逸見小学校

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (152ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103106135

作品紹介・あらすじ

終戦の年の春、五つの海軍部隊が、赴任地に配備される前に横須賀の逸見小学校に集まり、日々を共にした。高角砲隊の隊長・千野もその中の一人だった-。戦時に訪れた静かな時間の中に解き放たれた兵士たちの、一ヶ月のドラマ。

感想・レビュー・書評

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  • まだ「夕べの雲」しか読んだことがない作家。2冊目でいきなりデビュー前の未発表稿に進むのもどうかと思うが、せっかく図書館で新しい本を見つけたので借りてみた。

    小説家としてのスタイルはこの時点で既に出来上がっている感じだ。太平洋戦争末期に横須賀で配備を待つ予備士官たちの日常を淡々と描く。戦地ではないが、もちろん戦争の影が色濃い。

    こういう精神状況をくぐった世代と、そうでない世代では、考え方にどんな違いが出るものかと漫然と考えた。

    ラストの許婚を訪ねる一幕は、雰囲気がすこし「楡家の人々」のラストを思わせた(こっちの方が書かれたのは早いのだが)。

  • 逸見は「へみ」と読む。逸見とは横須賀にある街の一つで、京急の逸見駅というのがある。京急沿線の金沢文庫で育ち、最寄りの都会は横浜より横須賀だった妻にとっては、「普通しか止まらない、何の変哲もないところ」である。

    逸見小学校と言っても、この作品で描かれている逸見小学校は生徒が全員疎開した後の逸見国民学校であり、出てくるのは兵隊ばかりである。海軍の高射砲部隊が、配属前に息抜きするような兵舎として、逸見国民学校が使われていたことを描いた作品だ。庄野潤三自身が少尉としてこの逸見国民学校で過ごした日々を下敷きに創作された小説である。

    私は今まで、あんまり戦争小説を読んだことが無い。例えば大岡昇平の「俘虜記」などを、国語の教科書で断片的に読んだことがあるが、私にとって戦争小説というのはこの全部読んでいないにもかかわらず「俘虜記」であり、それは厳しい内容のものだった。

    庄野潤三の「逸見小学校」は、俘虜記のような厳しさは無かった。庄野潤三自身、戦場に赴く前に戦争自体が終わったため、戦場を経験していないそうだし、この「逸見小学校」自体、戦場の話では全然無い。

    庄野がこの作中で書いているとおり、本作品の状況は、

    先に来た部隊から、こゝでの訓練の方針といふものは、出撃までの約一ヶ月の間に出来るだけ兵隊をのんびりさせてやつて、十分に英気を養ひ、心身ともに力を充溢させると云ふ点にあつたやうである。

    と言う、一見すると戦時を思わせる感じがしないものである。

    庄野潤三の「逸見小学校」が掲載されることは、新聞の広告等でも出ていたのだが、そこには、戦時とは思えないほんわかした内容、的な説明がされていた。さらに、鷺只雄(1936年生まれ)と言う人が書いた解説のようなものにも、何となくそんな感じで書かれている。

    そんな訳で私もそのような期待をしながら読んだのであるが、戦争時代を知らない私にとっては、この小説はやっぱり戦争小説だった。

    確かに、「俘虜記」のように、水牛の飲んでいた黒く濁った水を飲み、舌に針が刺さったような苦みに耐えかねて水を吐き出すと言った、厳しい場面は全く無い。ウイスキーをしこたま飲んで、二日酔いで隊長が出発を遅らすなどと言う緊張感の無い描写がなされているなど、今まで厳しい戦時ものを見てきた私にも意外な場面はあった。

    それでも、豊かで恵まれた時代を過ごして来た私には、考えられないような暗い描写が多くあったし、そもそも底流が暗い。

    上述鷺只雄と言う人は、戦前生まれで、小学校の時に終戦を迎え、厳しい戦後に成長した人である。そんな人にとって、この「逸見小学校」は、戦争中でも精神的に余裕のある生活を出来た一面があったと言う感じを抱いたのだろうか。

    だが、社会的に何不自由ない「先進国」で育った私には、この「逸見小学校」で描かれた情景は、どこを切っても我々の時代では有り得ない苦労と悲しみに満ちているように感じられた。

  • 庄野潤三死後の未発表作品。自身の軍隊生活を省みての作品と思われる。途中、原稿が3枚ほど見つからず、原稿1枚無しとう悲しい記述だった。

  • 続きが読みたくなる本です。悪く言えば消化不良です。戦時中の物語としては緊迫感が伝わって来ないため、平常心を保ったままスラスラ読めます。

  • この本はどうしても、「本屋」で、「現金」で手に入れたかった。
    時間はかかったが、ようやく読了。

    舞台は終戦間近の日本。
    五つの部隊が、それぞれの任地に赴く前に、
    逸見小学校で一ヵ月間過ごし、語り合った記録。
    実際にあったかどうかはともかく、書かれている内容は、体温のある、温かい人間の話。
    それと同時に、文章に張りや冷静さも感じた。

    庄野 潤三のファンとして、基礎に流れている部分を感じる事が出来たので良かった。

  • 意外とのんびりは作者ならではの筆致のためか

  • デビュー前の原稿なので若書きではある(前半ほとんど名前だけの人物が何人か)。でも後の作品に見られる、暖かくて強い光で胸の中がいっぱいになるような文章が読めてうれしかった。こんなふうに清潔感のある軍隊物を書いた庄野さんの、何を書き、書かないかを厳しく律する姿勢は昔から変わらなかったのだということがよくわかる。

  • 2009年に亡くなった庄野さんの未発表小説原稿が見つかったという話は、今年に入ってから新聞の記事で知ったのだろうか。

    その原稿が、新潮社の人々の手によって今回校正されて出版された。1949年(昭和24年)1月21日と完成の日付が書かれた原稿は、昭和24年の「新文学」誌上での文壇デビューより前の完成作品と言うことになる。
    第三の新人としてもてはやされ、「プールサイド小景」で芥川賞を受賞する6年ほど前のことだ。

    内容は、戦争末期に編成された緊急戦備部隊の隊長として任官した一海軍少尉・千野の目を通して描かれる、前線への転進前の部隊の滞在先・逸見小学校での意外に伸びやかな約一カ月の日々だ。

    個性的な部隊の面々のスケッチ的な描写、そして千野のひそかなロマンスなど、短い小説ながらその後の庄野作品の萌芽が見える気がする。

    時代考証的な若干の錯誤や、登場人物の呼称の後先での違いなど、ささいな手直し部分はあるものの、軍隊を描いていて軍隊らしくないところなど、まさしく庄野風というべきだろう。

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著者プロフィール

(しょうの・じゅんぞう)
1921年(大正10)大阪府生まれ。九州大学東洋史学科卒業。1955年(昭和30)『プールサイド小景』により芥川賞受賞。61年(昭和36)『静物』により新潮社文学賞受賞。65年(昭和40)『夕べの雲』により読売文学賞受賞。日本芸術院会員。2009年歿。

「2022年 『小沼丹 小さな手袋/珈琲挽き【新装版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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