セラピスト

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (345ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104598038

感想・レビュー・書評

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  •  最相葉月節全開。
     この人は、ルポライターやジャーナリストなのではなく、伝記作家なのだと思う。

    「絶対音感」を読んだ時、絶対音感という概念を追うルポかと思っていたら、何故か話が流れ流れて最後に五嶋みどり苦労物語にオチるという展開に絶句した。つまらない、というのではない。途中の文章、特に人と人が関わる場面の描写は鮮やかで、面前でその会話がなされているような雰囲気がある。しかしその文章の妙は、抽象的な論理や、問題の体系的整理、著者なりの結論の組み立てといったものには全く結びつかない。
     ルポルタージュには、もちろん客観性が不可欠だが、それと同じくらい、客観性と峻別された「著者の主観」、すなわち著者なりにとらえた視点や全体像や結論というのが必要である。しかし、最相葉月のルポにはそれがない。
     つるつると綺麗な文章で素晴らしい人間模様を描いた末に、「で、結局あなたの意見は何だったの?」という問いにはよくわからない曖昧な一般論らしきものでうやむやに答えて終わる。というより、答えない。
     最相葉月の文章は、抽象的な「問題」を描かない。「ある人間」にまつわる様々な出来事を、様々な人の視点から描写する。それはルポではない。だが伝記ならば素晴らしい特質である。恐らく「星新一」が成功したのはそのためだ。彼女は基本的に、「人間」を描くのが得意なのであって、「概念」「社会問題」のような大きなくくりを捉えるのは非常に苦手なのだろう。
     にも関わらず、彼女は頑なに、「個々の人間を越えた問題」を扱いたがるのだが。

     という訳で、今回のこの著作も、決して「セラピストという職業の本質に迫るルポ」ではない。それは料理を載せるための皿のようなものであって、この著作の実質は「河合隼雄と中井久夫を始めとした、偉大な精神医療従事者の言動録」である。
     そうあらかじめ承知したうえで読めば、興奮の連続である。特に、中井久夫のような決して「患者を売らない」、自らの治療記録を一般にさらすことのない精神科医の”治療的会話”に、精神医療従事者(あるいは患者)ではない者が接触できる機会はほとんどない。それを活字とはいえ知ることができるだけでも、この作品には価値がある。
     だが、精神医療にまつわる様々な問題についての触れ方は非常に散漫なので、帯の惹句に躍る「心の病いは、どのように治るのか」「心の治療のあり方」といったテーマ、それも最相葉月なりの結論を求める真正直な読者にとっては、肩透かしどころではないだろう。もっとも、河合隼雄や中井久夫の断片的な「治療的箴言」に触れられるのなら、それで十分なような気もするのだが。

     本書の最終盤で述べられる、最相葉月自身の精神疾患については、率直に言えばそれほど意外な驚きはない。
     特定の人間の心理をひたすら熱意ある筆致で追っているのに、外面的には頑ななまでに「抽象的なテーマ」を掲げたがり、自分なりの視点や問題意識を明確に表出せず、一般論にからめて曖昧に出していく著作の傾向をみれば、著者が人間の心、とりわけ自分の心というものに、一筋縄ではいかない何かを抱えていることは、何となく感じられるからである。
    (森達也のような、自らの感情や視点、意識の彷徨を、客観性を確保しつつも正面から描こうとするタイプの著者と比べれば、わかりやすいだろう)
     なので、最後の祈りのような告白がなくとも、彼女が自己治療のために本書を著したことは明白である。それを自明的に書いたことは、確かにひとつの挑戦だったに違いない。
     それを経てもなお、彼女は結局、ルポルタージュではなく言行録をものした訳だけれど。

  • 河合隼雄の箱庭療法、中井久夫の風景構成法、こういうのはもはやDSMやCBTの下にノスタルジーとともに語られるのみの遺物となってしまったのだろうか? 否、そういう風潮が軽症精神疾患の増殖を招来しているのではないか?
    歴史に問いかけけてみる試みは、この世界でもおろそかにされてはならない。

  • 最相さんのルポが好き。絶対音感も、星新一も素晴らしかった。この本も素晴らしいけど、他とはちょっと違うな、と思いながら読み進め、最後で納得。もっと人が生きやすい社会になったらいいよね…。

  • 「絶対音感」「星新一」で有名なノンフィクション作家、最相葉月
    その視点とこだわりの取材に圧倒された。

    帯には河合隼雄、中井久夫という、最近私が関心を持っている臨床心理の大家お二人の名前がある。これは絶対面白いに違いない、ぜひとも読まねばということで、衝動買いした。

    文献を読み込む、関係者にインタビューする・・・だけではなく、なんと臨床心理の大学院に入学してしまう。

    フロイト、ユングをはじめとした欧米の心理学を如何に日本に持ち込んだかという考察があるが、中心は河合隼雄の箱庭療法、中井久夫の風景構成法である。

    ただ黙って聞く、寄り添う・・・これがもっとも大事。

    色々な厳しい症例、これが箱庭療法、風景構成法によって、どのようになっていくか。その時のクライエントとセラピストは・・・具体的な事例が迫ってくる。

    中井久夫とは最初インタビュアーとして向かい、次に風景構成法によるカウセリングのクライエントとして接し、さらに驚くことに何とセラピストとしてクライエント中井に対して風景構成法を行うのである。

    そのなかで著者は「いまだかって経験したことのない内容の濃い時間」を感じる。

    最後に著者は告白する。
    この本を書き上げる最後の段階で、精神科医を受診し「双極性障害II型」と診断された。ここではじめて自分の問題と向き合ったことになる。

    単なる書き物ではない、自分自身をかけた本物を見たと思ったのである。

  • 心の病は、どのように治るのか。膨大な取材と証言を通して、心の治療のあり方に挑むノンフィクション。故河合隼雄の箱庭療法の意義を問い、精神科医の中井久夫と対話を重ね、セラピストとは何かを探る。

    読み進めるのに苦労した。

    箱庭療法など一度経験してみたい。

  • 自分を知ること、苦悩を知ることがいかに困難か。著者も含めそこに向かい、働き続ける人がいる重み。時代と社会をあぶり出す視座もすごいが、沈黙を護る意義を示したことが大きい。

    ・中井:言葉はどうしても建前に傾きやすい。善悪とか正誤とか因果関係の是非を問おうとする。絵は因果から解放してくれる。メタファー、比喩が使える。
    ・山中:カウンセリングでの話の内容や筋は、実際は治療や治癒には余り関係がない。それよりも無関係な言葉と言葉の間とか、沈黙にどう答えるとか、イントネーションやスピードが大事。
    ・村瀬:精神的に追い詰められている人々は、健常者よりずっと鋭い眼力を持つ。
    ・普通ならば、大丈夫ですか、といわれるところ、お気を付けて、と声をかけられた。主語がYOUであるかどうか。
    ・絵は防衛手段。自ら絵を描きたいという患者はうまいと褒められる事への期待があった。
    ・心理臨床の営みの目的は悩みを取り去ることではなく、悩みを悩むこと。
    ・山中:言語化せずとも癒されることがある
    ・山中:言葉は無理矢理引き出したり、訓練したりする必要はなくて、それ以前のものが満たされたら自然にほとばしり出ていく。
    ・中井:先生は子どもの秘密を知りたがる。しかし、秘密を尊重するところから始める。
    ・因果律のないものをかたるのがいい。因果関係を作るのはフィクション、妄想。妄想は統合失調症の専売特許ではなく、自分との折り合いの悪い人に起こりやすい。
    ・構成がうまくできることは、ちゃんとご飯を食べる、寝るにつながる。構成法は日常をつなぐ部分を見る。
    ・受診拒否、言葉を発する恐怖、罰が当たると思う、緘黙も色々
    ・アセスメントは自分でやった方がエンパワーされる。
    ・物語を紡ぐということは、一次元の言葉の配列によって、二次元以上の絨毯をおる能力。無理もある。
    ・ストレスがあると緊張は高まって、しんどいということはわかる。だけど葛藤がなんなのかわからない。主体的に悩めない。
    ・よくしゃべるクライエントは、よくなってくると黙る。そんな人がキャンセルするようになる。ポジティブな意味もある。
    ・発達障害は社会の第三次産業化に応じて、可視化されてきた。
    ・人間の心には必ず二つの側面がある。良くなりたい、けど変わりたくない。
    ・深いところってどういうところかと突き詰めていくと、なかなか…。宗教はみなそうですが、籠もったり、沈黙したりとさまざまな方法をもっている。そこには表面を断つ、という意味がある。
    ・双極性障害は「気分屋的生き方をすると気分が安定する」(神田橋條治)

  • とても丁寧に取材し、書かれた本だということは、読んでいてよくわかる。ただ、どうもモヤモヤしたものが残る。
    一番の疑問は、最後になって自身の病気について語り始めること。もちろん、著者自身が病気に苦しむ立場であればこその視点というものには、大いに意味があると思う。ただしそれを明らかにせず、あくまで部外者としての視点から書いているように読者に思わせておきながら、最後に「実は…」というのは、ちょっと納得ができなかった。
    内容的にも、何をテーマとしてどこを掘り下げようとしているのか、最後まですっきりしなかった。セラピストや心理療法という世界の概要については理解できたけど、そういう目的のための本であれば、最早さんが書く必要はないと思うし。
    最早さんの本ということで期待値が上がりすぎているのかもしれないけど、ちょっと肩すかしでした。

  • 良書。
    心に興味のある人、人事の人や身近な人が病んでしまった人は読むといい。
    内部事情も分かって興味深い。

    ただ、後半、「最近の患者は主体性がなく、表面的」っていう論調があって残念。

  • 単にノンフィクションを読んだというより、最相さんやセラピストの世界に潜っていく感覚になりました。

    「セラピスト」という職業は、素人目に見ると結局何をする人なのかわからない存在でした。
    医者とは違うのか、心理テストみたいなのをされるのか、なんか怪しいことをされて法外なお金を巻き上げられるのではないか…などなど。(ごめんなさい)

    そんな、私にとっては謎に満ちた世界を覗くことができ、セラピストへのイメージがガラリとら変わりました。
    こんなに研究を重ねられて体系だてられているとは思わず…。

    言葉と心の関係や、パーソナリティについてドキッとさせられる文章が所々に書かれていて、自分自身のことやコミュニケーションについて考えさせられました。

  • なかなかの分厚い本で読みごたえがある。
    箱庭療法の意味合いがなんとなく理解できた。
    一人前のカウンセラーになるには25年かかるそうだ。
    ながっ!!

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「一人前のカウンセラーになるには」
      どうでしょう?
      全うなカウンセラーって稀有なような気がするのは、悪く思い過ぎかな。。。
      「一人前のカウンセラーになるには」
      どうでしょう?
      全うなカウンセラーって稀有なような気がするのは、悪く思い過ぎかな。。。
      2014/04/21
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著者プロフィール

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『青いバラ』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『証し 日本のキリスト者』『中井久夫 人と仕事』ほか、エッセイ集に『なんといふ空』『最相葉月のさいとび』『最相葉月 仕事の手帳』など多数。ミシマ社では『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』『未来への周遊券』(瀬名秀明との共著)『胎児のはなし』(増﨑英明との共著)を刊行。

「2024年 『母の最終講義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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