古代ギリシアの女たち: アテナイの現実と夢 (中公新書 1109)
- 中央公論新社 (1992年12月1日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
- / ISBN・EAN: 9784121011091
感想・レビュー・書評
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ちくま新書の『集中講義!ギリシア・ローマ』があまりにおもしろかったので、桜井万里子さんの新書を買ってみた。
タイトルには「現実と夢」とあるが、どちらかというと現実がぎっしりと詰め込んであり、夢はどこ?という感じがしないでもなかった。
十分に当時の女性の社会や家庭内での生活は理解できたのだが、現代の(おもに日本の)状況などと比較して話が進むあたりはかなり違和感はあった。
当時のギリシアの女性が、現代日本の価値観など知るはずもない。ではギリシアの女性たちはどういった理想を求めていたのか、どんな生活や生き方を夢見ていたのか、というのが見えてこないので何か足りない。
この本で描かれている、当時の女性を取り巻くネガティブなことを全部取り去った状態はどういう状態なんだろうか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
プラトンさんのご本を読んだのでその流れでギリシャ時代ってどうなのよ?と思い読んでみた。
主に紀元前4世紀頃のアテナイの女性の生活に焦点をあてて当時の社会風俗が書いてある。
著者の桜井さんによれば当時の女性たちは社会的な自由を奪われ抑圧の生涯を強いられたように書かれているが実際どうだったのだろう?
幸せに生きた女性もいただろうし、辛苦をなめて絶望のうちに生きた女性もいただろうと思う。してみれば、今の日本においてもあるいは世界のどこでもどの時代でも自由に抑圧されることなく生きた女性もいれば、そうでない女性もいて、その程度には幅があり、相当に自由だったものからとんでもなく不自由だったものまでいろんな人生があるのだろうと思った。
それに男たちだって同じのような気がする。
さて、当時のアテナイは民主制で市民だけはできる限り平等にという政治体制だったようだけど、この本にも出てくるようにアテナイには市民以外にも奴隷やメトイコイと呼ばれる在留外国人たちがいて社会を形成していたようである。市民のうちでも男性だけが政治に参加できたわけで、社会構成員の一部がアテナイに集まる富の分配に決定権を持っていたそうだ。
そんなところから、現代の日本におけるわたしの現状を振り返ると一応は民主主義という名目で日本人は全員が政治に関与できるような仕組みに見かけ上はなっているけど、実際に富の配分を決定しているのは一部の人達なんじゃなかろうかと思い、今の日本におけるわたしはアテナイの奴隷や税金を取られ利用される在留外国人のような存在なのではなかろうかとチラッと感じた。
人間やり方は2500年くらいではそうそう変わらないようである。
Mahalo