- Amazon.co.jp ・本 (427ページ)
- / ISBN・EAN: 9784102132029
感想・レビュー・書評
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ソ連はウズベク共和国のタシケント市にある、ガン病棟の日常を描く。ショッキングなタイトルに惹かれてこの本を読んだのが中学生の頃だが、その衝撃は今でも忘れられない。
本作はガン病棟という閉鎖空間で繰り広げられる物語であるにも関わらず、ドストエフスキーの小説のように登場人物が非常に多い。
その登場人物も、当時のソ連社会の階級をそれぞれ代表するような人物が占められている。
例えば
・ルサノフ
気の小さく尊大なソ連の小官吏
・コストグロートフ
収容所帰りの流刑囚
・アフマジャン
ウズベク人。チェチメックという蔑称で呼ばれている
・ガンガルト
女医。ドイツ人ぽい名前なのでルサノフに嫌われている
・ヴァジム
党員の地質学者
等々
この小説が興味深いのは、ガン病棟に居る全員が主人公であって主人公でないという点だ。視点は章ごとに入れ替わる。
たとえば、ルサノフから見てコストグロートフは、粗野で横暴な反革命分子で、ヴァジムは真面目な好青年である。しかしコストグロートフから見れば、ルサノフは権力者の犬で自己中心的な馬鹿者で、ヴァジムも間違った理想に囚われている頑固者なのである。
この点で、一人称視点や神からの視点で書かれていることの多い日本の小説とはその特質を異にする。しかも錯綜した思想がどこかに収斂することはない。いつまでもルサノフとコストグロートフの思想は平行線のままだ。
この小説はさまざまな要素が絡み合って成立している。
・医療ドラマ
万能だと思われていた放射線が後々重大な障害を引き起こすということが判明した。放射線科の医師たちの間の葛藤
・淡い恋愛
コストグロートフとヴェガ、ゾーヤの緩い三角関係
・時代小説
雪解け期のソ連、動揺するルサノフと期待するコストグロートフの対比
また、ガン病棟が強制収容所(グラーグ)の比喩であるという見方もある。スターリン時代、多くの人々が無実の罪でグラーグへ送られた。ガンも無差別に人々に喰らい付き、ガン病棟に閉じ込めてしまう。この解釈は一理あると私も思う。
しかし、この小説を単に反体制小説として片付けようとする論法にはいささか問題があると思う。なぜなら先ほど述べたように、この小説は登場人物それぞれの視点から描かれているからである。もし純粋な反体制小説であれば、コストグロートフから見たルサノフに代表されるソビエト当局の矛盾だけを暴けば良いはずだ。しかし、この小説ではルサノフ視点からの事情も詳しく述べられている。ルサノフはあくまで仕事に忠実な小心者として、期待されている仕事を遂行したまでであり、それというのも社会主義革命の成功のためである。だからこの小説は反体制というよりも、もっと中立に書かれていると言って良いのではないだろうか。もし仮にこの主張が弱かったとしても、この素晴らしい作品を反体制のひとことで片付けるのはあまりにも惜しい気がしてならない。
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文学
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ロシア語の日本語訳、しかも年代が古いこともあって物凄く読みにくい。そしてカタカナの慣れない長い名前がの上に主人公も定まっていない為、登場人物を覚えにくい。その上何てったって話が暗い。笑
何度もくじけそうになりながらも、それでも頑張って読んだ時に考えさせられることは多いなーと。上巻で特に感じたのは政治的な、そして病院や収容所の仕組み的な欠陥のせいで、絶望的な状況に陥ってる人間が物凄くリアルに書かれてた点。「システムだから」と当事者一人ではどうしようもできない、こういった状況って別に過去のことではなく。
今だって裁判所とか、刑務所とか、職を失った時とか、海外の国境でトラブった時とか、弱い立場に落ちた時の「システム的にどうしようもできないトラップ」は色んなところに存在してる。そんなことを考えると物凄く怖いなーと素直に思った。 -
(1971.11.07読了)(1971.10.06購入)
*解説目録より*
スターリンの死、ベリヤ銃殺、第二十回共産党大会……雪どけ状況へ移り動いてゆくソヴェト社会を背景に、タシケント市の総合病院ガン病棟で、さまざまの階層を代表する患者たちがガンとその治療という宿命のもとで輾転反側する普遍的な人間像をとらえた、現代ソヴェト文学の世界で最も成功したリアリズム小説。
☆関連図書(既読)
「イワン・デニーソヴィチの一日」ソルジェニーツィン著・木村浩訳、新潮文庫、1963.03.18