- Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
- / ISBN・EAN: 9784098251759
作品紹介・あらすじ
今こそ読まれるべき貴重な「証言集」
関東大震災直後から、流行作家たちは新聞や雑誌に次々と文章を書きました。芥川龍之介、志賀直哉、ほか36名の文豪たちが見て、感じて、書いた「大都市災害」を、国内外で震災と復興・防災についての講演を続ける、著者が考察していきます。著者の石井正己さんは、国文学者・民俗学者であり、東京学芸大学教授です。
「多くの文章は関東大震災の風化とともに埋もれてしまいました。一方で、震災の状況を詳しく知りたいと思っても、もはや生き証人から話を聞くことは難しくなっています。そうしたことを思えば、震災を生き抜いた作家たちの証言はかけがえのない遺産ではないかと思われます」「個別の体験記だからこそ、記録や統計には見られない人間の真情が表れていると言えましょう。」(はじめに、より抜粋)
90年前の体験記は、被災地周辺で親族を亡くされた方々にとって、当時の様子を今に伝える貴重な記録であり、これからの震災にとって学ぶべき教訓も数多くあります。また、著者・石井正己さんの解説で、文豪たちの真情の吐露が、当時の文壇の人間関係や社会状況と関連づけて読めるのは、この本のもうひとつの楽しみです。
【編集担当からのおすすめ情報】
著者の石井正己さんは、この本の取材をする過程で、親族の中に関東大震災時に被災してなくなった人がいたことを知ったそうです。大正時代から東京に住んでいた方の中には、そのような方が多くいらっしゃるに違いありません。
当時の被災状況を知るすべはありません。文豪たちの体験記を1冊にまとめて読むことができるのは、本書がはじめてです。
感想・レビュー・書評
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震災をテーマにした小説を書く前に、読んでおこうと思って購入した一冊。
河竹繁俊の被災体験の部分で「黙阿弥の手稿本を土蔵の中から取り出し、庭の空き地や植え込みの中へ出しました。」の光景がよかった。蔵や家は焼けるし、まったく頼りにならず、地面の下が一番安全という選択肢が、緊急事態の対処として非常にリアル(実際リアルなのだが)だなぁと思った。
また、野上弥生子が東京帝国大学図書館の焼失について触れた「燃える過去」で、「其処に焼けているのは人類の記憶です」と「なに、その廃墟で未来を建設するのだ」という「文化財保存と帝都復興」の対比を扱った戯曲を思い出しているところもよかった。
そんな中、芥川龍之介が漱石の書一軸を風呂敷に包むだけだというのがかっこつけてる。「人慾素より窮まりなしとは云え、存外又あきらめることも容易なるが如し」芥川文のあきれた顔が思い浮かぶ。
それから、宇野浩二の被災記では、震災ユートピアらしきものが書かれている。
宇野は人見知りの性分で、知り合いはほとんどいない。東京の下町とも言える地域で無縁化状態を過ごしていた。
『が、やがて当分家の中に這入れないというので、私たちは思い思いに、茣蓙や布団を担いで近くにある寛永寺の境内に避難した。そこで、私は家の者(母や妻子)に紹介されて、右隣の何某氏、何某夫人、左隣の何某氏、何某夫人と言った風な人々と挨拶を交わした次第である。(略)向うの商人も隣の代議士も、その隣の新聞記者もみなみな長旅の汽車の三等客のように親密になってしまった。この親密さは当然のことで、何の不思議なことではないが、私には何とも言えぬ嬉しい気がした。』
竹久夢二もそうだが、とにかく災害がユートピアの思想に結びつきやすいことについて、この本ではよく触れられている。
国木田独歩の号外でもそうなのだが、大災害と戦争以外に、ユートピアはありえるのだろうかというのが、文学最大の問題なのだろう。
最後に著者は読者へのメッセージとして「被災地に限らず、社会はどんどん行政への依存を深めてきましたが、今はもうそうした体質から抜け出せないほど深く染みついてしまっているように感じます。「自発的な復興」を夢物語にしないためにも、『雪国の春』と『津浪と村』は必読する古典としてあります。」と熱弁しているので、是非読んでみようと思う。 -
関東大震災から90年。その関東大震災とは実際にどうであったのか、という本、ではないのです。関東大震災のときに、実際のそれ以上に、人々がどう考え行動したのか。それを紐解く本。つまり事象そのものよりも、その事象によって起こった脳内の出来事と、そのアウトプットの本。
そして関東大震災は、場所柄文豪の被災が多い。その記録も多い。
蔵書を全て消失する。東京帝国大学の図書館が焼ける。原稿を紛失する。愛人の安否を確かめに行く。
人命が多く失われた震災に、恐縮ではあるがこうした部分の描写に僕は心打たれる。芥川龍之介をして、被災時に持ちだしたのは風呂敷に包んだ漱石の書。そしてその時の言葉。
僕の言葉ではうまく伝わりませんが…。