深夜特急3ーインド・ネパールー〈文字拡大増補新版〉 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
4.22
  • (122)
  • (107)
  • (46)
  • (3)
  • (3)
本棚登録 : 1635
感想 : 79
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101235301

作品紹介・あらすじ

風に吹かれ、水に流され、偶然に身をゆだねる旅。そうやって〈私〉はマレー半島を経て、やっとインドに辿り着いた。カルカッタでは路上で突然物乞いに足首をつかまれ、ブッダガヤでは最下層の子供たちとの共同生活を体験した。ベナレスでは街中で日々演じられる生と死のドラマを眺め続けた。そんな日々を過ごすうちに、〈私〉は自分の中の何かから一つ、また一つと自由になっていくのだった。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • やっとインドへ辿り着きます
    香港とは比べものにならない程、刺激的なインドの姿に衝撃を受けました
    貧困のすさまじさ、身分制度の過酷さ、生きることの困難さ

    カルカッタでは
    厚顔のインド人、ネズミ達の乱痴気騒ぎ、闇ドル買い、8歳の少女の売春、停電、野生の雄牛、列車の席のとり方、驚くほど根気がよくなった交渉事等、様々な経験や情景に出会います

    ガンジス川は、死と生が常に隣り合わせに存在している情景を象徴的に物語っていました

    そしていつ訪れるかと気になっていた体調不良
    熱病でうなされ、頼る人もいなくてこれからどうなってしまうのでしょう。。。

    次、読まなくっちゃ!

  • 旅のスタイルが毎回違うパターンになっていて面白い笑
    今回は初っ端からいきなり同行者が2人も現れる。そして筆者は1・2に勝るとも劣らない強烈な洗礼を受ける。
    カルカッタ(今はコルカタ)はとにかく塵芥が凄くてマスクを持参しなかったのを後悔した記憶がある。筆者も閉口したのでは?と思っていたら塵芥もハエも何のその。やはりここでも逞しくて、ルピーへの両替シーンを突破した時はどこへ行っても生き延びられる…!って感心した。

    都市部で終わるのかと思いきや自分も行ったブッダガヤにも出向かれていた!(一度訪れた場所が出てくるとやっぱり安心する…)
    穏やかな村、その中で聖域みたいに落ち着く日本寺、夕陽を浴びるネーランジャラー河、無邪気な子供の笑顔、着物の袖みたく両腕に大量の数珠を垂らした数珠売りの少年。それらが筆者と数十年後の自分が見たものとほぼ一緒で感激した!(これぞ真の追体験⁉︎)

    カトマンズ編では何故かですます調に切り替わり、意表をつかれる。インドの喧騒から心穏やかになる土地に足を踏み入れて、口調まで浄められたのか…とか推察している内にまたインドにカムバック。である調にもたちまちカムバックしていた汗(どーでも良いことだろうけど一番気になっている笑)

    前に聞いていた通りインドは「綺麗と汚いが共存している国」なんだな。でもカーストだけはしっかり根付いており人同士をくっきりと分断させている。
    トラベラーが解決できる問題では決してないけれど、どうしても心に焼き付いてしまう。

    その影響か、インドで知り合った人との対談が実現し、カップヌードルで感動した思い出を2人鮮明に覚えているというある種の絆が奇跡のように映った。

  •  インドに行きたいと思った。世界一人口の多い国に一度くらい行かないとだよね。

  • 沢木耕太郎『深夜特急3 インド・ネパール』新潮文庫。

    第3巻。インドのデリーからロンドンまで乗り合いバスでの移動を主題に旅を続ける著者はバンコクからデリーの航空券をカルカッタ行きに変更し、インドの地に降り立つ。

    大昔に読んでいるが、再読してみるとその当時受けた衝撃が甦る。行間から伝わる熱気と熱風。文化や貨幣価値の違いと貧富の差。生と死が常に隣り合わせという現代の日本では考えられない日常。立ち止まっていてはいけないと思いながら、一時の安易に身を委ねる自身の弱さに気付かされる。

    人間は基本独りであり、最後に頼れるのは自分自身なのだが、時に他人に頼ることも必要である。しかし、頼れる他人を判断するのは自分自身である。それを地で行くような、言葉も通じない異国での独り旅。

    強烈なインドでの体験を経て、著者はカトマンズへと向かう。カトマンズで秘密の花園のような至福を味わい、その至福から逃れるようにして、ようやく旅の主題の出発点であるデリーに……

    巻末に本編にも登場した此経啓助との対談『十年の痕に』と『あの旅をめぐるエッセイⅢ』を収録。

    本体価格550円
    ★★★★★

  • 文庫版第2集のインドシナ半島でやや失速した沢木耕太郎の「深夜特急」の旅であるが、この第3集でインド・カルカッタに到着し、活気を取り戻す。私自身は、インドはムンバイに1度だけ、それも出張で豪華なホテルに2泊しただけなので、インドについては、何も知らないのと同じであるが、少しだけ街歩きに案内してもらい、ここが他にはない独特な場所であることを感じたことは覚えている。私自身は、どちらかと言えば苦手な場所だったので、沢木耕太郎がインドで活気を取り戻るのを、不思議に思ったというか、うらやましく思った。
    文庫版は、巻末に対談が掲載されている。第1集で山口文憲、第2集では高倉健。この第3集では、此経啓助さんという方が対談相手になっている。此経さんは、沢木耕太郎が、インドのブッダガヤで会った一般の人であるが、作中で沢木耕太郎が描く人物像、また、実際に対談で話をされている話ぶりが、とても素敵な人である。日本で大学の助手をしておられたのであるが、何かのきっかけで、ブッダガヤに住まれることになり、結局、日本のお母様が体調を崩されたという連絡を受けて帰国するまで7年間、インドにおられた方だ。旅人なのであるが、肩に力の入っていない自然体の素晴らしい方だ。沢木耕太郎の旅行記も勿論面白いのであるが、此経さんの旅行記があれば、是非、読んでみたいと思った。

  • よき

  • インドではガンジス川での死者の弔いを目の当たりにしたり、高熱に何日もうなされたり、ネパールではクスリに溺れた旅人の無責任さに気づく。もはや、旅というより文明がさほど発展していない世界で、人間の根源的な姿を体験する修行のようにも思える。
    東南アジアにはなかった、文明の手の届かない世界と価値観がそこにあるような気がする。

  • そんなおいしい話なぞ簡単に来るものかと、流暢なベンガル語を話す日本人に促されて超一流ホテルのオベロイ・グランドホテルに無料で宿泊するという、冒頭から怪しさもありながら好奇心が刺激される。
    さらに、その男に連れられて売春宿に行くと、おそらく12〜13歳であろう少女達が売られていたが、顔は濃い化粧をしつつも幼さが残るのに、臀部が異様に大きく、全体としてアンバランスで、40代のような身体をしているという衝撃的な場面。
    物乞いの数や、貧困層の暮らしぶりがいかにもインドといったようで、乳の出ない牡牛を宗教的に殺す訳にもいかずあちこちに野良牛がいたり、10歳にも満たない女児も自分の身体を売り歩いたり、列車では荷物棚で横になるのが特等席であり楽だったり。
    根強いカースト制度があり、インドとは旅行者には大変なところだなと思っていたら、ネパールはインドよりも物価が安く、ヒッピーのたまり場である等の話で、行ってみたいなと思ったりした。

    巻末は、"十年の後に"と題した、孤児院で出会った此経啓助さんとの対談。

  • インドに限っては行ってみたいような行きたくないような、でものよ目でその現実を見てみたい。ネパールからはヒマラヤ山脈を眺めてみたい。

    ただ、病気にはなりたくないなぁ

  • 食べ物が口に合わなければ、その旅の楽しさは半減すると思う。そして現地の食べ物の合間に食べたくなる日本の食べ物。著者と此常さんの一杯のカップラーメンに対する思い出。そうなんだ。身体に良くないものが食べたくなる不思議。

全79件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1947年東京生まれ。横浜国立大学卒業。73年『若き実力者たち』で、ルポライターとしてデビュー。79年『テロルの決算』で「大宅壮一ノンフィクション賞」、82年『一瞬の夏』で「新田次郎文学賞」、85年『バーボン・ストリート』で「講談社エッセイ賞」を受賞する。86年から刊行する『深夜特急』3部作では、93年に「JTB紀行文学賞」を受賞する。2000年、初の書き下ろし長編小説『血の味』を刊行し、06年『凍』で「講談社ノンフィクション賞」、14年『キャパの十字架』で「司馬遼太郎賞」、23年『天路の旅人』で「読売文学賞」を受賞する。

沢木耕太郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
リンダ グラット...
三島由紀夫
アンデシュ・ハン...
サン テグジュペ...
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×