真田太平記(三)上田攻め (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (539ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101156361

感想・レビュー・書評

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  • 【読了メモ】面白すぎて電車乗り過ごしそうになる。名胡桃ー

  • 上田合戦、信幸が稲姫と結婚、幸村大阪へ、名胡桃城事件、小田原攻め、伊達政宗小田原へ、鈴木右近出奔、朝鮮出兵近づく。 樋口角兵衛が気持ち悪い。あと稲姫は吉田羊になって困る

  • 第一次上田合戦から秀吉の朝鮮出兵直前まで。

    どうしても真田丸を見てしまうと、
    冷静な源三郎信幸、器の大きい豊臣秀吉、
    律儀な好青年石田三成、貞淑な妻の小松殿など
    人物描写を比較して違和感を感じてしまう。
    40年前はそうだと思われていたのだろうなあ。

  • 2017.1.31
    徳川の攻撃を妙策でかわした真田。
    その後は北条との戦の為、偽の密書で名前を使われたりと、歴史の表舞台にも現れる。
    この頃から、秀吉の幸村と徳川の信幸とに分かれつつある。
    朝鮮出兵がこれから。

  •  家康にとっても、北条氏直にとっても大勢に影響はない。路傍の小石のような上田城、あるいは沼田・名胡桃城。
     彼らの関心は実は秀吉の動向に過ぎない。

     しかし、小国真田にとっては、これらの喪失は半身を削がれるような、あるいは滅亡への道を直走るものだ。
     真田昌幸の武名を一躍挙げた第一次上田合戦の幕が開く。そして、忍びに翻弄された北条氏は落日の鐘を聞く。

     戦い済んで、幸村は秀吉の下へ。一方の信幸は家康配下の息女を正妻に迎える。徐々に道を違えていく兄弟たち…。

  • (3)は第一次上田合戦と北条攻めが描かれる。
    北条攻めの名目になった、北条氏による名胡桃城攻略が、忍びを使った秀吉の謀略だったというのは、秀吉を持ち上げすぎじゃないかな。

  • 徳川の上田攻めを乗り切った真田。上杉のもとから秀吉のもとへと移った信繁。
    秀吉は聚楽第で豪華絢爛な生活を送り、北条攻めへは側室など呼び寄せて、戦をなめてかかっている。
    なぜこれほどまでの権力を財力がありながら、朝鮮や明までも我が物にしたかったのだろうか。
    すんなりと切腹を受け入れた千利休は、秀吉をひややかな目でみていたのかも。
    秀吉はさらに狂気に満ちていく。じつにおそろしい。

  • 徳川の上田攻め

  • 26

  • さすが、池波正太郎である。話の展開のさせ方は素晴らしく、わくわくしながら読み進められる。まさに職人芸である。熟練した物書きの技術に感心させられる。

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著者プロフィール

大正十二(一九二三)年一月二十五日、東京市浅草区聖天町生まれ。昭和十(一九三五)年、下谷区西町小学校卒業、株式仲買店勤務。昭和十四年より三年ほど証券取引所にあった剣道場へ通い、初段を得る。旋盤機械工を経て昭和十九年、横須賀海兵団入団。敗戦の翌年、東京都職員として下谷区役所の衛生課に勤務。昭和二十三年、長谷川伸門下に入る。昭和二十五年、片岡豊子と結婚。昭和二十六年、戯曲「鈍牛」を発表し上演。新国劇の脚本と演出を担当する一方、小説も執筆。昭和三十年、転勤先の目黒税務事務所で都庁職員を辞し、作家業に専念。昭和三十五年、『錯乱』で直木三十五賞受賞。『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』の三大シリーズや『真田太平記』等、数々の小説で人気を博す一方、食や映画、旅に関する著作物も多く上梓した。受賞歴はほか吉川英治文学賞、大谷竹次郎賞、菊池寛賞等。平成二(一九九〇)年五月三日、入院していた東京都千代田区神田和泉町の三井記念病院で死去。小社では同じく単行本未収録のエッセイ集『一升桝の度量』(二〇一一)と初期戯曲集『銀座並木通り』(二〇一三)を刊行している。

「2022年 『人生の滋味 池波正太郎かく語りき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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