春 (新潮クレスト・ブックス)

  • 新潮社
4.00
  • (8)
  • (8)
  • (5)
  • (0)
  • (1)
本棚登録 : 256
感想 : 11
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (331ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105901806

作品紹介・あらすじ

いくら国境が隔てても、人の心はそれを飛び越える。分断を描く四部作の春篇。一人は、長年相棒だった脚本家を喪い悲嘆に暮れる老演出家。もう一人は、移民収容施設で心を殺して働く若い女。絶望を抱え、それぞれ北の国にたどり着いた二人は、不思議な力を持つ少女との出会いを通じ、人生の新しい扉を開ける。EU離脱に揺れ移民排斥が進むイギリスを描く、奇想溢れるシリーズ第三作。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 今回も素敵なキャラクターが登場。だいたい分かってきたよね、知的で素敵な女性が出てきたら、一度はダニエルと寝ている…
    彼、色男なんだ。

    主に2つの物語が交わっていく。
    1つはテレビ映画監督のリチャードと、有能な脚本家だったパディーの物語(彼女の死の前と彼女を失ってからと)
    最初にリチャードがパディの家を訪れた時にパディーに今任されている仕事、新しい小説について話すのですが、そこに胸をぎゅうっと掴まれました。

    1922年スイスの同じ町で1度も顔を会わせずに終わった2人の作家を扱った小説だという。
    キャサリン・マンスフィールドと、リルケ。

    _1922年。文学において何らかの意味を持っていたものがすべて崩壊した年。ばらばらになった年。マーゲートの砂浜で(イギリス南東部、ドーバーの北にあり、T.S.エリオットが『荒地』(1922年)を書いた場所。ちなみ(1922年にはジョイス『ユリシーズ』も出版された。)_

    ここを読んで小躍りし、パディーというインテリジェンスのファンになった。

    もうひとつは、
    移民収容施設で働くブリットと収容所にやってきた伝説の少女フローレンスの物語。不思議なんだ、フローレンスが大人たちに物申すと、魔法のように収容施設が改善され、収容者に対する待遇も良くなってゆく。
    そしてなぜかブリットはこの少女と列車に乗って、旅する羽目に…。
    アリ・スミス自身が『難民物語』というボランティアプロジェクトの後援者で、彼らの話を聞き人々に伝えようという働きをしているらしく、それらがこの作品にいかされているそうです!

    彼女たちの物語に、1つ目のお話しのリチャードも交わり…

    イギリスの入国者退去センターが、かなり酷い状態なことがわかる。痛烈な政治批判だ。
    日本も変わらないですよね
    名古屋でのウィシュマさんが亡くなった事件は現代の出来事なのかと、ショックでした。。

    パディーは『冬』でのアイリスみたいに社会をしかと見据えている人。
    呑気なリチャードの
    「ありがたい、あんな時代はもう終わった。今の世界は昔よりよくなった。」
    という言葉に対して、

    「頭の中をアップデートしなさい。
    今この瞬間も坑道に子供たちがいる。子供たちはコバルトを探している。環境に優しいとかいう電気自動車のために。ハローキティのTシャツを着た子供たちが、奴隷小屋のようなところに押し込められ、触った途端に害がある金属を手に入れるため…
    セックスで金を稼ぐあらゆる年齢の子供たち。彼らは利用され、交換され映像に撮られ、その頭の上で金がやりとりされている……
    今この瞬間。あなたが 昔より良くなった と言ったその世界で。」

    伝説の少女を大人たちは待ち続けているばかりでいいのかしら。。

  • 4部作の3作目。それぞれの季節、冬であり春であり、のイメージとの組み合わせが効いている。夏の完結っぷりに期待する。
    リチャードとパディのエピソードとブリットとフローレンスの話に大別される。前者では、ダニー老人がちらりと登場し、キャサリン・マンスフィールドとリルケのおもしろ陳腐な劇中劇台本など、仕掛けや企みを楽しむ感じも。トゥンベリさんの要素もありそうな不思議な活動家少女フローレンスには春の息吹が込められている。日本で言う入管の問題が取り上げられているが、ウィシュマさん事件もある日本にイギリスは酷い、などという資格はなさそうだ。

  • 自称サバサバ女について話題にするものあれですが時代と共に定義が進化するというか、要するに作者が、新しい自サバ女のパイオニアなんではないかと感じまして。勿論「自分ってこういう人なんで周りが合わせてくださいねてへ」なんて攻撃技は全ての人類が攻略済みでつゆとも触れない。新型サバウイルスの特徴は、やらんでもいいのにあえてわざとわかりづらい文章の並べ方などをし、トリックが見破られては知的とは呼べない、みたいな「硬派を偽装するようなめんどくさい女」というか、いつものように自分が何いってんだかわからなくなってきました。

  • 右翼の尖った意見や移民の排斥のこととか、自分とは違う存在に対して人々が求める物語とか、人間のステレオタイプを一掃して身ぐるみ剥がされるような内容だったな……
    相変わらず面白いしすごい
    夏も楽しみだぁ

  • アリスミスの小説は、時系列通り進まない。突然意味不明な文字列が現れ、私はいつも混乱してしまう。それでも、読者を惹きつけてやまない魅力があるのだが…。今回は少しでも作者の意図に近づけたらと、翻訳者が記したあとがきを先に読みから読み始め、それを頼りに読み進めることにした。

    杞憂だったのかな、第1章はすんなりと物語の世界へ入ることができた。初老の男性リチャードがかつての仕事上の大切なパートナー パディを回想する話。大人の男女の会話が続く。アリスミスの小説の登場人物は、概して女性の方が自立していて魅力的に描かれていると感じるが、ここに登場するパディもそんな一人。こんなふうに歳を重ねていけたらとお手本にしたいような女性。そしてリチャード。どこかで登場したような…? アリスミスの四季4部作では、繰り返し登場人物がいるのです。

    第2章は移民収容書で働くブリタニーが移民の少女フローレンスと旅に出、そこで関わった人々とのお話。『冬』に登場したラックスは登場するのかなと期待しながら読んでいたら、いつの間にか第3章に突入。そして作者の本領発揮。物語の核心を、話が少しずつ前後して語られる。あとがきを頼りに読み直し、そうなんだと納得するしかない。

    四季四部作では作品ごとに、アーティストが登場するらしい。今回はキャサリン・マンスフィールド、短くも濃い人生をおくったニュージーランド人作家。いつも知らないアーティストばかりで、新たな出会いも楽しみのひとつとなっている。だけど、今は昨年読んだ数冊にも登場したリルケの方が気になる。

    後半、移民問題を背景として話が展開するのだが、英国でのこの問題、考えていたよりずっと深刻だった。そういえば私の英国人の知人もEU離脱賛成だと言っていた。娘さんのご主人はポーランド人だった筈。外から見ているとわからないことって多いんだろうなと思う。アリスミスの作品の感想を聞いてみたかった。残念ながらコロナ禍の折、連絡が途絶えてしまった。

  • 冒頭から迸る怒りと混沌。皮肉な詩が烈しく踊る。この狂った世界を。狂気が可視化され、神秘があらわになってしまった、この世界を。
    ウィーウント・スペー。泣いていいですか。きょうもきっと牛久とかどこかでどこにもゆけないひとびとが。
    Loser。失われたものたち。喪ったものたち。日々ちかづいてゆく、ラグナロク。HO HO HO。
    おとなたちよ。Get over yourself!めをさませ。子どもたちが希望なき希望に気づいてしまうまえに。そして楽しい物語を、つたえて。
    一生治ることもなさそうな背中の痛みと、重くたちこめる雲の向こうに仄かに光っているまだ高い太陽のみえる今日の空のような。そんな想いが、生暖かく吹きつける風にゆらめいた。

    世界の醜さと美しさを言葉と戯れながら描く妙。素晴らしすぎて胸がずっととくとくしてる。彼女から溢れる知識と洒落と情熱と詩情。わたしのなかの情感の糸と奥のからっぽを、どうじにふるわせてくれる。わたしはかんぺきに、アリ・スミスに恋をしたみたい。秋、冬、春と、彼らの狂おしいほどの愛を、生まれたてのわたしの想いと重ねる。
    リチャードの撮る(書く)「四月」がとても観たかったな。


    「私が今まで会った中で最も希望に満ちた人だった、と当時の彼女は言った。天真爛漫という意味じゃない。深い意味の希望。私は彼と話しているとき、真の希望は希望が存在しないことなんだと悟った。」

    「それなら、世界をもっと大事にした方がいいんじゃない?と幻の娘が頭の中で言う。そんなに私たちに似ているのなら。私たちみんなが文字通り残骸でできているのなら。」

    「せめて笑いがあればいい。きつい仕事と笑いはセット。」

    「僕らは自分たちを壁の内側に閉じ込めてる、と彼は言った。自分の足を撃ってる。偉大なる国民。偉大なる国家だ。」

    「洗濯の可能性をあれこれしゃべっていられることがどれだけ幸運なのか分からないようなら、と少女は言った。あなたは本当に幸運だとしか言いようがない。」

    「いいえ、Revolve、と少女は言う。Revolutionみたいに。私たちは新しい場所へと転がっていく。」

    「私たちは物語の結末を知らない。」

  • 四季4部作の第3作です。最初は尊敬する脚本家を亡くした老映像作家、続いて移民収容施設で働く女性と不思議な女の子の出会い。やがて3人は、コーヒートラックの女性の車に乗って、共に旅をすることになります。
    物語の中盤くらいまでは、この著者の物語としては、かなり読みやすかったです。それが終盤に向かい、一気に混沌へと流れ込みました。ラストはすっきりしないけれど、なぜか心に残る作品でした。
    訳者あとがきによると、この作品にもダニー老人が登場しているらしいですが、残念ながら私にはそれがどの場面なのかわかりませんでした。(^^;

全11件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1962年スコットランド生まれ。現代英語圏を代表する作家のひとりで短篇の名手としても知られる。『両方になる』でコスタ賞など受賞多数。おもな著書に、『秋』『冬』『夏』『春』の四季四部作など。

「2023年 『五月 その他の短篇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

アリ・スミスの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×