- Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103368540
作品紹介・あらすじ
描きたいんだよ、おれが見てきた江戸の青空を――。〈青の浮世絵師〉歌川広重が謳歌した遅咲き人生! 美人画は「色気がない」、役者絵は「似ていない」と酷評されてばかりの歌川広重。鳴かず飛ばずの貧乏暮らしのなか、舶来の高価な顔料「ベロ藍」の、深く澄み切った色味を目にした広重は、この青でしか描けない画があると一念発起する。葛飾北斎、歌川国貞が人気を博した時代に、日本の美を発見した名所絵で一世を風靡し、遠くゴッホをも魅了した絵師の、比類なき半生を描く傑作長編。
感想・レビュー・書評
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後に海外で「ヒロシゲブルー」と呼ばれるベロ藍(プルシアンブルー)と出会うまでの話かと思ったら、歌川広重の遅咲き人生を描いた話だった。
当時名所絵は美人画・役者絵などと比べると格下に位置付けられていて画料も低かったらしい。
版元たちに言わせれば『そこにあるものを描けばいい』かららしいが、それだけならこれほど大当たりはしない。彼の名所絵は『郷愁』や『情感』を与える、他にはない絵だった。
だがそこにたどり着くまでの道のりは長かった。『東海道五拾三次』という大ヒット作を出すまで二十年以上掛かっていたとは知らなかった。
火消同心の家に生まれ13歳で家督を継いだが、折り合いの悪い祖父に反発し絵師になろうと決意。売れっ子絵師となって堂々家を出ようという目論見はなかなか叶わない。同じ歌川派の国貞や国芳が売れていく一方で、美人画も役者絵も当たらない広重は腹立ちまぎれに絵は内職だと言って版元を怒らせている。
この版元〈栄林堂〉の喜三郎が素敵な人だった。一番苦しい時期に喜三郎だけが広重に仕事をくれ、厳しいながらもアドバイスをしてくれた。広重の師匠・歌川豊広が死に際に絵を託したのも分かる。
喜三郎のおかげで広重は名所絵を描くことにし、一気に売れっ子絵師になった。だが広重が売れると喜三郎は全く顔を見せない。
何と潔い人なのか。私ならあの広重に名所絵を描けとアドバイスしたのは私だよと大いに喧伝し商売に利用するだろうに。
素敵な人と言えばもう一人、最初の妻・加代もまさに糟糠の妻だった。火消同心のわずかな禄でやりくりする貧乏暮らし。なのに広重は料理屋だ書画会だ、旅だと気ままに金を使う。嫁入り道具のほとんどを質入れし、旧知の火消与力・岡島にも無心するが広重には内緒にしてくれと頼む。
これは『ボタニカ』の牧野富太郎と同じパターンか…と心配になったが、幸い広重は加代一筋だし売れてからは質入れしたものを請け出したし大いに感謝していた。
絵の仕事に口は出さないが、夫・広重がなぜ美人画や役者絵が苦手なのか、亡き師匠・豊広が何を広重に伝えようとしたのかを正確に理解した人だった。
北斎や国貞との絵に対する考え方の違い、絵師とは何ぞやという答えの違いも面白い。同じ風景でも描く人が違えば全く違う絵になる。
広重と国貞(三代目豊国)がタッグを組んだ作品があったとは知らなかった。国貞が気さくで良い人だったのが意外(失礼)。
北斎の家を覗いて余りの汚さにゾッとするシーンが面白い。広重はどれだけ貧乏していようと朝湯を欠かさないほどきれい好きだし、絵筆一本位置が変わっても気付くというほど几帳面な人だった。
東海道、甲州、京都など全国各地の名所絵を手掛けた広重だが、彼が真に描きたいのは江戸だった。
長年火消同心として江戸の火事と闘ってきた彼は、何度も江戸が焼け落ちた様を見てきた。安政年間には大地震や大水害もあって再び江戸は無残な姿になった。
彼が他の仕事を後回しにしてまで『名所江戸百景』に拘ったのは『おれたちの江戸はこうだったんだという姿』を残したかったからだった。
その裏には寛治という素晴らしい技術を持った摺師がいたことも忘れてはいけない。広重が表現したい江戸の空をぼかしという技術で表現してくれた。
また労咳で死期が近い最初の弟子・重昌(昌吉)のために、後々まで残る肉筆画の仕事を手伝わせるなど弟子思いのところも見せてくれた。そのきっかけをくれたのがまたまた喜三郎。
最後はしんみりではなくカラッと、きれい好きな広重らしい締め方だったのも良かった。
絵師専門となっても火事が起これば火消同心魂が燃え上がる。鳥の群れの動きで風の変化を読むなんて、時代は違うが今村祥吾さんのぼろ鳶・松永源吾に聞かせたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
本当は刊行月の5月みたいな季節に読むのが一番でしょうけど、さっぱりしたい時って年中ありますよねー…(苦笑い)
というわけで今回服用する清涼剤は(苦笑い2回目)、去年より狙っていた『広重ぶるう』に決めました!ところどころ江戸っ子言葉に染まっていますがご容赦くださいまし笑
師匠歌川豊広より「広重」の名を貰ってから19年、安藤重右衛門は鳴かず飛ばずの絵師としてカツカツの生活を送っていた。
30代半ばだってのに喧嘩っ早く、自分の画に奢ったりしていて子供じみている。おまけに大の酒好き。江戸っ子を絵に描いたような御仁であるが誰よりも情に厚く、女房一筋とポイントが高いところもちゃんとあったりする笑
日本史の授業で習うような江戸美術の作品には見覚えがあっても、絵師たちの生涯や人物像は把握できていなかった。
本書の歌川一門の絵師ほか葛飾北斎も多少脚色されてはいるんだろうけど、彼らの人物像とその作品の持つカラーを上手くリンクできていたと思う。
広重こと重右衛門も、ご実家が火消し同心で父親の急逝により13歳で家督を継いだ。豊広に付いて絵師に転身して以降も、仕事を紹介したりと懇意にしてくれる版元は岩戸屋の喜三郎だけというかなりの苦労人だ。
しかし一応武家の出であることから何だかんだで辛抱強く、絵師としての夢も諦めていない。何よりも、自身の生まれ育った江戸を心から愛している。
「銭を稼ぐための画と描きたい画が一致するのは難しい」と本編で言われているように、描きたくない絵も描いてきた。
そのように幾多の壁を乗り越えてきた底力、そして彼を慕う人々の支えがあったから『五十三次』や『百景』と、あれだけの量の作品が生み出された。彼の絵を愛したゴッホやモネはその辺のバックグラウンドも知りたかったのではなかろうか。
タイトルにある「ぶるう」とは「ぷるしあんぶるう」という舶来の顔料のことを指す。
濃淡をつけやすいこの驚異的な藍色との出会いよりも、人々との出会いや別れ、つまり群像劇の方に意識をフォーカスしてしまった。(情けないことに「ぶるう」についてはたまに思い出す程度…)
個人的には弟子の昌吉との関係性が一番グッと来たかなー…。『深川洲崎十万坪』が広重作品の中でも結構好きなのだが、その誕生秘話が…もう…(嗚咽) 「描く者が眼差しを向けたものすべてが画になる」という広重の教えがこんな形で投影されるなんて、心苦しいったらありゃしない(;;)
幻景を描く絵師もいる中で、広重は自分の目で見た風景を目に焼き付け写真のごとく絵に残している。
「心のフィルムにだけ残しておけばいい風景が時にはある」
これは写真家 星野道夫氏の言葉だが、広重は心の風景を余すことなく紙の上に落とした。対象を旅景色から江戸の風景にシフトチェンジした理由も是非チェックしていただきたい。
さっぱりするはずが、じんわり来ちまった。 -
絵がなかなか売れず、貧乏暮らしの安藤重右衛門。
ある出会いから、一世を風靡することとなる、歌川広重を描く。
色鮮やかで、水に溶けやすく、ぼかしが活きる、舶来の色。
ベロ藍に新しい可能性を見つけたり、格下とされる名所絵と向き合ったり。
絵と向き合い、人の心を動かす作品を生み出していくさまは、引き込まれる。
火消同心として、絵師として、彼の愛した江戸の風景を見たくなる。
前半の重右衛門のふるまいには、共感しづらかった。
弟子たちを大切にする姿や、版元たちとのやりとりなど、後半はよかった。 -
面白かった。天才肌の北斎、若冲とは違って脱サラの普通の人となんとなく思っていたが…江戸時代の絵描きはみんな面白い。「眩」で北斎ブルーは知っていたが「広重ぶるう」もあったんだ。表紙見ても確かに「ベロ藍」だ。「画というのは絵師が筆になにを込め、どう描くかーその筆の勢い、筆意が大切なんだ。ただ上手いだけでは意味がない」それにしても江戸モノ書く作家は、まるで同じ時代生きて、観たように書けるものだ。感服。宮崎あおい出演でドラマにしてほしいな。「星落ちて…」が直木賞なら、こちらも。
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装画の「名所江戸百景 水道橋駿河台」の河を撫でながら、
「よ!定火消同心の心意気!あっぱれ!」と
心のなかで叫びました。
地震で壊れた江戸を眼に焼き付けちゃいけないからだ。江戸の町がどれだけ華やかで賑やかで、彩りにあふれていたか、思い出させるためだ。
今まで見てきた江戸がそこにある。辛い思いも悲しい思いもそっとやわらげる清浄な藍に心をいやされる。辛苦に俯いていた人々は顔を上げ、空を見上げた。
人々は変わらぬ青い空を思い出し、安堵し、取り戻す力へと変えた。
絵師や摺師、版元ら江戸っ子達の口の悪さと
べらんべーが、楽しかったです。
地震、豪雨、病、何度も何度も、繰り返される災難。
そのたびに生き延びてくれた、ご先祖様たち
未来の人達の為に、生きねば!
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周りの人が,みんないい人!
冒頭の喜三郎も,厳しいけど,広重のことを考えているのがわかるし,2人の妻もタイプは違うけど,それぞれに広重思い.
それに3代豊国!最初からすごい威圧感で,いやな奴かと思いきや,ナント「わ印」の描き方指南までしてくれるなんて...
それだけご本人が好かれていた,ということでしょうか.
「ヨイ豊」の主人公清太郎も時々顔出し.堅物すぎて、豊国の大名跡を継げるのか,広重に心配されている^^;
鎮平と寅吉,広重の後継(と養女の辰)を巡って,色々とある仲だよね. -
「青の浮世絵師」歌川広重の物語。つい先日「新田次郎文学賞」を受賞したばかりの話題作である。
私は浮世絵にはまったくの門外漢だが、一ノ関圭さんの『茶箱広重』は大好きなマンガなので、本作も面白く読んだ。もっとも、『茶箱広重』は二代広重の物語だけど。
芸術家を主人公にした小説にありがちな“天才ストーリー”ではなく、努力した凡才の物語である点にシンパシーを覚える。あと、全編に飛び交う江戸言葉が伝法で小気味よい。 -
江戸時代の町絵師の話はいくつか読んだが、支える周りの人は大変そう。
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面白かった。
広重さん憎めない。
加代さん健気すぎる。