内の矛盾を覆い隠し、大国の脅威をもって周辺諸国に君臨しようとする帝国主義の影が見え隠れする。中国人犯罪の増加や露骨な反日行動にもかかわらず、弱腰外交を繰り返す日本。一方、強硬に「同一国家」を主張する大中国と対峙しながら、粘り強く、したたかに、自らのアイデンティティを主張する台湾。日本は今こそ台湾に学ぶべきではないか。台湾発、新世紀の「脱亜論」がここにある。

感想・レビュー・書評

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  • 酒井氏のこの一書は、台湾に軸足を置き、中国と中国人、そして日本と中国の関係を立体的に描き出し、この「厄介な隣人」中国にたいして、日本がどのように付き合うべきかを述べたものだ。

    比較対照の国は、台湾・日本だけにとどまらず、韓国・ベトナム、ときにはラトビア・フィンランド・アイルランドにまで及ぶ。また、政治・経済だけにとどまらず、人文地理・風土の問題にまで及んでいる。それだけに、ちょっと広すぎて、活字ポイントの大きな小学館文庫では、掘り下げが足りないと思う部分も少なくないのだが…とはいえ、彼の議論は、ワタシ個人の中国体験・台湾体験、その他のアジア諸国体験とも符合する部分が多く、かなり説得力があった。

    本書のキーワードのひとつは、「マレー系」だ。
    これは、著者がネット上で台湾について繰り返し発言しているので、すでにご存知の方も多いと思う。台湾に元から住んでいた人々は、オーストロネシア語を話す人々で、言語的には、マレーシアやインドネシア・フィリピン、さらには東はイースター島から、西はマダガスカル、南はニュージーランドのマオリまでを含む地域の人々と同じなのだ。「南島語」とも言われる。台湾の基層文化は、このマレー系文化なのだ。

    もうひとつのキーワードは「漢字」だ。
    これは、漢字を文化的な求心力として持つ漢族そして漢族文化への同化願望として、周辺諸民族に現れているとするものだ。つまり、漢字や漢学的な素養を身に着けたいと願う人々は漢人である、ということだ。だから、そういう意味では、日本人も漢人であるし、かつてのベトナム人や朝鮮人、台湾の知識層も漢人であるわけだ。

    台湾は、基層にマレー系文化、その上に漢人系文化がかぶさっているのである。また、このようなハイブリッド文化は、なにも台湾だけにとどまらず、中国南方も同じなのだ。これについて、著者は、橋本萬太郎の『言語類型地理論』などを援用して解説を加える。中国文化圏は、長江流域の文化圏と黄河流域の文化圏では大きく異なると。つまり、秦嶺−淮河線で文化圏や自然環境が大きく異なっているのである。そして、南方は、本来タイ系あるいはマレー系文化圏の住民は、後に黄河流域の漢人文化に同化されてしまい、現在は漢民族になっているのだ。

    その一方で、脱漢人の動きもある。それは、ベトナムであり、また北朝鮮だ。この両国では、漢字を完全に廃している。また、台湾も、脱漢人化を進めていると見る。

    では、なぜ、このような動きがあるのか。
    著者は、福沢諭吉の「脱亜論」を持ち出して、解説を加える。すなわち、漢人系文化は、封建的であり、停滞的であり、抑圧的であり、新たな世界の変化には付いてゆけない、そのような政治・文化態勢から脱却しなくてはならず、中国や朝鮮もそうするべきだというのが福沢の議論だ。

    中国という国は、多様性を認めたがらない文化だ。また、血統などを持ち出して、周辺諸民族を同化したがる。たとえば、中国の言語地図を見れば、少数民族地域には「兄弟民族語言」なる文字が印刷されている。つまり、少数民族と漢族の関係を血縁メタファーで説明しており、これは、日本がアジア侵略を進めていたときの「八紘一宇」、後の笹川・日本船舶振興会の「世界は一家、人類はみな兄弟」と同じ発想とも言える。そこでは、他者との相克はあってなきがものとされるのだ。

    そして、中国が対外拡張策をとるとき、決まってこの血縁関係を持ち出す。曰く、台湾人は漢民族であると。

    もうひとつの対外拡張策のロジックは、かつて中国王朝が支配したことがあるというもので、朝貢関係にあった国も含まれる。著者も指摘しているが、ベトナムも朝鮮も、さらには琉球も、そういう意味では潜在的領土なのである。(おもしろいことに、中国政府は、ロシアに対して沿海州・外興安嶺までの土地などの返還を要求していない。大国に対しては強気に出ず、小国に対しては横暴な態度をとるということなのだろう。)

    さて、現在の中国に、ぜひとも同化したい!と思えるような要素があるだろうか?と著者は問いかける。答えは「否」である。

    もっとも栄えた中国王朝は唐だというが、当時は、さまざまな民族・国の人間が唐を訪れ、複合文化が生まれた。これも、すでに言われていることだが、魅力的な力強い文化は、複合的なものである。アメリカのソフトパワーが強いのも、さまざまな文化圏の人々が融合しているからなのだ(青木保『多文化世界』岩波新書)。

    現在の中国の政治・文化的状況は、闇雲なる同化である。異なった意見を認めない政治的・文化的空気である。言論の自由が認められ、多様な意見を認め合おうとする空間にいる人間にとっては、きわめて窮屈な、そして時には生命の危険をも伴う国が中国なのである。

    そして、これは、共産党一党独裁という体制にのみ、その原因があるのではなく、中国人そのものに原因があるのだと、著者は述べる。ワタシも100%同意するものだ。結局は、中国人の思考回路によって作られた体制なのである。

    国民党政権の来台により、台湾人は中国人との付き合い方を学んだ、それを日本も参考にすべきだというのが、著者の主たる主張だ。

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著者プロフィール

1966年石川県金沢市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、台湾大学法学研究科修士課程修了。共同通信社記者を経て、台湾・新境界文教基金会専門研究員。現在、公立小松大学国際文化交流学部准教授。主な著書に、『台湾入門 増補改訂版』(日中出版)、『日本のアニメはなぜ世界を魅了し続けるのか―アニメ聖地と地方インバウンド論』(ワニブックスPLUS新書)、『この国のかたち2020』(エムディエヌコーポレーション)等。訳書に李筱峯『台湾・クロスロード』(日中出版)、陳明仁『台湾語で歌え日本の歌』(国書刊行会)等。

「2020年 『知られざる台湾語文学の足跡』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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