人情裏長屋 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101134321

感想・レビュー・書評

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  • 2月14日は山本周五郎の命日である(昭和42年没)。かつて少年は、時代小説に目覚めたあと、司馬遼太郎派に行くか、山本周五郎派に行くか別れた。わたしは、山本周五郎派に行った。その時既に吉川英治の八割がたを読んで、歴史物は極めたという慢心があり、それとは全くジャンルの違う世界を読んでみたく思ったと思う。本屋の山本周五郎棚を1/3くらい制覇した頃に、わたしはSFとか、純文学とかに移っていった。けれども、本屋の本棚はそれから数十年「いつでも戻っておいで」とほほえんでいた。

    表題作「人情裏長屋」
    今読むと極めて「定型的な人情話」である。超絶的な剣技を持つ浪人・信兵衛は、長屋の住人を陰ひなたに支えながらも毎日飲んで酔っ払っている。剣はたつが、出世欲はなく、人は頗る良い。道場破りで金だけは必要分だけはある。世話をしていた隣の少女・おぶんは近所の神(かみ)さんに「酒を止めてあげなよ」と言われて「なにか酔わないじゃいられないようなことがあるらしいわ。醒めた時の寂しそうなお顔は堪らないわ」と喝破する。そんなある日、長屋に越してきた侍が乳飲み子を残して出てゆく。信兵衛は、酒断ちをして屋台を引いて赤ん坊を育て始める。

    昭和23年発表。当時はありふれてない、切実な話だったと想像する。当時戦争孤児を近所のよしみで育てているという話は多くあった。血を分けた親か、育ての親か、論争は既に各地で勃発していたろう。そういう時代性とは別に、ふと思い出したようにドラマ化されるのが山本周五郎。「子連れ信兵衛」(2015)としてNHKが3シーズンまでこの短編を基に作ってるらしい。

    「泥棒と殿様」(昭和24年発表)
    家督争いでボロ御殿に軟禁されて餓死寸前まで放置されていた若殿は、忍び込んできた気のいい泥棒と一緒に生活し始める。これこそがホントの生活なのだ、と思い始めた頃に‥‥。
    殆どの価値観が逆転したのが戦後であった。所謂落語によくある殿様と庶民シリーズの少しリアルバージョンではあるが、退屈しないのは、泥棒の悲惨で尚且つ少し可笑しい半生が、政治に翻弄され完全に現実に嫌気がさした若者に、何らかの生きる理由を指し示すからだろう。

    その他9篇が載っている。

  • 表題作をはじめとする「長屋」を舞台にした作品が多く描かれています。
    どれもおもしろかったですが、特に印象に残ったのは『泥棒と若殿』『秋の駕籠』の二篇で、どちらも男同士の友情が爽快に綴られていました。
    最後の『麦藁帽子』も不思議な読み応えで、尾を引くおもしろさです。

  • 短編で読みやすいので、時代ものに慣れていなくても楽しめました。人と人との心の通い合いに、心安らぐ一方で、笑えるものもありました。

  • 昭和前半に書かれた山本周五郎の短編を集めたもの。
    表題『人情裏長屋』は短編の一作品。

    既読感を感じながら読み進んだところ、昨年BSプレミアムで放映された『だれかに話したくなる山本周五郎日替わりドラマ』の原作がいくつか掲載されていた。BSの時代劇はすたれないでほしいなあ。

    人情や長屋という言葉に抱く想いは昔の市井の人々の心温まる…というイメージが多いが、こちらは山本周五郎作品だから、一辺倒ではない。誉め言葉の意味で。

    庶民や浪人の身分である武士はことごとく判官びいきでか弱き善なるものと描かれがちだが、やはり世の中は海千山千。理不尽な生い立ちや出来事、魑魅魍魎が跋扈する。

    それらを善悪を排しながらさらりと描ける山本周五郎が見てきた現実の世界はどんなものだったのであろうか。

    印象的だった表現

    ●P172『泥棒と若殿』
    「おらあ生まれてからこんな気持ちになったなあ初めてだが、おめえを見ているとへんに楽しいような、うれしいような、ーーーこう、なんと云えばいいのか、その、世の中も案外いいもんだっていうような気持ちかな…ふしぎにそんな気持ちがするんだ」

    ●P178『泥棒と若殿』
    「この土地へくるまでにゃずいぶんほうぼう渡り歩いたが、どこにも落ち着く場所はなかった。世間はせちがれえし、にんげんは狭くて不人情で、おらあ小股をすくわれたり陥し穴へつきおとされたり、ひでえめにあいどおしだった、ーーーさすがのおれも業が煮えて、やけっぱちになって、そうして、…ええくそ、そっちがそうならこっちもと思ってーーーだが智恵のねえやつはしょうがねえ、泥棒にへえったのがこの化け物屋敷よ、…まったくところうまく出来てやがる」

    ●P121『人情裏長屋』
    「いや人間の一生には晴れた日も嵐の日もあります、どんなに苦しい悲惨な状態も、そのまま永久に続くということはありません、現在は現在、きりぬけてみれば楽しい昔語りになるでしょう、ま焦らずに悠くり構えるんですね、こんな暮らしの中にもまた味のあるものですよ」

    以上抜粋。

    既読の「さぶ」「青べか物語」「季節のない街」含め、人間のたおやかさも、弱さも醜さも、心音の優しさもすべてひっくるめて様々な人間像を活き活きと描く山本周五郎作品は経験を積んだ大人が読むほどに味わい深くなる気がする。

  • これらの短編は、戦前戦後に書かれていたもの。凄い。

  • 山本周五郎の本をもっと読んでみたいと思わせる小説だと思いました。

  • ちょっと乗り切れなかっなぁ。
    この作家の構成にしては、長文の塊が多い気もしたし。
    まぁあんまり読書に浸れる気分でもない所為でしょうけれども。

  • 人は抗えない人生を持っています
    それはあきらめろということではなく
    卑屈になることなく
    真摯に受け止め精一杯歩けということなのだと思う
    殿様も乞食も人生という時間を授かり
    己を見失うことなく今できることをする日々
    人が存在する以上延々と続くのですね

    山本周五郎はやはり私の師です

  • NHKドラマ’’子連れ信兵衛’’の原案になった人情裏長屋のほかも収録されている短編集。コメディも含まれており出来の良いものから順にあげると’’泥棒と若殿’’、’’おもがけ抄’’、’’雪の上の霜’’、’’麦藁帽子’’、’’秋の駕籠’’。あとは同列で’’ゆうれい貸家’’、’’三年目’’、’’風流化物屋敷’’、’’長屋天一坊’’、’’豹’’。長編と違って短編はぐっと私の感覚にあう作家です。

  • 山本週五郎初読。江戸時代、長屋を舞台に描かれる軽妙な筆致の短編集。しみじみとした人情あり、くすっと笑える話あり。『泥棒と若殿』薦められて読んだのだが、けして交わらぬ立場の二人が共に暮らすうち、心を寄せ合う様が印象に残った。20200508

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著者プロフィール

山本周五郎(やまもと しゅうごろう)=1903年山梨県生まれ。1967年没。本名、清水三十六(しみず さとむ)。小学校卒業後、質店の山本周五郎商店に徒弟として住み込む(筆名はこれに由来)。雑誌記者などを経て、1926年「須磨寺付近」で文壇に登場。庶民の立場から武士の苦衷や市井人の哀感を描いた時代小説、歴史小説などを発表。1943年、『日本婦道記』が上半期の直木賞に推されたが受賞を固辞。『樅ノ木は残った』『赤ひげ診療譚』『青べか物語』など、とくに晩年多くの傑作を発表し、高く評価された。 

解説:新船海三郎(しんふね かいさぶろう)=1947年生まれ。日本民主主義文学会会員、日本文芸家協会会員。著書に『歴史の道程と文学』『史観と文学のあいだ』『作家への飛躍』『藤澤周平 志たかく情あつく』『不同調の音色 安岡章太郎私論』『戦争は殺すことから始まった 日本文学と加害の諸相』『日々是好読』、インタビュー集『わが文学の原風景』など。

「2023年 『山本周五郎 ユーモア小説集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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