- Amazon.co.jp ・本 (253ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103254218
作品紹介・あらすじ
小学3年生の健は、初めて飛行機に乗り御巣鷹山に消えた。頭にやきついて離れない凄惨な現場、日航との補償交渉、理不尽な事故調査…。遺族たちにとって"あの事故"は何だったのか。遺族会である「8・12連絡会」の事務局長がこれまでの歩みを克明に振り返る。
感想・レビュー・書評
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今年で日航機の墜落事故から30年。
あの衝撃は今でも忘れることができない。
本書は、一人旅の小学生の息子をこの事故で亡くし、その後遺族会を取りまとめ、今も安全を願って活動している女性の手記である。
事故後の遺族会立ち上げから真相究明への活動、日航との交渉やいろいろな人との情報交換など、著者の奔走ぶりにはひたすら頭が下がる。
ただ、そのひたむきな活動より何より、一番自分の胸に刺さったのは、著者が「親より先に死ぬことは親不孝ではない」と語ったことだ。ここまでの境地にたどり着くのに、一体どれほど苦しんでこられたのだろうか。私などでは到底想像し得ないだろう長い長い道のりを思うと、言葉がない。
もう二度とこんな惨事が起こらないよう、祈るばかりだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この本はひとりの遺族の記録だけど、同時に後ろにある数千の遺族の語られない物語も背負っている。
適切な表現かは分からないけど、「悲しみと生きる」ということの教科書のような本に思える。
悲しみ方は人それぞれにしても、「悲しみを乗り越える」なんてことが成り立たないような、悲しみも自分の一部になってしまうような出来事だった場合、どのように生きていけばいいか。何を考えるのか。
涙が止まりませんでした。 -
『#御巣鷹山と生きる』
ほぼ日書評 Day486
2010年刊。墜落事故から25年経っても続く、遺族たちの戦い。
事故発生当初、勝手に写真を撮られ、マイクを突き出され...、そんな中、遺族がいちばん聞かれたくないことは
「補償はどれくらい? 交渉はもう終わったのか?」
「今のお気持ちは?」
「遺体はどんな様子だったのか?」
心の傷はなかなか癒えぬ中、記憶の風化が進む。
事故を起こした日航はともかく、マスコミがひどい。
10年たったあたりからは、マスコミ取材を受けると「どなたが亡くなられたのですか?」。
名前や遺族との関係も調べずに取材申込みをしてくる。記者教育を遺族がしなければいけないのか。
ひどい話である。
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この本を読んで、美谷島さんが心の病を支援していることを知れました
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1985年8月12日に、日本航空123便が離陸12分後から32分間の迷走飛行の末、群馬県多野郡上野村の山中に墜落した。
その後、遺族は「8.12連絡会」を発足。
・遺族相互で励ましあい、助け合い、一緒に霊を慰めていくこと。
・事故原因の究明を促進させ、今後の公共輸送機関の安全性を追求していくこと。
・独自の主体性を守り、政治・宗教・組合等の団体に属しない。利益を追求することや会として補償交渉の窓口になることはしない。
事故直後の捜索から遺体確認の様子。事故調査委員会では蚊帳の外に置かれたり、刑事告訴も取り下げられ、「何があったのか」を遺族が知る機会がほとんどなかったこと。心無い報道などの二次被害に苦しんだこと。
遺族の心の叫びが詰まっている。 -
2018.08.16 「日本航空123便墜落事故(1985年8月12日)」の記事でリンク
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この事故をきっかけに、安全に対してのシステムや遺体確認の方法など、自分たちも関わるかもしれない(気づかないうちに助けられていたのかもしれない)事の基礎が作られ始めたと、改めて。そして連絡会を作られた著者様の、母は強しの行動力に圧倒です。
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日航機墜落事故については本も、ネットでのまとめサイトも色々ありますが、遺族会(補償交渉団体ではなく)の心のケア、遺族の結びつき、安全への提言・運動と言うのが、程よい距離感と共感を感じさせる本でした。興味本位とも言える事故原因追求や陰謀説、悲惨な惨状(確かにそれはそうなのですが)を書きたてるのではない。等身大の哀しみや、その感情と共に生きることについて考えさせられました。