われらが歌う時 下

  • 新潮社
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感想 : 14
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  • Amazon.co.jp ・本 (558ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105058722

感想・レビュー・書評

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  • たとえば、小さいころ雑貨屋で母のスカートの裾を掴んでいた記憶。理由も由縁もなにも知らないのに、両親の信念を執念深くなぞっていることに気付く瞬間とか。もうどうやったって尋ねることはできないが、父には誰にも話さなかったなにかがあるのではないかとか(心当たりがあるわけではない)。曖昧だけど心のかなり底のほうにゆらゆらとどまっているもの。
    小説やマンガや映画の、まずは設定があり、そこからはじまるストーリーがあり、それを最後まで知るのが「読んだ」「観た」ってことではなくて、それがどんな味かを知るのが「体験」じゃないのか、とおもう。
    設定は「亡命ユダヤ人の物理学者とソプラノ歌手志望の黒人女性が野外コンサートで出会った。第二次大戦中彼らは結婚した。さて息子二人と娘に何が起こるやら」であり、「長男は天才テノールだった」も含めてもいい。そのあとアメリカで混血児たる彼らを何が襲うかといえば、執拗なディテール描写と想像力で再構築された現代史上の大事件たちなわけだ。
    その情報量はもちろん驚嘆の対象ではあるけれど、すべてでもなければ中心でもない。中心にあるのは、親がどういうつもりか知らんが与えた自分の体が、薄明の向こうからよくわからんものにどつかれつづけるその不可解さだ。
    ジョナが、父が、母が、何を求めていたかは結局共感をもって理解することはできなかった。いくら近しくても、時間と死の壁を隔てた向こうはぼんやりして不可解だ。そこまでは私も感じていたこと。
    だけどそれを整理しながら、わかりきることはない中でできるだけ整理しながら、もう時間がきてしまうので次に渡さなきゃならない。そういう時が来るんだということは、まだ私の知らないこと。でもこれからたぶんわかることなんだろう。
    ものすごく長い時間をかけて少しずつ、体験することができた。おもしろかった。

  • ふむ

  • ナチスによるホロコーストを逃れアメリカに渡ってきた若き白人のユダヤ人理論物理学者デイヴィッドと、アメリカにあって歌唱の才能に恵まれた黒人女性ディーリアが出会い結ばれる。
    二人の間には肌の色が褐色で日焼けした白人といってもいいくらいの男の子ジョナ、ジョナよりは肌が黒いジョーイ、同じように黒人に見える女の子ルースが生まれる。
    ジョーイが、天才的な歌唱力を武器に歌手として世に出ていく中で、彼の白人のように見える風貌、一方でアメリカの歴史の中に刻まれる人種差別の歴史、黒人の血が一滴でも入っていれば黒人とみなすという風習、一方で父親から受け継いだ白人の血も、ユダヤ人迫害という負の歴史に溢れている。

    正直、日本ではかんじられない人種差別(日本に人種差別がないわけではなく、大きな社会現象として経験できていない)とユダヤ人迫害(これもまた日本においては教科書に書かれる数行の記録としてしか感じることができない)という、アメリカの歴史に深く関わる物語であり、頻繁に書き込まれる事件や人物名、それらが何を指しているか、こちらの感じ取り方が難しい。
    その上に更に古典音楽に関する知識、歌唱に関する深い表現も多く、こちらも読みこなすのに力が必要。

    物語としては面白いと思うのだが、作者の筆についていくのがやっとだった。

  • 無名の歌手のサクセスストーリーは、ほんの一部。
    これはアメリカの人種差別の、格差の、白人の、それ以外の有色人種の、憎しみと悲しみの繰り返される歴史の話し。

    長い物語でした。
    100メートル歩くのに10ページくらいかかるような、遅々として話は進まない。
    音楽の用語もわからんし、黒人の多い地区の名前や言い回しもよくわからないので、上巻の3分の1はほんとにつらかった。

    この本は、アメリカの人種差別の歴史の本であることを理解してから読み進められるようになった。

    白人と黒人の結婚が州によっては罰せられる時代。その結婚によって生まれた子供は白人文化からも黒人文化からも受け入れられない。そして、迫害される。
    黒人の母親が、肌が白く生まれた子供とデパートに行くときは、「召使い」を演じないとと子供と一緒に入れない。
    子供が病気になって薬を買いに行くのに、黒人に売ってくれる薬局まで電車で遠くまでいかないと買うことができない。

    怒りがふつふつと。日常にふつふつと。それは今日でも。





    下巻の半分過ぎてから、読むことをやめられなくなる。

    親子3世代の人種差別と歌の長い長い物語、いやドキュメンタリーは、重量級の読後感でした。

  • 2020/5/17購入

  • こんなに深い壮大な物語だけど読み終わった感想としては「長かった」というのが正直なところ。面白いけど、読んでるときはこの厚さ長さはしんどかった。重かったし、カバンのなかに入れると。

  • 人種問題、時間論、そして音楽。どれをとってもリサーチが十分にされており、かつ物語の展開にも独自のひねりが加えられています。

    しかし、それだけと言ったら失礼にあたるかもしれませんが、読み手の情緒を引き出すための何かがあれば・・・。

    『舞踏会へ向かう三人の農夫』のような語ることへの初期衝動を感じさせる作品ではないですが、秀作であることは確かです。

  • 音楽のうねりと物語のうねりが互いに浸食しながらの壮大な物語だった。時間論が単なるうんちくでおわらなかったり、途中、時間旅行の話がでてきてSFな方向にいくのかと身構えたけれど、デイヴィッドの時間論のその先が証明される、ラストにかけての流れは圧巻。量子物理学の知識や音楽の素養がなくても、理不尽な差別を肌で感じたことがなくても、それでも胸うたれるのは家族という軸があるからかもしれない。

    音楽を母国語とする者たち、バッハ。 「どの方角に望遠鏡を向けても、必ず違った波長を見つけることができる」



    素晴らしかったしなんといっても文章がいいのだけど、『囚人のジレンマ』や『舞踏会〜』のときのような衝撃や脳を刺激されるかんじはなかった。
    とてもよかったし、すばらしい。ただ、すばらしい=すごく好き、はまた別物なのだなと。

  • 読了するのにまるまる5ヶ月かかる。文章が濃密すぎて読み飛ばせないのだ。でも素晴らしい。ろくに音楽用語など知らないのに、音楽が聞こえてくる文章に圧倒される。『囚人のジレンマ』での家族コーラス描写が好きだったので、期待していた。それが裏切られる事はなかった。ニーナ・シモンのYouTube動画に感動した時期と重なったりと、不思議な縁を感じる。

  • 家族、アメリカ、MJ

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著者プロフィール

1957年アメリカ合衆国イリノイ州エヴァンストンに生まれる。11歳から16歳までバンコクに住み、のちアメリカに戻ってイリノイ大学で物理学を学ぶが、やがて文転し、同大で修士号を取得。80年代末から90年代初頭オランダに住み、現在はイリノイ州在住。2006年発表のThe Echo Maker(『エコー・メイカー』黒原敏行訳、新潮社)で全米図書賞受賞、2018年発表のThe Overstory(『オーバーストーリー』木原善彦訳、新潮社)でピューリッツァー賞受賞。ほかの著書に、Three Farmers on Their Way to a Dance(1985、『舞踏会へ向かう三人の農夫』柴田元幸訳、みすず書房;河出文庫)、Prisoner’s Dilemma(1988、『囚人のジレンマ』柴田元幸・前山佳朱彦訳、みすず書房)、Operation Wandering Soul(1993)、Galatea 2.2(1995、『ガラテイア2.2』若島正訳、みすず書房)、Orfeo(2014、『オルフェオ』木原善彦訳、新潮社)、Bewilderment(2021)。

「2022年 『黄金虫変奏曲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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