- Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
- / ISBN・EAN: 9784094531466
作品紹介・あらすじ
22歳女子、実家のバスタブで暮らし始める 「人間は、テンションが高すぎる」ーー磯原めだかは、人とはちょっと違う感性を持つ女の子。ちいさく生まれてちいさく育ち、欲望らしい欲望もほとんどない。物欲がない、食欲がない、恋愛に興味がない、将来は何者にもなりたくない。できれば二十歳で死にたい……。オナラばかりする父、二度のがんを克服した母、いたずら好きでクリエイティブな兄、ゆかいな家族に支えられて、それなりに楽しく暮らしてきたけれど、就職のために実家を離れると、事件は起こった。上司のパワハラに耐えかね、心を病み、たった一ヶ月で実家にとんぼ返りしてしまったのだ。逃げ込むように、こころ落ち着くバスタブのなかで暮らし始めることに。マットレスを敷き、ぬいぐるみを梱包材みたいに詰め、パソコンや小型冷蔵庫、電気ケトルを持ち込み……。さらには防音設備や冷暖房が完備され、バスルームが快適空間へと変貌を遂げていく。けれど、磯原家もずっとそのままというわけにはいかなくて……。「このライトノベルがすごい!2023」総合新作部門 第1位『わたしはあなたの涙になりたい』の【四季大雅×柳すえ】のコンビで贈る、笑って泣ける、新しい家族の物語。
感想・レビュー・書評
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生きづらさを感じつつも、ゆかいな家族に支えられて生きてきた磯原めだか。彼女は就職して郡山から仙台へと移り住んだ。しかし、パワハラで心を病んで退職。実家に戻ると心が落ち着くバスタブで暮らし始め──。
この物語は何のジャンルなんだ?!わからんけど面白いぞ!と未知との遭遇を味わえた作品。インパクト絶大な磯原家のキャラが楽しいライトノベルでもあり。描き方はめだかの人生を描いたエッセイでもあり。テーマの『生きること、再生』を個性的な比喩を用いて紡いだ純文学でもある。読むほどに不思議な魅力に引き込まれていく。
バスタブにひきこもるというアイデア(比喩)もいいし、それを居心地よく魔改造していく兄・いさきの行動力といたずら心が最高。防音、PC、空調完備のバスタブってもはやSF的で楽しいし、秘密基地みたいで憧れる。唯一の欠点は、お風呂として使えないだけ!このメリットのためなら目をつぶろう!と言いたくなる(笑)
とにかく比喩がすごい!顔を能面として描いたり、『へのへのもへ人』というキーワードもネーミングこそ滑稽だけど、現代社会の切実な問題を物語っている。それと小5からお腹の中に腎臓の形をした漬物石がワープしてくるって話もすごかった。月に一回って部分で察したけど、こんな表現あるんかと驚かされた。めだかの生きづらさを「人間は、テンションが高すぎる。」という文章で描いたのも面白い。
人生は無意味なのに、どうして何度も恐ろしい夜を越えていかねばならないのか。その問いに答えを見つけた時のめだかが素敵だった。あとがきでも著者が触れていた、社会と個人、大人と子供、現実と夢幻、生と死の狭間にあるグレーゾーンから、個を取り戻す物語というのはその通りで。さらにそれらは裏表で繋がっていて、意味と無意味は実は同じ中身ではないか?と感じた。それを実感した時、グレーゾーンは大きなキャンバスへと変わる。そして、好きな色で好きなものを描いていける力を取り戻せるのかなと思った。
p.65
「……あの……『寛容のパラドックス』って知ってますか?」
「何それ?」
「社会が無制限に寛容であると、最後には不寛容な人々によって、寛容性が破壊されてしまうんです。だから逆説的に、不寛容に対しては不寛容でなくてはならない……」
「うーん……簡単に言うとどういうこと?」
「ゲイやレズビアンを差別する人は怒られろってことです……」
p.117
この世界では、弱みは強みに裏返るのだと学んだ。人と違う人生を送ってきたことが、そのまま価値になる。『星の砂』みたいな感じで、地獄の土を小瓶に入れて持って帰ってくると、そこから無限にいい出汁がとれるのだ。
p.148
はあ、と大きいため息をつく。しょうもない。しょうもないコメントで、しょうもない気持ちになっている。『へのへのもへ人』たちはこうやって人を傷つけて、世界をしょうもなくしていく。たったひとりの『へのへのもへ人』に出会うだけで、その日は最悪になる。そして本人はそのことに気がつかないのだ。接客業をやっている人なんかは特に、『へのへのもへ人』たちにイヤな思いをさせられているだろう。
わかるよ、とわたしは言うしかない。やつらはいつでも、どこでも、無限に湧いてくる。わたし自身だって『へのへのもへ人』になってしまう危険性は常にある。怖いことだけれど、防ぎようがない。たぶんこれは、個人の問題だけではなくて、社会システムの問題でもあるのだ。資本主義そのものにも、『へのへのもへ人』たちを生み出す粗雑さは内包されている。学校システムが、評価Bです、なんてバッサリやってしまうのと同じように。
p.155,156
わたしは時間をかけて、たくさんの反応を観察した。それでわかったのは、人間の思考はかなりバグりやすいということだ。理解に失敗する、論点がずれる、適用を間違う、感情に引きずられる……。ありとあらゆるエラーが観測された。立派な肩書きのついている人でさえ、幼稚としか言いようのない論理展開をしていたりする。“正しく思考する”のはかなり難しいことなのだ。そのためには、しかるべき時間をかけて、しかるべき訓練をしなければならない。
同時に“正しく伝える”のも大変なことだ。
p.250
復讐は優雅になされなければならない──
p.264
物質と物質のあいだには愛がある。星と星のあいだに愛があるように。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
イチキュッパで生まれたヒロイン磯原めだか(22)は就活に失敗し、仕事を辞めて実家に帰ることに。
落ち着く場所はバスタブだったことから、バスタブで寝泊まりする生活をする。
そんなめだかのバスタブ生活を描いた作品。
なかなかコミカルで毒のあるめだかの一人称で描かれる本作品は設定もありえない病気?(漬物石が定期的にお腹の中に移動する病気?)とかあって、どこかファンタジックな描写が多い印象です。
また、生きてはいるものの、日々忙しくて夢を追えないとかそういうことじゃなくて、何をしてよいかわからない系のダラダラと生きている感じのヒロインが軸となっているのですが、夢も希望もない、別に興味のあることなんてない、無意味に生きている感覚って、私もそうだし、そういうことに悩みながら、あるいはなんとも思えない自分に嫌気をさしながら生きているなんていう人結構多いのではないかと思いますし、意外とこのめだかというヒロインは刺さりやすいんじゃないかなと思いました。ある意味、『人間失格』の主人公っぽいですよね。
私ももしかしたら同じかもしれないという共感が。
そんな本作品からは「無意味に生きることの意味」が込められているよう気がしました。
毎日忙しい人もそうでない人も、仕事にやる気を見出している人も悩んでいる人も思うことがあるかもしれない、「今、私のやっていることは意味は?」、「やりたいこともなく、ただ毎日を生きているだけで人と言えるのか?」とか、何かの壁にぶつかればふと思うことだってあるんじゃないかと。
でも、実は子供の頃に描いていた大人になれなくても、自分が別にやりたくてやっていることじゃなくても、何かをやれば、それが誰かに影響を与えて感謝されることもある。結局、辛くても幸せでも、なんとなくでも生きていることに意味があるんだという希望のあるお話だなと思いました。
そして、実は何もない平凡な生活を暴力的に脅かしてくるのは、普段なんの関わりのないはずのアカの他人、通称「へのへのもへじ」なんだなとも思いました。
ほんと、会ったこともない奴にこそ暴力的な発言されるとムカつくっていうの分かる気がしましたとも。
ポケベルとか家の電話とかでしか直接会う以外に会話のコミニュケーションができなかった時代に比べて、今は圧倒的にコミニュケーションがとれる時代になったはずなのに、なぜか今の方がコミュニケーションや人間関係に手こずる不思議。
そういう全くアカの他人なればなるほどに苦しめられるモヤモヤ感も感じつつ、最後は家族、いや、母は偉大だなと感じた作品。
いつか大事な人はいなくなるけれど、それでもあなたの日常は続いていく、いつか闇に帰るその日まで。
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生きづらい人のもとに届いてほしいな。
ありきたりかもしれないフレーズなのに
ゆっくり生きなさい。
慎重に生きなさい。
がとても身に染みた。 -
ラノベにしては難しい言葉も多用されていて、内容としてはヘビーなのだけど、すごく読みやすい。読後感は爽やかではないけど、めだかに感情移入できて一気に世界に入り込めた。それでいて一番奥底には容易に立ち入らせないような、幻想文学めいた箇所もあって、読み応えが抜群。凄まじい名作です。
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高校生ぶりのライトノベル。
ライトノベルらしからなぬ文体とライトノベルらしいSF感。しかし、私は主人公最強が1番好き。 -
これは傑作や。
小さい頃から生きづらさを感じていた少女めだは、就職の失敗を期にバスタブに引きこもってしまう。そんな彼女が周囲の出来事を経て、自らの立ち位置を徐々に確立するお話。
特徴的な比喩表現が素晴らしく、前向きになれる作品運びが良い、素晴らしい作品でした。
本作の一番の特徴はなんといっても比喩表現。能楽を始めとする比喩表現は非常に特徴的で、本作が作り出す独自の世界観にじっくり入り込めました。
その一方、これらの比喩表現はかなり純文学的なので、ラノベ的なはっきりしとた、分かりやすい描写を好む人には合わないかもしれないです。
後は、一度は生きることを諦めていためだかが自身を見つめ直す過程にVTuberが出てきたり、めがかが最終的に至った結論自体は非常に現代的で、これまた面白いなぁと。
四季先生の作品はいつも圧倒されるばかり。これからも追いかけていきたいと思います。 -
今の日本を象徴している作品、この物語を言語化することは僕には難しい。
自分自身に悩み、社会から拒絶されバスタブを生活の場にした女の子の話
この話、何が良いか?と言われても。。。でも読んだ後の読了感というか、この脱力感はデビュー作の『私はあなたの涙になりたい』に通じるものがある。
一人の女の子が社会との関わり、親子の関わり、恋愛との関わりに悩みながら自分自身の答えを導き出す。
本当に心理描写がお見事、映画を見たような満足感が読んだ後にはきっとあるはず