尊皇攘夷: 水戸学の四百年 (新潮選書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (476ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106038686

作品紹介・あらすじ

天皇が上か、将軍が上か? 明治維新は、水戸学の究極の問いから始まった。「水戸黄門」徳川光圀が天皇に理想国家の具現を見た中国人儒者・朱舜水を師と仰ぎ、尊皇思想が生まれる。幕末、挙国一致の攘夷を説く水戸の過激派・会沢正志斎の禁書『新論』が志士たちを感化し、倒幕への熱病が始まった。そして、三島由紀夫の自決も「天狗党の乱」に端を発していた。日本のナショナリズムの源流をすべて解き明かす!

感想・レビュー・書評

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  •  幕末維新のイデオロギー的原動力となった水戸学の原理と歴史的進展を考察する一書であるが、そうした学問を動かす現実的背景となった史実を、どこにこの話はつながるのだろうといった関心を惹起させつつ、良い具合いに織り交ぜて叙述が進んでいく。500ページ近い大作であるが、読物としても面白く、最後まで飽きさせずに読ませる力技はスゴい。

     本書でも登場する三島由紀夫や梶山静六のご先祖のように直接当事者ではないが、両親が茨城生まれだったので、幕末水戸の天狗党・諸生党の内乱のことは子どもの頃に少しは聞かされた。水戸の自虐ネタだが、茨城は幕末の内乱で有為な人材がいなくなってしまったので、明治になって全く浮かばれなかった、出るとしたら、憂国を気取ってテロリストになる、と。


     本書は、1823年、文政6年、茨城の沖合いで、捕鯨漁をしていたイギリス人と漁民の接触や簡単な交易が行われていた史実の紹介から始まる。そして、翌1824年、茨城大津浜に捕鯨船船員が上陸。その取調べを命じられたのが相沢正志斎。まともな通訳もない中、正志斎は、夷狄に日本侵略の意図ありとの信念を抱く。そうした危機意識を背景として書かれたのが、尊皇志士を鼓舞した著作『新論』。
     こうして、『大日本史』編纂を思いたった光圀以来の"尊皇"に、"攘夷"が結び付く。
     なお、本書前半、第三章までは、光圀と伯夷・叔斉、明の遺臣朱舜水と中華、南北朝正閏問題、楠木正成と忠臣といったトピックが続く。


     後半は、ロシア、そしてイギリス、アメリカといよいよ波高くなってきた江戸後期。
     新藩主となった斉昭がやろうとしたことについても、攘夷=単純な守旧派ということではなく、反射炉を建設したり、能力のある者であれば大工を士分に取り立て、他藩の者に藩の重要事業を任せるなど進んだ面のあったことを、本書で初めて知ることができた。
     しかし、ネックになったのは、水戸藩の貧しさ。江戸定府で経費がかかる上に格別の産業もない。そこに高度国防国家を目指した事業に要する経費。なぜ水戸藩一藩がそんな負担をしなければならないのか。そういった不満を持つ層も出てくる。

     ペリー来航時に、時の老中阿部正弘は、幕府の意思決定に当たって、大名からの意見聴取や朝廷への説明といった、従来からの逸脱とも見られるプロセスを取る。そこには斉昭の阿部への働き掛けが功を奏したためと、著者は言う。それを異常状態と捉えて、元に戻そうとしたのが大老井伊直弼。安政の大獄は、元々は斉昭を中心とした水戸藩がターゲットだった。しかし、桜田門外の変で、幕府中心に戻そうとする動きは頓挫した。

     一方、水戸学を奉じる層も、天皇の意思を帯して即時攘夷を主張する言わば左派と、時機を待つべしとする斉昭、正志斎の正統水戸学=水戸学右派に分裂していく。
     そして、これら藩政の主導権を握っていた水戸学右派、それに対して、水戸藩、幕府を中抜きして天皇に直結しようとする水戸学左派=天狗党、斉昭路線の軍事化を良しとせず、これまで藩政の実権から遠ざけられてルサンチマンが溜まっていた諸生党、これらが三つ巴となって、血で血を洗う戦いになってしまう。

     このなかで、藩命に服さなくなった天狗党、諸生党鎮撫のために、藩主慶篤の名代となって水戸入りをした水戸藩支藩、宍戸藩主松平頼徳が、幕府も交えた政争に巻き込まれる形で、大名としては極めて稀な死罪に処せらたことも初めて知ることだった。
     正に、ホンの数年、数ヶ月の違いにより、誰が主導権を取っているかが変わってしまう時代だったのだなあ、と改めて思う。

     そして最後、孝明天皇の死という偶然的事情によりリーダーシップ獲得の道を封じられた、慶喜(斉昭の子)によって、形式的な意味での"尊皇"が貫徹されることになったのが、明治維新であったと言えよう。

     
     実際政治にこれほどの影響力を与えることとなった水戸学、少し本格的に勉強したくなった。

     

  • 尊王と攘夷が何故、水戸から産まれたのか?
    天下の副将軍の論理的思考、九十九里浜の沖が捕鯨船の停泊地、鯨の海だった事から語られる水戸の400年。

  • 東2法経図・6F開架:121.58A/Ka84s//K

  • もとはザッsに掲載されたものをまとめて一冊にしたものらしい。しかし、単行本にするにあたり、ほとんど手を入れていないよにみえる。というのも、繰り返し同じ話が何度も出てきて、未整理のままっである。月に一回読むのであれば、思い出させつために重複をいとわないのも理解できるが、著者・編集者の本づくりに誠実さが欠ける。「未完のファシズム」で感服した著者であるだけに残念。で、途中で放棄。読んだところまででも、未知の事柄が多くて、面白い部分もあるのだが。

  • 気づきは多く面白かったのだが、基礎知識が足りないので、情報量が多すぎて、重い本であった。
    3割ぐらいしか読めていないと思われる。
    しかし、水戸学とは何なのか。
    慶喜は何であんな身の振り方なのかとか、
    気づきが多かったな。

    水戸学は歴史のB面。哀しみ...ってところが腑に落ちた感じ。面白かった。

  • 徳川光圀から始まった、尊皇攘夷の水戸学。大河ドラマ「青天を衝け」では水戸藩の動きも詳細に描かれているので、水戸学の思想について興味深く読んだ。
    徳川慶喜の大政奉還や鳥羽伏見の戦いでの敵前逃亡についても、水戸学を元にすると理解できる気がした。

  • 面白いんだけど、話が長い。全然進まない。

  • 正しさのロジックのめんどくささは今も昔も変わらないんだなあ。筋を通し、義を貫き、大義に従えと謳い続ける水戸学。常に気になり続けるのだろうなあ。読んで楽しい本じゃないが。

  • 日本経済新聞社小中大
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    尊皇攘夷 片山杜秀著 物語を史実と信じる危うさ
    2021/7/10付日本経済新聞 朝刊
    3年前、政府が推奨した「明治150年」のキャンペーンは立憲政治の誕生や産業・教育の発展などを並べ、「明治の精神」による「近代化」を称賛した。だが、近代天皇制や対外戦争、さらに、それらの源流とも言うべき「尊皇攘夷(じょうい)」については、一切触れていなかった。明治維新は全て、現代に直結するわけではない。大日本帝国は1945年の敗戦で崩壊したが、その視点が見事に欠けている。


    国を挙げてタブー視されてしまった「尊皇攘夷」だが、その誕生から展開を徹底的に説き明かしたのが本書だ。書名は「尊王」ではなく、「尊皇」になっている。中国起源の「尊王」だが、日本で王といえば天皇だ。だから、思想としては「尊皇」と表記した方が伝わるものがあるというのが、著者片山氏のこだわりである。

    「尊皇攘夷」の発祥地は、徳川御三家のひとつ水戸藩だ。17世紀、水戸学を起こした徳川光圀は「尊皇」を唱え、天皇は正義を体現する唯一無二の存在とした。19世紀になると、水戸沖に出没する西洋の捕鯨船と領内の漁民が、ひそかに交流。水戸の武士は、西洋の目的が侵略にあると疑い、「攘夷」を叫ぶ。さらに孝明天皇が西洋を毛嫌いしたため、「尊皇」と「攘夷」は結び付き、観念的領域から実際的へと進む。水戸藩は内部分裂で衰退するが、「尊皇攘夷」は明治日本に引き継がれ、ナショナリズムの土台になってゆく。

    「尊皇攘夷」は外国を打ち払うだけではない。相手国に出向き、屈服させ、神である天皇の威光を世界に広げようとする。日本による世界征服で、現代ならば荒唐無稽と一笑に付されるだろうが、かつては信じぬ者が「非国民」だった。

    光圀が『太平記』のような物語を歴史の真実と信じ込み、純粋培養された思想家になったとの本書の指摘は、歴史小説の主人公を崇拝し、時にみずからと重ね合わせて行動する現代の政治家や経営者に通じる。フィクションが、現実を支配する危うさである。

    500頁(ページ)近い、膨大な情報が詰め込まれた思想史研究の超大作。不思議なリズムの文章で、三島由紀夫にまで話は飛んで、雑学の知識もたくさん身につくが、腹を括(くく)り読まないと、飲み込まれ、振り回されそうな迫力がある。

    《評》歴史研究家

    一坂 太郎

    (新潮社・2200円)

    かたやま・もりひで 63年宮城県生まれ。慶大教授。政治思想史研究者、音楽評論家。著書に『未完のファシズム』など。

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著者プロフィール

1963年生まれ。政治思想史研究者、音楽評論家。慶應義塾大学法学部教授。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(いずれもアルテスパブリッシング、吉田秀和賞およびサントリー学芸賞)、『未完のファシズム』(新潮選書、司馬遼太郎賞)、『鬼子の歌』(講談社)、『尊皇攘夷』(新潮選書)ほかがある。

「2023年 『日本の作曲2010-2019』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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