核兵器について、本音で話そう (新潮新書)

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106109454

作品紹介・あらすじ

日本を射程に収める核ミサイルは中朝露計数千発! 核に覆われた東アジアの現実に即した国家戦略を構想せよ! 内閣、自衛隊、メディアなどで核政策に深くコミットしてきた4人の専門家による「タブーなき論議」。

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    日本という国で「核戦略」はまともに議論できない、と私は思う。それは、日本が世界で唯一の被爆国であるからだ。「核兵器」というワードについて、凄惨な歴史を持つ私たちはどうしても拒否反応が激しくなり、核廃絶は絶対/核の平和的利用も認めない、という極端な論で立ち止まってしまう。もちろん核が根絶されれば一番良いのだが、だとしても現状、露・中・北朝鮮という核保有国に囲まれ、ミサイルの発射口を向けられている状況を静観しているだけでは、何も進展していかない。他国との関係において「戦略」としての核運用体制をどう構築していけばいいか。そのような地に足が着いた議論が今、求められている。

    そうした前提のもと、核の専門家4人による討論形式の座談会が行われた。その討議内容をまとめたのが本書、『核兵器について、本音で話そう』である。
    かつて、日本の核抑止の議論は国会レベルですら全くできなかった。核を持ち込んだか持ち込んでいなかったとかの表面的な話しかなされていなかったという。当時、国防戦略はアメリカの「核の傘」に全てお任せしており、日本としてはもっぱら後方支援・迎撃態勢の強化に軍事費を充てていた。日本の行ってきた戦略は軍事的にはかなり非合理(核は意外と廉価であり、ミサイル防衛システムは非常に高い)なのだが、被爆国として攻撃力を持つわけにはいかないので、こうした特殊な状況に置かれてきた。しかし、ミサイル防衛システムの構築の前提となった環境が大きく変化している――ミサイル性能の向上や電子戦の発達により、従来の防衛システムでは対処しきれない可能性が高くなっている――現在の状況のもとでは、もはや「アメリカの核の傘の下にいるから何も考えなくていい」というわけにはいられない。戦力構成や戦略のパターンをいくつか考えて、その中で利害損得を明らかにした議論が必要になってくる。

    私が本書で印象に残ったのは、第6章「日本の核抑止戦略」の中で兼原氏が語った戦略論だ。兼原氏は核シェアリング(自国の核兵器を持たないNATO加盟国が、核兵器を持つ加盟国の核運用に関与すること)に賛成しており、その理由は「他国に核を打たせないためにこちらも核を運用するべき」というものである。
    もし日本が中国から核を撃ち込まれて崩壊した後、核の傘にもとづいてアメリカが報復してくれる保証はない。日本が核を撃ち込まれるのと中国が核を撃ち込まれるのではわけが違う。日本は報復兵器を持っていないため、核が落とされた後中国側に何らかの攻撃を行うことはできない。対して、中国は広い国土に分散して核を設置しており、どこか一都市が落とされても報復核を打つ余地がある。そして、中国がアメリカに核を打ち返せば全面戦争となり、それこそ世界が終わってしまう。
    そう考えると、日本が崩壊した後、アメリカは核連鎖を避けるために中国と軍縮協議を結んで終了、日本は平和のための尊い犠牲になった、というシナリオが「十分にありうる」のだ。冷戦期の米ソが核軍縮に至るまでの間には、ベトナムやアフガニスタンが犠牲となった。その役割を日本が担う可能性もあるのだ。

    核は「打たれたら終わり」の兵器である。攻撃された後に対応しようとしても遅い。必要なのは、相手に「打ってはいけない」と思わせる戦略である。
    これを実現するため、兼原氏は「エスカレーションラダー」による核抑止の概念を持ち出す。エスカレーションラダーとは、相手国に対して向ける武力行使のレベルを、強制力の無い勧告→経済制裁→都市への攻撃→全面核戦争といったように、一つの垂直的なはしごの概念によって段階的に表現したものである。そして、「そちらが着上陸攻撃をするなら核を使うぞ」と、はしごのどの段を踏み越えれば武力行使を行うのかを明確に発信しておくことで、相手をけん制する役割を担うのだ。
    核保有国に行動を思いとどまらせるためには、武力を持たずに「戦争反対」と唱え続けても効果がない。実際に戦力を運用する過程を提示することで、本気の姿勢を見せる。核廃絶を望む日本人にとっては多少受け入れがたい戦略であるが、東アジアという核の中心地にいる日本にとっては、「核を使うぞ」とはっきり断定した方が、かえって戦争を抑制することにつながる。そうした武力と平和のバランスについて、もっと議論を高めていく必要があるのは間違いないだろう。

    ――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 核をめぐる現状
    唯一の被爆国である日本にとっては、どうしても「核廃絶にイエスかノーか」という入口のところで議論が止まりがちであった。そのため、今回は核兵器や核抑止について、座学や抽象論を排し、我々を取り巻く具体的な現実に即して話し合いを行っていきたい。

    これまでの日本では、核抑止の議論と核不拡散・核軍縮の2つは完全に「別世界の話」であった。一方には「唯一の被爆国の悲願」として展開される核不拡散論、核廃絶論がある。他方には、「アメリカの核の傘に入っている日本の実態を考えれば核廃絶なんてあり得ない。問題はむしろ、アメリカにどう核の傘を保障してもらうかだ」と考える安保・外交専門家の世界があって、この2つは全く交わっていない。

    ●昔と変化している核事情
    ・核兵器そのものの性能
    今、核兵器自体が急速に進化している。マッハ5以上で飛んでくる極超音速ミサイルには、従来の弾道ミサイル迎撃専門のミサイル防衛の仕組みでは歯が立たない。

    ・中国の力の増大
    中国共産党の指導の下で、通常兵力の急激な拡大と核戦力の増強・近代化が進められている。

    ・アジア地域の核戦略上の重要拠点化
    アメリカがABM制限条約から脱退し条約そのものが失効され、それに続いてミサイル防衛の構築と拡充がなされた。そしてこの新たな防衛網を突破しようと、中露はあらゆる手段で攻撃兵器の刷新と増強を図り始めている。

    現下の情勢は攻撃兵器と防衛兵器の絶妙な均衡が崩れ、そこに新興技術が台頭して核兵器国の戦略システムともインターフェースすることにより、かつての米ソ冷戦時代の「恐怖の均衡」とは異次元の、抑止にまつわる戦略環境が生まれている。また核拡散や核テロといった現代的な核リスクも確実に増大し、安定した戦略環境づくりが「連立高次方程式化」している。

    軍縮・不拡散教育という言葉があるが、これには2つ追加すべきことがある。1つは核の平和利用。医療、農業などさまざまな場面で、原子力の技術は平和的に使われている。NPTの3本柱(不拡散、軍縮、原子力の平和的利用)を構成する「平和的利用」の部分があまり知られていない。もう1つは「抑止」であり、なぜ大きな戦争が抑止されているのかをちゃんと説明しなきゃいけない。
    広島・長崎にとってみると、被爆者の思いを本当に体現するために軍縮・不拡散教育が必要であり、最も重視すべきだということになる。一方、安全保障を重視する観点からは、核廃絶が長期的な目標であっても当面は核兵器が存在することを前提にして、抑止が有効に機能し、それに伴うリスクを減らすとともに、核兵器の規模を縮小するための方策が必要だということになる。軍縮・不拡散の意義だけでなく、抑止や軍備管理の意義についても認識を深めなければならない。
    しかし、日本はNPTの3本柱をバラバラにしている。一方に核廃絶のチームがあって、他方で核抑止をやっているチームがある。日本に欠けているのは、誰を相手にどういう紛争を戦うのか、それをどう抑止するのか、その中で核の位置づけをどうするのか、というリアルなシナリオベースの議論である。


    2 台湾にアメリカの核を配備すべきか
    ●前提
    中国は強くなりすぎている。防衛費は名目で日本の5倍、購買力平価換算では日本の防衛費の16倍。ミサイルの数はどんどん増えている。
    東アジア地域の戦略環境は著しく非対称だ。米国をハブにした「ハブ・アンド・スポーク」構造で、本当に鋼鉄のスポークと言えるのは実は日本と豪州だけである。その豪州はいかんせん遠く、規模も小さい。韓国は充分に大国化したが、陸続きの中国に対する恐怖心が強すぎる。
    台湾は中国から200キロしか離れていない。仮に台湾有事となったら、中国は対米防衛の基本方針である「A2/D2(接近阻止・領域拒否)」能力を強化してきているので、アメリカは第一列島線の内側には入れず、日本が当てにできるのは豪州しかいない。

    兼原
    アメリカが今やっている台湾政策の曖昧戦略を続けたほうがいいのか。それは違うと思う。通常兵器から核兵器までの階段を緻密に組み上げ、敵がエスカレーションラダーを一段上がれば、「こっから先はこちらも軍事攻撃に出るぞ」という主導権を誇示しておく必要がある。中国の側が仕掛けるであろうサイバー攻撃、ミサイル飽和攻撃、宇宙のブラックアウト、着上陸攻撃のどの段階で「核を使うぞ」と言うのかを明確に発信しておく。「台湾にも核の傘があるぞ。それ以上はやめとけ」と言うには、始めから言っておかなければ抑止が機能しない。
    アジアの地域安定のためには、中国を公の場に引っ張り出して、宣言政策に加え、核ドクトリンや運用政策についてある程度説明をしてもらう、意図の開陳をしてもらう外交的な仕掛けを作っていかなくてはならない。そのために日米韓豪、東南アジア諸国がワンボイスで、中国に透明性を強く求めるメッセージを出していくことが極めて重要ではないか。

    太田
    私も準備の必要性を否定しているわけではないが、今のように戦略的に曖味な部分を残した上で中国を軍備管理対話に引き込む別の方策がまだあるのではないか、とついつい考えてしまう。

    兼原
    そこが外交のおもしろいところで、私の感覚だと、軍縮協議は「平和のために始めよう」と言って始まるものはない。軍縮の動機には「このままでは緊張が高まりすぎて偶発戦争になるといけないから、最低限の透明性確保と信頼醸成が必要だ」という論か、「膨大な軍備費がかかっているが、これ以上お金がないからやめよう」という論理か、この2つしかない。中国のように元気で上り調子の大国は、軍縮協議なんかにはハナから応じない。軍拡をやめる動機がないから。むしろ、自分たちの国力増進に蓋をしようとしていると感じて反発する。中国の大軍拡が行くところまで行って、「もうそろそろ金がない」「こんなことに金使ってるなんて馬鹿らしい」と思うようになり、アメリカも本気になって米中間で一触即発、というところまで緊張が高まれば、両方とも核兵器国なのだから、かつての米ソ間のように信頼醸成、軍備管理軍縮協議が始まるだろう。
    「中国を刺激するな」という議論は、私はかえって有害だと思う。放っておいても大軍拡路線を走るのだから、「私たちも対抗するぞ」と言わないと中国は取り合ってくれない。そうすると緊張が高まり、一触即発になるから、最後は軍備管理軍縮協議をやるしかない、ということになる。そこでようやく協議をやり、台湾有事を巡る米中間のエスカレーションラダーの暗黙の了解に至り、核兵器配備の相互検証をやって、最低限の透明性を確保する。そうして冷戦中の米ソ間のように、冷たい平和が訪れて戦略的安定性が実現する。私は、行き着くところはこれしかないと思う。

    兼原
    台湾有事が起こった際の日本の立場について考えてみたい。与那国島から110キロしか離れていない台湾で戦争が発生すれば、米軍後方支援という悠長な選択はしていられず、いきなり中台間の紛争に巻き込まれて武力行使、ということになる可能性が高い。
    今の日本は、北京にある中華人民共和国政府を尊重するけれども、武力による台湾統一は決して飲めないという立場。そんな中で、アメリカの原子力潜水艦の日本領海への侵入を認めるのか、陸上発射中距離ミサイルを日本に配備するのか。

    高見澤
    台湾有事への対応に関しては、情報・警戒・監視能力の強化やミサイルギャップの解消も含めて通常兵器での対応をまず高めていく。同時に軍事力でない部分での抑止的能力、拒否的能力を高めることを並行してやっていく。抑止的能力としては、日本と台湾の間で政治・経済・軍事・教育などあらゆる分野での交流を促進することではないか。特に台湾の重要性に関する認識を国民レベルで高めることが大切。国民にある程度コンセンサスがない限り、政策的な議論が進んでいかない。

    番匠
    日本、台湾、アメリカの連携が最重要になる。日本とアメリカには日米同盟がある。台湾とアメリカにも台湾関法がある。しかし日本と台湾の間には、政治外交上も軍事的にもオフィシャルな関係が存在しない。台湾有事に対する日米台の連携もまだまだで、トラックⅡ(政府レベルではない、準公的な関係者による交流)ぐらいしかできていない。
    そろそろ日本もアメリカの台湾関係法のような枠組み、または日米台の間でのオフィシャルなダイアログの枠組みを作るべきではないか。そうすると、お互いの共通認識ができる。事態認識や戦略目標を一致させれば、誰が何をすべきかといった役割分担の話もでき、計画も作れる。軍隊は法的根拠と計画がないと動けない。計画に基づいて訓練をし、段取りをし、調整をして、初めて動く組織だからだ。ハードとソフトの体制を作ることがメッセージになり、それによって「これは手出しできないな」と思わせることができるようになる。


    3 北朝鮮の核
    ●前提
    北朝鮮の核の弾頭数やミサイルの実力をどう評価するか。わたしたちのミサイル防衛の実力で北朝鮮の核ミサイルを本当に止められるのか。

    番匠
    北朝鮮は「弱者の戦法」として3つのことに力を入れていると思われる。1つは核・ミサイル開発。2つ目がサイバー戦などの新しい技術。3つ目が特殊部隊。核ミサイルの種類も技術力も飛躍的に上がってきており、日米のミサイル防衛をも突破しうる可能性がある。もう、こけおどしではない段階に突入してきている。

    兼原
    私たちの方が、北朝鮮の核兵器保有に対して、軍事的に対抗措置を取らなければ、結局は何も変わらないだろう。例えば、将来デュアルユースの中距離ミサイルを日本に配備していくことになるとすれば、「北朝鮮の核兵器が怖いから」という説明をすればいい。そうすれば、中国もロシアも少しは真面目に北朝鮮に圧力をかけるだろうし、北朝鮮もどこかの時点で核兵器に関して、最低限の透明性の実現や、米国との信頼醸成、検証の受け入れなどの措置に踏み出すかも知れない。何か取引材料を作らなければならない。

    太田
    北朝鮮に対してまだ一度も試してないことがある。それは、きちんとした順序を長期的に描いた非核化合意である。
    プロトコルを固めた上でまず一回、核施設などへの現地視察を受け入れさせる。その上で、検証を伴う核廃棄の作業が動き出し、非核化が目に見える形で進み始めれば、国連制裁のどれとどれだったら我々も解除が可能だ、と明示する。最終的に非核化に至る道筋で合意した上で、こちらが小出しに見返りを与える、部分的に制裁を徐々に解除していくやり方もあってもいいのかもしれない。もちろん、北朝鮮が本気でやるのだったら、ということが大前提になるが。


    4 ロシアの核
    ●前提
    中露両国は、本当はお互いに嫌いだけど一緒に生きるしかない立場。ロシアにとって一番の敵は常にアメリカだが、組んでいる中国もどんどん強くなっていて怖い。
    ロシアは「ロシアの死活的な利益が脅かされた場合は核を使う」と公言している。広大な領土を守るための策だ。今後のロシアの核ドクトリンはどのようなものになってゆくのか。

    番匠
    ロシアの核戦略の議論によく出てくるのが「エスカレーション抑止論」だ。ロシアが最初に限定的に核兵器を使用することにより、相手が怯んで軍事行動を停止させることを目的とする考え方で、エスカレーションを止めるために核兵器を使うという非常に危険な考え方である。今までは使ってはいけない兵器だったのに、ハードルを低くして核を使おうとする姿勢。これは非常に注意をしなければいけない。ロシアの国力がNATOより落ちている今、「弱者の戦法」として核を使うきっかけも出来ている。

    太田
    アメリカはロシアとの戦略的な政策協議に望んでいくにあたり、どんな餌を与えるのか。仮にNATO側がカリーニングラードでミサイルの査察ないしは現況確認をしたいなら、ロシアの不安解消に結びつくインセンティブを何か提示する必要がある。例えばだが、核共有によってNATOの5つの国(ベルギー、ドイツ、オランダ、イタリア、トルコ)にある6つの基地に配備しているアメリカの戦術核弾頭に関する情報をより可視化する。米露双方が関心や懸念を抱く戦域レベルの核兵器運用について可能な範囲で意見交換や情報共有を始めることは、決して互いにとって不利益な話ではない。
    オバマ政権時代に論じられたのは、ルーマニアなどのMD施設にロシアの査察官を受け入れる、というアイデアである。東欧にアメリカが築いたMD網はロシアのミサイル攻撃力をターゲットにしたものではないことを示すのが狙いだったが、結局実現しなかった。今一度このアイデアに立ち返って、防衛用兵器を査察対象にできるのか否か、それが戦略的安定性の再構築に結びつくのかどうかを真剣に吟味してみる。そこから、今ロシアが注力しているアバンガルドなど高度な突破力を持ちうる戦略攻撃兵器への査察実現につなげていく。ディフェンス/オフェンス(防衛/攻撃)の兵器体系双方を新たな査察体系にビルトインする形で、米露間の信頼醸成、そして新たな戦略的安定性を育む道程を構想してみる。この辺りが現在の閉塞状況を打破する突破口になっていくのではないかと思う。
    こうした大状況を踏まえつつ、日本は北方領土の非軍事化のような話も交渉カードの選択肢としながら、この時代において極東アジア全体が目指すべき戦略的安定性とは何のか、そんな大局的な戦略論をロシアとの間でも進めていく。そうした「外交知」を生かした作業を地道に続けることで、米中露に加えて日本が主体的なプレーヤーとなり、このエリアで平和と安定の礎を創っていく集団的な営為に貢献できるのではないか。


    5 日本の核抑止戦略
    ●前提
    戦略環境が激変する中、日本は東アジア地域の戦術核のあり方をどうするか。アメリカの核の傘を一緒に背負うのか、それともこれまで通り、アメリカに一切お任せで行くのか。

    番匠
    日本がNPTから脱退してまで独自核武装することは考えられない。しかし、受け身一方、拒否的抑止だけではもう済まない段階に来ていると思う。
    ドイツ型のニュークリアシェアリングを真剣に検討し、日本の核戦略を考え、それに基づく抑止態勢を構築することの価値は大いにあると思う。

    高見澤
    最近の日米同盟に関する議論では、これからは本当の「責任共有」の時代だということがよく言われる。40年以上前からこれからはアメリカ依存ではなく責任共有の同盟だと言っている。今だからこそ、抑止力をどう維持・向上させるかの議論に踏み出す時期だと思う。

    太田
    核シェアリングはNPT違反になる可能性が高いということをまず申し上げ、日本の核シェアリングに反対したい。現状においてNATOの核シェアリングが認められているのは、核弾頭はあくまでアメリカの完全な管理下に置かれているから核拡散ではない、という国家間の了解があるから。有事の際には米軍管理の核弾頭が、ドイツやイタリアの軍用機に搭載され、ドイツ兵やイタリア兵がミサイル発射のボタンを押す。そうすると核兵器の管理を非核兵器国に委譲したことになり、NPT違反となる。
    日本が同様に、有事の際にNPTを遵守しながら核シェアリングを可能にする理論武装は難しいと思う。少なくとも議論を尽くさずに「核シェアリングは日本の抑止力を倍加させる」という結論に至るのは拙速だと思う。

    兼原
    シェアリング賛成派としての意見を述べたい。
    そもそも他国に生殺与奪の権を与えるという外交はありえないと思う。日本国に責任を持つのは日本政府だけ。日本政府にとって何が一番大事かといえば、国民の命だ。憲法9条であれNPTであれ、国民の命と引き換えに守るものなんてない。
    NPTが大事なのは、それによって日本と世界の安全が守られているから。現実に核がある世界では、抑止力の体制と不拡散の体制はセットになっている。私は、生殺与奪の権を米国にも中国にも渡さず、国民にとって何が一番安全かということから考えて、抑止力とNPTのバランスを取っていくのが、安全保障政策のあるべき姿だと思う。

    兼原
    例えば九州のどこかが核攻撃されたとして、米国が中国に核ミサイルを撃ち返すだろうか。決して撃ち返さないだろう。東京でも撃ち返すかどうか分からない。東京がやられたら日本は即死だ。アメリカにとって同盟国としての価値がなくなる。
    逆説的だが、だからこそ「相手に絶対に核は撃たせない」ために最大限の努力をするべきであって、「撃たれたら」の答えは、実はない。「日本が核で本当にやられたら、最重要の同盟国を失った米国は中国と停戦協議に入って、撃ち返さないかもしれない」というのがあり得る答えの一つである。
    だから米国には核抑止力のレベルを上げてもらう必要がある。核兵器国の米国が万全の準備をしなければ、非核兵器国の同盟国は安心できない。これは核兵器国と非核兵器国の間に普遍的に起きる心理ゲームだ。米国はトライデントなどの第2撃戦略核があるから核戦争は起きないし、絶対に大丈夫だ、安心しろという。でも前線に立たされている非核兵器国は安心なんてできない。自分が核攻撃された後に見捨てられるのではないかと恐れる。これが核兵器国と非核兵器国の同盟関係のマネージメントの一番難しいところである。
    日本に米国の戦術核兵器を置いておいたら、日本を核攻撃しようとする国は「この戦術核は、日本が核攻撃されたら、米国が報復に使うに違いない」と考える。物理的な配備によって、米国のコミットメントを形にして見せる。双方が「撃ったら撃ち返すぞ」という話になると、やっぱり怖いから実際には撃たない。だから最低限の透明性と信頼醸成が必要という話になり、軍備管理の話になり、相互検証の話になっていく。戦術核の話も「お互いに怖いから撃たない」へ持っていくための議論なのだ。軍事力一般に言えるが、戦いを始めないために、万全の準備をするということ。構えていないから、戦争が始まってしまう。
    こういう抑止の議論が、世論との関係で難しいことはよく分かる。そこは有能な政治家に捌いてもらわないといけないところである。

  • 感想
    核兵器について丁寧で構成が整理された議論になっており、言葉も平易で読みやすい。4名の元政府関係者、元共同通信編集員、元陸上自衛隊陸将による対談形式であり、やや俯瞰的で総論的な議論ながら、それぞれの経歴上の経験も織り交ぜて話しており、具体と抽象のバランスも良い。
    アメリカとの同盟関係や核関連の条約の変遷を振り返った後、中国、ロシア、朝鮮半島、台湾といった地理的な領域及びサイバー宇宙領域を議論した上で、日本の核抑止論を議論している。
    当然のことながら、この一冊では最良の核戦略のようなものは結論が出ていない。日本が核を保有することの是非も含めて意見は分かれた。

    戦況による戦術核の使用を名言しているロシア、絶対に核を手放さない北朝鮮、核戦力増強中の中国。ミサイル防衛のために迎撃ミサイルや抗堪性の補強も取りうる手段ではあるが、コスパが悪すぎる。
    核保有も確かに視野に入れるべき。

    しかし、
    核を保有することは核抑止力を持つ一方で周辺国が核戦力を増強することを助長しかねない。核保有後の運用面にも不安が残る。核兵器の投射能力も保有する必要がある。国際条約への解釈も必要。


    議論中にも述べられていたが、核の議論は国民的に議論して決めておくことが必要だと思う。核を取り巻く環境や万が一の周辺国による核使用を想定して、未来の国民が納得できる状態にしたい。

  • 核抑止と核不拡散を1セットで語る論理を理解できた。
    タブー視されているが、安全保障を考える上で核について議論、声を上げていくこと、まず国民レベルで考えていくことが重要だと感じた。

    世界中の国々の思惑や関係性も勉強でき、まさしくいま怒っているウクライナ危機に対するロシアの考えを知るにも良い一冊だった。

  • 核の傘、核抑止、核不拡散、核廃絶etc.核をめぐる様々な議論について、各識者が意見を言い合う座談会の記録。
    それぞれのテーマについての現状や課題を様々な立場から意見を出しているので、状況を把握するのに役に立った。
    なにより、この座談会がウクライナ侵攻前の2021年9月に行われていて、この内容が語られていることに、まずびっくりした。

    ロシアによるウクライナ侵攻の状況を見ていて、ロシアの核使用のハードルがものすごい低いことを痛感させられたし、それとは別に中国の核戦力を含めたあらゆる軍事力増大に恐怖を覚える昨今だが、そのあたりどのように対峙していくべきなのか、どういう議論をしていくべきなのか、考える参考になった。

  • 本書の中では、当然ロシアにも言及されるんだけど、凄いタイミングというか、座談会は侵攻前で、上梓は侵攻後というねじれが出来している。読む側は、実際に起こってしまったことを知っている訳で、少し妙な感じにはなるんだけど、同時に色々なタラればも思い浮かんでしまう。政府寄りの肩書を持っている各人の対話だから、必然的に政府寄りの意見に傾くのは仕方ないけど、かといって、見て見ぬ振りも出来ない話題だなってのを改めて実感。

  • 2022.02.24のロシアによるウクライナ侵攻の半年前の座談会だが、ロシア、北朝鮮、中国、アメリカをめぐる日本の状況について的確な議論がなされているのに驚いた.ジャーナリスト、元官僚2名、元自衛官の4名が文字通り本音で語り合っている.核抑止と核不拡散をいかにとらえるか.NPT:核兵器不拡散条約と核兵器禁止条約の問題.中国の核兵器の透明性、北朝鮮の内情等々、広範な議論が各人の得意分野と相手の意見を巧みに取り入れて、それなりの結論を導き出す.一流の人材だと感じた.それに比較して政治家のこの問題に対する明らかな不勉強が顕在化していると思った.中国の軍備拡張状況を踏まえて、日本の政治家が中国と東アジアの問題を議論し、世界にアピールする といったイベントが企画できないものだろうか.無理かな? いずれにしても、中国・北朝鮮の問題をいつものように先送りするパターンはいい加減にやめてほしい.

  • だめで、危険な議論だと思う(ウクライナ戦争のはじまったあとで読んでいるとなおさらのこと)。だけど、日本のトップにいる人たちがどうしてだめなのかを知るためにも必読の本だと思う。

  • 第1章 核をめぐる現状
    変化して5つのポイント
    攻撃と防御の境が曖昧に
    スターウォーズ計画という契機
    核抑止と核不拡散は一緒の話

    第2章 台湾にアメリカの核の傘を提供すべきか
    中国のICBMサイロ
    外交と軍事をどう組み合わせるか
    危機を経験した方が対話は進む

    第3章 北朝鮮の核
    3つの弱者の戦法
    ターニングポイント
    NPTに穴があく
    中国が大嫌い

    第4章 ロシアの核
    核を使うと公言する背景
    ロジア人の頭の中・9割軍事

    第5章 サイバーと宇宙
    核抑止成り立たず
    インフラ落とし

    第6章 日本の核抑止戦略
    瓶の蓋論と裏腹だったシェアリング論
    国会議論の質・冷戦時代より低下

    第7章 核廃絶と不拡散
    NATOの二重決定という先例
    核のタブーを護る責任
    核の使用を想定していた自衛隊の部隊編成

  • 非核三原則が有効だった時期もあったかと思うが、常に時代にあった制度に変えていかないといけない。目的は非核三原則を保持するのではなく、二度と被爆を体験しないことだ。

  • 東2法経図・6F開架:319.8A/O81k//K

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著者プロフィール

太田 昌克(共同通信編集委員、RECNA客員教授)

「2018年 『核の脅威にどう対処すべきか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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