神器〈上〉―軍艦「橿原」殺人事件 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (526ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784101284224

作品紹介・あらすじ

太平洋戦争末期、探偵小説好きの石目鋭二上等水兵は、軽巡洋艦「橿原」に乗務を命じられた。「橿原」は過去に怪死事件が相次ぎ、殺害の実行犯がいまも潜むと囁かれている。艦底の内務科5番倉庫では、機密物資を運んでいるという、不穏な噂も絶えない。そんな折、艦内で士官が毒死、乗組員が行方不明になった。やがて次々と生起する怪異なる事象に、石目もまた取りこまれていく。

感想・レビュー・書評

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  • 奥泉さんはきっと太平洋戦争や近現代史を題材にすることで、日本を浮き彫りにしたいという欲望を持っている。いわば大きな物語を見たい、と。
    その点においては、三島、大江、中上、春樹といった系列に連なる。視野や構成が広い。
    が、奥泉さん独特の迂遠さ……ミステリ傾倒、衒学趣味やオカルト趣味、漱石の猫式の饒舌さ……で、欲望を誤魔化したり攪乱したりバラバラに散らかしたりしている。
    この迂遠さが魅力であるが反面、迂遠さに共感できない人にとっては、かったるい、間延びしている、といった感想になるのだろう。
    かつての大きな物語の影響を感じざるを得ない……しかしポストモダンの視点からは、おじさんらのしかめっ面を茶化し脱構築しなければ、再解釈する余地がない……という、端境期なのだ。
    こういう人が太平洋戦争を書けば、こうなる。
    「グランド・ミステリー」「浪漫的な行軍の記録」よりも、全体を把握しづらく、低調で、陰鬱。「東京自叙伝」のプレ的作品ともいえる。

    ポ・モ世代の作家は準拠作品を設定しなければ書くことすら儘ならない(オリジナルはあり得ないから)ものだが、本作ではハーマン・メルヴィル「白鯨」らしい。石目=イシュメイル。未読だが衒学的小説とは聞いている。それにしてもアメリカの古典を下敷きにして太平洋戦争日本を書こうとする、その心意気よ。(三島「英霊の聲」は間違いなかろう)

    ところで、比較的早いうち(27章)から、冒頭で登場の「俺」の視点を離れて、いく。
    視点人物を設定するならば「俺」のほかに、俺、福金、大黒尻、宇津木、永澤、鳴島ら。各章ごとにカメラがぐーっと寄っていき、各々の苦悩や興奮や逡巡が描かれていく。
    かたや、「俺」視点を少し離れて、「俺」をも含む一般だが下っ端だかによる、ふわっとした無人称、も重要。それこそ大江だか中上だかの文脈からして。
    また、視点は変われど時系列はかなりきちっとしているのが、実は本作のリーダビリティに関わっている。
    読みやすく共感しやすいからこそ、戦争が人をいかに悪しき方向へコントロールするか、人がいかに戦争状態に自ら進んで身を置くか、という現代的なテーマにも通じる。
    おそらく21世紀を生きる、チンピラだか半グレだかマイルドヤンキーだかが、いわばタイムスリップし毛抜け鼠として活躍するが、きっと太平洋戦争時≒現代、という作者の把握があるのだろう。
    毛抜け鼠がいてくれたおかげで、ポ・モの私にも読めたのだ。
    確か根木が毛抜け鼠に言う「君は君の戦場を彷徨っているらしい」という台詞は、覚えておきたい。

    またさらに引用するならば、
    「この戦争は負けです。問題は負け方ですよ。次につながる、日本人の精神、魂が保持できる負け方が必要になる」
    「天皇陛下と神器がいま「橿原」にある以上、「橿原」こそが日本である、という想念。逆に言えば国体の中枢を失った日本はもはやただの島だ。腐臭の幻覚」
    「オレたちは、エーちゃんの書いた小説のなかにいるんじゃないか」
    「天岩戸の神話の再現」
    「爆発する性のエネルギーで推進する軍艦」
    「負けた日本なんでものはまがいものだ」福金「それでも……あれは私らの未来なんだと思います
    堪え難きを堪え」の真似をする。死者たちの慟哭。毛抜け鼠「なんか、族の解散式みてえじゃね
    別に贋物でいいじゃん、この際。とにかく贋でもなんでもいいから、生きねえ? 生きてみねえ? オレ、生きて、そんでもって、誰かに会いてえ感じがする。キクタとかケムロンとかセミオでもいいしチョー話がしえみてえ! オレ、ボーダの涙ってやつ? でもボーダって、マジどういう意味?
    などなど。
    それぞれの台詞で、価値観が幾度も顛倒されていく。そうそう、小説ってのはドスト以来、こういう議論や自己改訂を繰り返したきたのだ……と、考えたりもする。

    ちなみに脳内再生……橋川は水木しげる「総員玉砕せよ!」の田所。
    門馬は「魔法陣グルグル」の「爺ファンタジー」。

  • 達者な文章、変幻自在な文体、深遠なテーマ、さすがだなあ・・・とは思うものの、上巻読んでついていけるか心配になった。だけど、時空が歪みだしたあたりから、何故か読むスピードに勢いがついてきたみたいに思う。果てしなく広がるような風呂敷、ちゃんと畳んでくれるんでしょうね・・・と、不安になりつつ下巻へ。

  • 本屋さんで平積みされてた本
    本と目が合う瞬間がある本屋さんは私には絶対に必要だなと思います
    上下巻で上巻を読み終え、上巻は面白かったです
    悲惨な部分をぼかして、「ご想像におまかせします」と言われる方が底なし感があると思うのですが、そこにぷっと笑える要素も組み入れていて、とってもシュールですが面白いです
    深くなった謎がこれから下巻で暗黒色になり、それをどうほぐすのか楽しみです

  • これだけ長くひっぱってひっぱって、意味ありげなものいっぱい出して、なんだなんだと思わせておいて、で、とどのつまりの種明かしがこれ?
    ってのは奥泉さんの小説を読んでいつも思うことなんだけど、この作品はそれがなおいっそう強かったなぁ。。。なんたって上下巻だもんなぁ。費やした時間と、その結末を見たときの満足感が全然つりあってないわ!! まあ今にして思えば途中からすでに破綻は始まっていたのだけれどもね。。。いつもの奥泉節を味わうにはいいけれど、結果を求めてはいけない作品です。
    真の日本人は死に絶えたのか?今の日本は本当に日本といえるのか?テーマが深遠なだけに、無意味な長さと破綻した物語が残念でした。

  • 2011/7/31 Amazonより届く。
    2018/3/31〜4/9

    3年ぶりの奥泉作品。300ページくらいまでは読むのが辛かったが、それ以降はちょっとましに。しかし、長い。下巻は楽しめるのか?

  • 奥泉光の作品には興味がある。面白いし、純文學をはみ出した趣も感じてしまう。芥川賞受賞作品である「石の来歴」こそ読んでいないが、多くの作品に触れた。桑幸シリーズも、ミステリーを髣髴とさせる「吾輩は猫である殺人事件」や「グランドミステリー」等々…。
    この作品も飽きさせることは無いと確信している。

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著者プロフィール

作家、近畿大学教授

「2011年 『私と世界、世界の私』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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